第19話 究極の凡人 後編

 高速とも言えるようなウィルの回し蹴りが四天王、ザリーバンドフェットに突き刺さり、彼を国外に吹き飛ばした。



 国の外には妖精族の精鋭と魔族たちが戦っている。それを越えるように四天王を蹴り飛ばしたのでウィルと四天王は荒れ地のような場所で向かい合う。



「ぐっ、この私が……呪詛王に次ぐ実力を持つ、この私が……劣等種族にッ」

「……倒すよ」




 ウィルの手の甲が光る。素粒子のように細かい光が浮かび上がったかと思うとそれが集約して、ルーン文字のような神々しい何かが浮かび上がる。


 一般的に使われる妖精魔法でもなく、魔族が使う異界魔法でもなく、精霊と契約して使う精霊魔法でもない……それは――


  ――古代魔法。3000年前に生きていた、古代人。勇者と言う存在が生まれる前に現存していた古の魔法。今では使える者は殆どいない。


 

 使えるのが判明しているのは勇者ダンや大賢者リンリンくらいである。勇者ダンはリンからマンツーマンで徹底的に教えれられたので古代魔法を覚えることが出来たのだが、その精度はリンの方が上である。


 リンは魔法を同時に五つ展開できるのが、勇者ダンは一つしかできない。だが、それでも古代魔法は強力な魔法である。



「まさか……勇者ダンの光の柱ロード・オブ・バベル……ッ」



 光が拳を伝って剣に宿り、天すら切り裂くほどと言えるのではないかと思えるほどの巨大な光の剣に変わる。刀身の長さ、太さも肥大し、大剣となった剣をウィルは振るう。



 全てを切り裂くと言われている、光の剣を生み出すその魔法の脅威は誰もが知っている。だからこそ、魔族のザリーバンドフェットは回避をすると言う行為に徹した。


 人間とは比べ物にならない強度の肉体、明白な種族としての強さがあるにもかかわらず、理解をした。であると……



(勇者ダンしか、使えないとされていた古代魔法の一つ……なぜこの男が使えるッ!? 先ほどまで隠していたのも意味が分からない)


(勇者ダンほどではないとしても……これは明らかに届きうる……この私に……)




 縦横無尽に互いに移動する、ウィルの剣を避けるだけである魔族。その攻防に徐々に違和感を感じていた。



(読まれている……徐々に詰められている……。反撃の隙が徐々に消えていく……)



 ウィルの動きが明らかに自身が動いていると言う事を想定して、動いていると感じ取った。未来視と同意義の戦闘の読み、それによって自身すら動かされつつあり、自身を仕留める一手に手を置こうとしている。



 コントロール、ある意味では勇者としてのウィルの戦い方の一種の正解、完成系とも言えるのかもしれない。


 それは四天王すら圧倒する。地面をめり込むほど蹴って、彼は魔族の懐に飛び込んだ。軽く、腹を殴打し、隙を作り、左手で魔族の頭から下に向けて剣を振り下ろす。



「――天空斬り」




 未来の希望の一撃は容易く絶望を切り裂いた。頭から足にかけて光が落雷のように落ちて、魔族が切り裂かれる。



 ウィルは真・呪詛王バルカンに仕える、四天王最強ザリーバンドフェットを打ち破った。彼の剣の余波で地面は抉れ、長いクレーターのような物が出来た。


 強敵を打ち倒したと言うのにウィルの顔は晴れていなかった。それは先ほどから彼の頭の中で直接大音量でスピーカーを叩きこまれているかのように鳴っている、直感による危険信号が原因だった。


 それに応答するように青髪、褐色の肌。頭上に角が二つ生えている。好戦的であり自身に溢れている表情は明らかに強者のそれである。黒のマントが翻り、空からとある魔族が飛来する。



