第9話 皇子
ローサンが出ていって数日が過ぎた。
今度は皇女の処罰を決めるための裁判が開かれることになり、王宮での最近の話題は皇女の処罰内容ばかりで魔導士団の一室にいてもその話題は入ってきた。
「いくら王の薬のためだと言っても、勝手に教会に入ったことは拙いよな」
「前は、教会に入ろうとして団長に見つかったよな」
「あぁ、いったい何を考えているのか」
魔導士団の団員すらゾフィーの行動に呆れているのだ。貴族たちも黙ってはいられないのが本音だろう。
レイモンに聞いたところ、あの教会は補助魔法の効果があるらしく、その者の持つ魔力を最大限に引き出す効果があると言っていた。
それを悪用されないためにも禁忌として厳重に結界や警護をつけているのにそれを破って入り込んでいた。ただ、そのことを知っている者はごく一部でゾフィーがどうやって知ったのか疑っていた。
その為、レイモンは本当に王の薬という理由も疑っている。貴族たちには禁忌の教会の力のことは知らないが、ゾフィーが何か企んでいるらしいと感じている者もいて厳罰の声も出ていた。
誰が私を呼び寄せたのか分からないままだが、ローサンの処分も決まりゾフィーの裁判も始まればもう少し詳しいことが分かるかもしれないと様子を見ることにした。
私は相変わらずポーション作りに余念がない。先日、魔導士団としての初給料をもらった。
給料はオリビアからは三百四十リベルだと言われた。実物の貨幣を手にしてこの国の貨幣価値を改めて考えてみた。いずれここを出ていくなら生活に必要な金額を把握しておくことも重要だ。
オリビアに聞くと、城下での暮らしは家族四人で四十リベルくらいだと言っていた。どれくらいの生活が出来るのか、家を借りるとしたらどれくらい必要なのか想像がつかないので今度の休みを利用してオリビアと城下に買い物行くことにした。
私の目的は目下、貯金!
オリビアに用意してもらった箱に貰った給料を入れて、毎夜眺めている。ここを出ていくまでに出来るだけ貯金する。ポーション作りにも気合が入り、ゾフィーの裁判なんてもはや私の記憶からすっかり消えかかっていた。
出来上がったポーションを倉庫に運んでいる途中で怒鳴り声を聞くまでは。
「どういうことだよ!」
ポーションを倉庫に運び終わって、倉庫のドアを閉めようとした手が止まる。
何処から声がしたのか周りを見渡すと、倉庫のから少し離れたところに男性が二人立っている。一人は薄茶の髪に瞳は琥珀色の澄んだ色をしている。もう一人は金髪にこげ茶色の瞳をしている。
誰だろうと気になったが、何やら険悪な雰囲気なので気づかれないように倉庫のドアを閉めてその場を離れようと二人の視界に入らないように気を付けながら歩きだす。
「王の病の為だと言っていたそうじゃないか。それがどうして謹慎になるんだ」
「禁忌の教会に立ち入ったことと魔導士の生命を脅かしたのが理由だ。一緒にいた魔導士はもう魔力を使えないらしい」
ローサンのことだ。気になって、つい木の陰に隠れて聞き耳を立ててしまった。幸い、私がいることに気づかれていない。
「だからって、ゾフィーが裁判にかけられる理由になるのか」
「はぁ、もういいか。討伐の準備があるんだ。お前にかまっている時間はない」
(ゾフィーって確か皇女の名前よね。ということは黒髪の男は皇女の兄?)
「この国の為にしていることだろう。それがどうして処罰の対象になるんだ。王の病が治ればすべてうまくいくはずだろ」
「すべてね……、本当にそうか。自分たちの保身の為だけにしているんじゃないのか」
薄茶色の髪の男が歩き出す。それを黒髪の男が肩を掴んで止めようとして、薄茶色の髪の男が振り返った瞬間、黒髪の男は吹き飛ばされていた。
えっ!