「ほほほ、まさか私の配下を倒すとは中々やるではないですか」

「貴方が……バルカン……」

「そうですとも……初めましてと言っておいた方が良いのでしょうか? 勇者ダン」

「……? 僕は勇者ダンではないけど」

「おや? あの古代魔法、光の柱ロード・オブ・バベルは勇者ダンしか使用人が居なかったと記憶しているのですが」

「……」

「まさか、継承したとでも言うつもりですか? だとしたらあり得ない。遠くから見ていましたが正しく勇者ダンの剣捌きと言える美しいモノだった」

「……魔王に褒められても嬉しくない。だけど、これだけは言える。僕は勇者ダンじゃない」

「まぁ、いいでしょう。私は貴方が勇者ダンと確信している、素顔を知るのは誰も居ないのだからいくらでも誤魔化しは効きますしね」

「……何度も言うけど、僕は勇者ダンじゃない」

「ほほほ、何が違うのか分かりませんが……そろそろ始めましょう。世界の運命をかけた戦いを」


 魔王が両手を開いた。その瞬間、禍々しい魔力が大気を揺らした。魔力、オーラ、正しく絶望の頂点、勇者と対極であるであると言う存在が痛いほどに伝わってきた。




「……これが真・呪詛王バルカン」

「ほほほ、貴方が以前倒した呪詛王ダイダロスよりも強いですよ」

「……倒したのは僕ではないけど……貴方が再び攻め込んできたのは復讐の為ですか?」

「復讐には興味がないです、そもそも父親とあまり話したこともありませんし、他の魔族が死んだことについてもどうでもいい」

「……」

「貴方が倒した四天王についても同様です。あれらは駒に過ぎません」

「……駒」

「そう、駒ですよ。私一人いればこの世界を滅ぼすのも支配するのも事足りる……」

「遊び……自分が出れば終わってしまうから……楽しむために後ろでただ、見てたということ……」

「よく分かりましたね。だから、今は凄く楽しみですよ。あの勇者がどこまで戦ってくれるのか」


 ゆっくりと歩み寄ってくる。絶望が一歩近づいてくるたびに死が迫り、地獄が見えた気がした。僅か、一秒、それよりもっと短い時間、刹那さえも気を抜けば己が死んでしまうと彼は理解していた。



 格上との戦い。



 何度も戦った事があった。それでも……




(まずは、観察をして動きを――)


「――観察の暇はないと思いますが」

「ッ!」


 

 後ろから腕を横に振るった。安易な攻撃だがウィルは急いで頭を下げる。そして、振り返ると驚愕した。



 自身の古代魔法を使ったかのようにクレーターが出来ていたからだ。あまりに常識から外れてしまっている逸脱した存在。



「おや、顔に不安が浮かんでいますよ。勇者がそんな事で良いのですか」

「まさか、いつももッとすごいのを見ているから、大したことなくて安心しただけだよ」



(これは……勝てない……ッ、はは、笑えて来る……あんなに強い人から教えてを受け続けたのに……これは……無理ッ)




 負けを悟るがそれでも彼は剣を振る。光の剣は空振り、更に超高速の読みを使用し、未来を見通すことをするが……



「未来を見たところで私は捕らえられませんよ」



 軽く、手の甲がウィルの背中に当たる。巨大な鉛に叩きつけられたような衝撃が走り、骨が砕ける。



「――あぐッ」



 巨人に投げられたようにウィルは吹き飛ばされた。地面にぶつかりながら、衝撃が消えることはなく数キロは勢いが留まることはなかった。



 そして、なんとか勢いが止まり立つことは出来たが……その体はあまりに重かった。骨が砕けた、ダメージを負ったと言うレベルではない。



「聞いてた以上だよ、全く……」

「まだ生きてましたか。大したものですねぇ。勇者と言うのは……」

「はぁはぁ……そりゃ鍛えてるから」

「ふむ、私が触れたのに……まだ立てるとは」



 真・呪詛王バルカンは身体能力は勇者ダンが戦ってきた歴代魔王の中でもトップクラスの強さを保有している。純粋な身体能力、それだけでも凄まじいが彼の強さはそれだけではない。



 十二階梯、異界魔法、強弱付与バフデバフ。これがバルカンの切り札であった。



 この魔法は二つの特性を併せ持っている。一つは加点バフ魔法発動時から一秒ごとに身体能力が向上していく。もう一つは減点デバフという触れるたびに相手の身体能力、魔力を下げることが出来る。


 彼はこれしか魔法は使わない。他にも使えるがこれが彼にとってのベストの戦闘スタイル。


 

減点デバフによる効果の幅は人によって様々だが、四天王すら一度触れれば動けなくなるほどに能力が強い。だからこそ驚きがあった。ウィルがまだ立っていることに……




「まぁ、立てただけでどうという話ですが……ね」




 そう言いながら手をウィルの額に当てようとする。それを彼は避ける、みずぼらしい程に落ちた身体能力、避けた拍子に腰を地に落としてしまう。



減点デバフを受けても体を動かせるのは流石とは思いますが伝説も、こんなものですか……ね」



 ウィルの強さに見切りをつけたようで、軽く右足で彼を蹴った。再び彼は小石のように吹き飛ぶ形で飛んでいく。


 身体能力が落ちた事でダメージもさらに大きく、彼は飛ばされている間に気絶をしてしまう。彼は闇に落ちると髪の毛が銀から黒色に戻った。


 バルカンは吹き飛ばされたウィルの元に再び歩み寄る。もう興味すらない伝説となっているが、髪の色が急に変わった事が気になったからだ。



 

「想像以上に伝説が小さかったですねぇ。勇者がこれでは世界はもう私のモノ……手に入ったと分かるとつまらない……ダイダロスの呪いが無ければもう少し楽しめたのかもですが言ってもしょうがない事ですか」




 ウィルと勇者ダンと勘違いしたまま、彼は空に上がる。翼を広げて天から彼を見下ろして、右腕を掲げる。


 バチっと、雷が数十あらゆる場所から発生する、天から降りるように、地から昇るように集約して、極大のプラズマの電球を地に落とした。



「さようなら……勇者よ」




 巨大な爆弾が爆発したような轟音、それによる余波でエルフの国付近に生えている木々が吹き飛ばされた。



「さて、駒も死にそうですし、私がエルフの国に出向いて――」

「――自然は大切にした方が良いんじゃない」




 爆発により荒れ地になった荒野に一人の男が立っていた。タキシードの服にツンツンヘアーの青年だ。彼はボロボロになったウィルを背負っている。



「君が魔王って事で良いよね?」

「おや、貴方は?」

「僕は……いや、魔王と二人きりなのにバンを演じる必要はないか。俺は……そうだな、魔王が居たから倒しに来たってところだ」

「ほう……」

「お前のせいで冒険者交流会が無くなったら困るからな」

「ふむ??」

「まぁ、それは半分冗談だけどさ……これだけリンの国で暴れたんだ……遺言だけ聞いてやるけどどうする?」




 下から己を見上げる男……魔王は何故か空から地に降りた。それは無意識のうちに違和感があったのかもしれない。自分が彼を見下ろすと言う構図に……




「ほほほ、吠えましたね。私に対して遺言とは……しかし、それなりの実力者の様ですね」

「それなりには……強いよ。俺は」

「先ほどの勇者ダンのとどめの一撃を救った、あの速さ……明らかに普通ではなかったですからね、自信家なのも納得です」

「……?」



(勇者ダンへのとどめの一撃ってどういうこと? 何言ってるんだ……魔族ってやっぱり話通じない奴多いからな、気にするだけ意味ないな)



「しかし、本当にあの速さは大したものです。普通ではない訓練を積んでいるとしか……まさか……勇者ダンの弟子か何かですか? ……呪われ命が削られるために自身に変わる新たな勇者を勇者ダンは生み出していたのか」

「は? 何言ってるのか全然分からん……何でもいいけけど」

「ほほほ、確かにそんなことはどうでもいいでしょう。さぁ、決死の覚悟でかかってくるといい」

「……あ、剣忘れた」



 自身がタキシード姿で尚且つ、剣を忘れていることに彼は気付いた。しかし、そもそも拳で戦えば良いのかと思ったが、ウィルが剣を持っていることに彼は気付いた。


(あれ、左手で持ってる……いつも右手で持ってるのに……)


 ウィルがなぜか左手で剣を持っていることにダンは違和感を持った。いつもは右手で持って自身で向かってくるのに、どうして逆手で持っているのだろうか。一瞬だけ迷ったが、どうでも良いかと割り切って剣を借りた。



「なるほど、魔王に挑むために、師匠の剣を持って精神的な安定剤にするつもりですか」




 魔王バルカンはウィルを勇者ダンだと思い込み、ダンを勇者の弟子と勝手に思い込んでしまっている。しかし、それを訂正するのも面倒だし、そもそも魔族は話が通じない頭がオカシイと思っているダンは特に話を発展させることはしなかった。




「……では、見せてください。勇者の弟子としての力を」




 




――次の瞬間、死を意識した。



 幻想があった。一歩踏み出そうとした瞬間、魔王は己の死を悟ったのだ。剣を持ったツンツン頭のどこにでも居そうな、雑草のような顔つきの青年の剣が届く領域に踏み込みかけた事で恐れを抱き、足を止めた。



(……まさか、この私が引いた……?)




 人間と言う劣等種族、しかし、その薄皮一枚の内側には自身も信じられないほどの莫大なエネルギーが内包されている化け物であると直感で彼は感じた。




「ほほほ、良いでしょう。ならば私も本気で行きましょうか!!」




 歩く、という行為を捨て、彼は踏み込み爆発的な速度の上昇を見せた。自身と対等と思われる敵にのみ行う一種の激励とも言える一撃。


 大きく振りかぶり、彼は勇者ダンへと殴りかかる。



(入ったッ)



 最早、避けられないほどに拳は彼の顔面付近に接近をしていた。いくら化け物とはいえ、ここから挽回して回避、防御をする事は不可能であると思われたが、その答えは自身の身体がどこかしらの岩盤にめり込んでいたと言う事である。



「か、かはッ」



 岩盤で血反吐を吐く魔王は自身がコンマ一秒前に見た信じられない現象を想起する。



(殴ったと思ったら、既に俺の腹にはヤツの剣が当てられていた……)



 因果が逆転したのではないかと思えるほどの圧倒的速さ。まさか、この瞬間、あの一撃であの化け物が負かせると思ったわけではない。しかし、だとしても……この現象には説明がつかなかった。


 勝った、僅かにだけ勝った、先手を打ったと思ったら『後だしジャンケン』のように自身が先手を打たれていた。



(ほほほほほほ、良いでしょう。まさか、自身の全力を出せる相手が見つかるとは……)



「あそこでドンパチやるとウィルが危ないから、移動させておいた」



 軽く、彼は言った。気付いたら自身の数メートル先に居て剣を鞘に納めている。それを見て、魔王は奥の手を解放する。



加点バフ、多重展開ッ……ほほほ、私は一秒事に身体能力が二倍以上になっていきますよ」

「強そうな能力だな。魔王って大体そう言う能力持ってるけど」



 赤く途方もない太陽のような輝きが魔王を包む。僅かな会話、極限の戦線の中の僅かな休息。それをしている間に二倍、四倍、八倍と相手は強くなっていくのだ。それを聞いて流石の化け物も肝を冷やしているだろうと魔王は感じる。



 事象を無視したような能力。それに呼応するように足を一歩踏み出すだけで大気に、大地にヒビが入る。全ての運命を握るかのような強さを惜しげもなく彼は発揮する。


 圧倒的な強さを持つ相手に対し、僅かな尊敬と自身の意地。それを足に集約して彼は再び、飛んだ。



 大地が大きく割れる。踏み込み足一本で起こせる現象ではない。そのまま魔王は勇者の顔面に向かって再び大きく飛んだ。



 既に一秒、二秒、三秒、いな数十秒以上、自身が加点バフを発動してから経っている。だから、身体能力は二倍、四倍、数百倍となっていた。


 だと言うのに、次も自身の体に剣が当てられていた。そのまま斬られた。真っ二つにはならなかったが空中に飛ばされていた。


「ほほ、ここまで凄いとは! 貴方は世界で一番強いですよ。私が居なければですがね!!」

「……」



 再び地上に着地して、魔王は殴りかかる。だが、それすらも無に帰すように殴られた。剣を持っていない左手の一撃。



「へぇ、これで死なないのか……今までの魔王たちの中でもかなり強いかもな」

「ほほほ、私より強い魔王は存在しないですよ」

「確かにそうかもな」



 縦横無尽に駆け回る。上から下から右から、左から、正攻法で殴る。だが、それでも届かない。邪法として岩を投げる、地の岩盤をひっくり返し上から岩の雨を落とす。



(あと少し、あと少し……ここまで既に一分以上経っている、このままいけばいずれ上回る、手数でも、能力でも純粋な強さでも)



 岩の雨は一瞬で砂に変える。その隙にダンの後ろに回るが彼の回し蹴りで彼は再び吹っ飛んだ。



(ほほほ、間接的でも今、私に触れた。減点デバフもかかった。ならばもう……)




 相手に対する弱体化効果の付与。それに対して、自身はどこまでも強くなれる、魔力がある限り、倍になって行く。



 吹っ飛ばされながらまた、殴りかかろうとしたのだが、その思考の前に眼の前には彼が居た。再び鉄剣による一閃。


 どこまでも飛んでいく。



(だが、あと少しだ。あと少しで、私が上回る……)



 そこから更に一分経過した。



(あと、少し)



更に、十分経過する。この時点で既に惑星を一つ破壊できるほどに成長をした魔王は自らの勝ち筋を完全に視界に入れた。あと少しで勝てる。



(あと、少しのはず……)



 この世界には自らよりも強い存在はいないほどに成長をした。強さをつけ足した。歴代の魔王もここまでの強さはいなかっただろうと彼自身は、驕れたわけでもなく、調子に乗ったわけでもなく、買い被ったわけでもなく、過大評価したわけでもない。


 だが、彼の剣は気付いたら腹にあるのだ。本当に因果が逆転しているわけではないかと思えるほどに追いつけない。


(少しのはずなんだ、あと数秒、数分、いや、数時間……私が耐えれば……)



「はぁ、悪い癖が出たな……」



 ダンはそう言いながらタキシード服に着いた埃を落とす。その男には余裕があった。まだまだ底は見せておらず、そもそも見せる必要すらないと言わしめるほどの空気の軽さ。


 その、『軽さ』がどうにも気味が悪かった。圧倒的な存在であるはずなのに、それなのに、まるですべての事象を俯瞰して見ているような、頂上から、神のような視点でずっとこちらを見ている彼は一体何なのか。


「ほ、本気を出しているのか、いやそんなわけがない……なぜ、本気を出さない」

「タキシードが折角用意したのにダメになったらいやだろ、この後冒険者交流会あるんだよ」




 彼は別に相手を弄びたかったわけではない。最低限の動きしかしたくなかったのだ。


 派手な動きをする事で折角、


 それだけなのだ。別に手加減をしているわけでもない。だからと言って本気を出しているわけでもない。底知れない、底抜けの塊。それが最強の勇者と言われるゆえんなのだ。


 そして、彼が序盤から本気を出さない理由はもう一つあった。リンの影響だ。彼は以前にリンの前では強敵と敢えて拮抗を演じると言うことをしていた。


 リンが心配してくれたり、戦う時間を長く見せてカッコいいと言ってくれたりするのではないかと思っていた時期があった。その癖は徐々に治ってはいるが、それでも僅かにその癖は残っていた。


 本気は出さない。出していない、出す必要もないと。そう魔王は彼に言われているような気がした。


「ほほほ……なるほど、敢えて相手の底を見せて、最大限の膨大な力を更に上から叩くことで自身の存在をさらに大きく見せる。それによって、自身の力を広め、知らしめて、平和の抑止力にしているのですか……」

「え?」

「ほほほ、しかし、敢えて手加減をするとは勇者の器として見えない気もしますがね……」


 せめてもの皮肉として言ったが……言われた本人は『言われ慣れている』のか特に顕著な反応もない。


「器はそんなに俺は広くないぞ。一般サイズだ」

「……ほほ、どこまでも舐めたような口振りですね」



 この会話の内にもどんどん成長をしている。身体能力、しかし、魔王はそれでも強さが届かないと実感しつつあった。


 これほど、いや、魔力が切れるまで成長をして強さをつけ足しても勝てないのではないか。もっと言えば、魔力が無限にあっとしてもどんなに長い年月を強さに当てたとしても勝てない。


 次元が違う、正しくその表現が的確だった。



 もっと強くなれば勝てる。だが、相手はもっともっともっともっと。もっともっと強い。どれだけ肥大になっても超えられない壁がそこにあった。



「ほほほ、しかし、私には切り札があるのですよ……」



 彼は羽を大きく広げて、空に飛んだ。そして、己の魔力を全て心臓部に内包する。チカチカと体に点滅が走る。



「これは、爆発の魔法……自爆ともいえるのですがね……これが発動すればここら一帯は消し飛ぶ……も全てが消えることになるでしょうッ」




 自爆と言う選択肢を選んだ。勝てないのであればとせめても引き分けにしようと考えた。星を崩壊させるほどの威力を持った、魔力と魔法。



――眼の前が光で埋まった。



 魔王の前に広がったのは幻想的な光景だった。世界のどこを探してもこれほど美しい光景が見えるはずがない程に感極まる情景。


 光が一人の男の手の甲から発せられたのだ。たった一人の内側から僅かに出た光が収束して一つの剣のようになったのだ。


 膨大な光の奔流が彼の持っている剣に纏わり、そしてそれはそのまま振るわれる。ウィルの使った古代魔法と全く同じ光景だが、質が違った。



 その光は星すら砕く、ではなく塵すら残さない。魔王に向かって天上の頂すらも超えてしまった。



 文字通り、光が天に向かって伸びてそれですべては決着した。



「リンの国には手を出させるわけにはいかないからなぁ」



 剣を振り全てを消した彼は剣を鞘に納めた、その後自身の服装を見て唖然とする。光の剣を振った影響で服が破けてしまったのだ。



「あ、やっぱりちょっと強めに剣振ったら服破けた……」



 溜息を吐きながら彼はその場を後にする。そして、傷だらけのウィルを背負って、妖精の国へと向かった。




◆◆



 ゆっくりとウィルは眼を開けた。どこか知らないベッドの上で彼は目を覚まして、周りを見渡す。隣のベッドでは金髪の少年が寝ている。


「あ、起きた」

「バンさん……」



 ツンツンヘアーで偶にお世話になっている冒険者のバンがウィルが目を覚ました事に気付いた。



「あの、魔族が攻めてきて、それでどうなったんですか……」

「解決したらしいよ。魔王も勇者ダンが倒したってさ」

「そっか……僕は……何も出来ずに……」

「結構頑張ったって聞いたけど?」

「誰がそんな事……」

「ウィルの幼馴染の子」

「メンメンが……メンメンは無事ですか!?」

「無事だよ。まぁ、結構頑張ったって事で良いんじゃない? 詳しくは知らないけど」

「でも、結局勇者ダンに……頼ってしまった……」

「ウィルって……」

「……?」



 落ち込む彼にバンはいつもと変わらない声のトーンで話しかけ続ける。


「尿を足すとき以外でもイチモツ出すタイプ?」

「え!? どういうことですか!? 全然そんな話してないのに」

「物の例えなんだけど……尿が漏れそうだからトイレに入るちょっと前に事前にパンツからイチモツ出すみたいなのってあるじゃん? でも、ウィルの場合はいつ尿が出ても可笑しくないように常に出しておこうみたいな感じがする」

「え、えぇ? 全然分かりません」

「つまり、今は生きていたのを誇るべきってこと、心配して深く考えるのも良いけどずっとやってたら疲れちゃうさ。今は強い魔族が眼の前に居たのに助かった、全部丸く収まったって事を喜んでおけばいいのさ」

「……そうでしょうか?」

「そうだよ。あんまり考え過ぎると疲れ溜まって本当に力出したいときに出せないさ。心配とか不安募らせるのは今しなくては良いと思うけどね」

「……はい、わかりました」

「君の幼馴染もそんな顔されちゃ、逆に心配しちゃうよ。ほら、取り合えず笑っておけ」

「あ、あはっは」



 下手糞な笑顔を見せながらウィルは言われた通り、確かに気にし過ぎも良くないなと気持ちを切り替えた。


「それじゃ、俺はこの辺で……彼も起きたみたいだしねー」



 そう言って隣の金髪の少年を流し見しながらバンは医務室から出て行った。ウィルとが隣を見ると彼もこちらに気付いたようで詳細を聞いてきた。



 全てバンから言われた事を話した。



「そうか……俺は強さを証明できなかったか……」

「その、考え過ぎは良くないよ? 今は生還を喜ぶべきと言うか……」



 自身はただ今日敵に屈してしまった事に対して、若干ナイーブになった彼にウィルは先ほど自分が言われたように声をかける。



「ふん、落ち込んでなどいない、ただ、はっきりしただけだ。俺はもっと強くなるべきとな……」

「そ、そっか。落ち込んでないなら良かった」

「……お前と一緒に居た奴は大丈夫だったのか?」

「あ、うん。無事みたい」

「そうか」

「……そう言えば君の名前……」

「言う必要はない」

「でも不便じゃないかな? 一々君とか言うのって……それにお互い一緒に死線を越えたんだから……友達? みたいな……」

「……」

「あ、ごめん。友達は言い過ぎたかも……その、実は僕同性の友達はずっと居なくて……憧れてたって言うか」

「……ユージンだ」

「……え?」

「俺の名だ」

「そ、そっか! ユージン君か! よろしく!」

「……宜しくはする気はないがな」




◆◆




 バンはウィル達と離れて城下町を見渡していた。多少の侵攻の惨状が残っているがいたって平和であった。特に何ともないらしく、彼は昼ごはんでも何処かで食べようかなと考えていた。


「あの……そこのあなた」

「はい? ……あ、第二王女の方ですよね」

「はい、このフロンティア王国、第二王女、レイナ・フロンティアです」



 リンに少し似た眼つきのエルフがバンに話しかけてきた。バンは何度も鉄仮面を被った状態であるが見たことがあったので直ぐに彼女の正体が分かった。だが、今は自身はただの冒険者、俺様系ではなく下からの身分で話しかける。



「第二王女の方が僕になんの御用でしょうか?」

「はい、ワタクシの妹であるリンリンをここまで運んでくれた貴方にお礼がしたくて声をかけさせてもらいました」

「お気になさらず」

「いえいえ、是非お話を……お城までご同行お願いできないでしょうか? リンリンも貴方にもう一度お話がしたいと言っております故」

「え、ええ? まぁ、はい……」



 そう言われた断るわけにはいかない。とバンは彼女と一緒に城に入って行った。何度も見たなぁと思いながらもとある王室に入った。そこには大きな豪勢なベッドが置いてあって、その上ではリンが布団の上に座り、掛布団をかけていた。


 いつものツインテールはほどいて、綺麗な髪が下にただ降ろされている。彼女の隣にはリンリンの兄である、レイリーと母であるラームがベッドのそばに座っていたが、バンに気付くと二人して立ち上がった。



「いやいやいや、君が私の妹を運んでくれたバン君だね。いやいやいやいや、本当にありがとう」

「いえ、別に運んだだけなので」

「いやいやいやいや、それでもありがたい。リンリンから聞いたよ。偶々ピンチの所に、偶々勇者ダンが現れて、四天王を彼が倒したところに偶々君が現れて、勇者ダンが魔王と倒しに行くので代りにここまでリンリンを運んだって」

「そうですね」



(リンはそう言う風に誤魔化してくれたのか、なるほどね)


「報奨金をださせてくれ」

「いえ、そう言うのいらないです」

「おや、どうしてなんだい?」

「あー、お金貰ったとか噂になると面倒な感じが……俺、そろそろ結婚したくて相手を探しているのですが、お金目当てに来られそうでちょっと……そういうのじゃなくて真実の愛を探したいんです」