リコは思わず声が出そうになり両手で口元を抑え、更に身を低くして茂みに隠れた。
ガサッ。
リコの目の前に薄茶色の髪の男が現れた。
「なにをしている?」
尻もちをついてしまった。逃げ出そうにも心臓がバクバクして動けない。どうしようか必死に考えを巡らすが怖くて体が震えてきた。
「ネヴィル、お前!」
茂みの向こう側から声が聞こえた。先ほどの黒髪の男の声だ。
(ネヴィルってレイモンのお兄さん?)
薄茶色の髪の男が黒髪の男を睨みつけている隙にリコは走り出した。
必死に走って魔導士団の建物までたどり着く。ここ最近で一番の全力疾走だった。足はガクガクして息も上がって呼吸も乱れている。
「リコ?」
ハアハアと息をしながら顔を上げるとレイモンがいた。
「レイモン、そいつは誰だ!」
聞き覚えのある声がして振り返ると薄茶色の髪の男が立っていた。先ほど、ネヴィルと呼ばれていた人物だ。
リコは慌ててレイモンの後ろに隠れる。レイモンも何かを察したようでリコを隠してくれた。
「兄上、先日報告したエリアス侯爵の令嬢です。魔力を持っていることが分かったので試験を受けて魔導士団に入団しました」
「あぁ、遠縁の令嬢を養女にしたと言っていた話か。令嬢が魔導士団に入って何をするつもりだ?」
レイモンが兄上ということはやはりこの薄茶色の髪の男はネヴィル皇子だ。
何やら不穏な空気になっている。レイモンの背に隠れながら、自分が出ていくと余計にことが大きくなる気がして黙っていた。
「リコ、挨拶を」
レイモンに促されてレイモンの横に立つ。
「リコ・エリアスです」
マリベルに教えられたとおりに皇族に対しての礼をした。
「魔力が不安定なので訓練のために入っています。今は討伐用のポーション作りをして魔力の安定を図っていると団長から聞いています。それに、討伐用のポーションのほとんどはリコが作っていますよ」
「討伐用? それじゃ、最近のポーションはこの令嬢が作ったと言うことか?」
「そうです。他の魔導士たちは討伐に出かけることが多いので、毎日リコがポーションを作っているようです」
レイモンが話を続ける間、リコはレイモンの隣でネヴィル皇子を見ていた。雰囲気から私を疑っている様子が分かる。
「レベルは中級から上級といったところか。それなのにポーション作りだけか?」
「訓練はしているようですが、魔力を上手く扱えないようで高度な魔法をまだできません」
「誰が教えている?」
「副団長のハミルトン殿です」
「教え方が下手くそなんじゃないのか」
会話の意図が分からなくなってきた。ネヴィル皇子は私にもっと高度な魔法を使えるようになってほしいのだろうか。レイモンも苦笑いをしている。
「とにかく、ポーションは助かっている。以前よりはるかにいいものが出来ているからな。これからも頼む」
「分かりました」
レイモンが頭を下げたので、リコも同じように頭を下げた。
次に顔を上げるとネヴィル皇子は既に立ち去った後だった。
「兄上とアランが倉庫の方に行ったと聞いて飛んできたが。リコ、何をしたんだ?」
「ポーションを倉庫に運んだあと、傍で怒鳴り声がしたから見ていたら……ネヴィル皇子に見つかって」
「今後、あの二人が一緒の時はすぐに逃げるように。いいか。特にアランは何をするか分からない」
危険人物ということか。今度から気を付けよう。
「ネヴィル皇子に吹き飛ばされていた」
「兄上の魔力は魔導士団の団長と同格か、もしくはそれ以上だ。息をするように魔法を発動させることが出来る」
だからだ。
あの時、ネヴィル皇子は手を出していない。ただ、振り返っただけだ。そう考えるととてつもない力だ。
(ネヴィル皇子も危険人物ということね)
「ねぇ。まだ、誰が私を呼んだのか分からないの?」
ふと気になって聞いてみた。
「可能性のある人たちに問い詰めているが、白状しない」
うん?
「人たちって?」
レイモンを見るとシマッタという顔をしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます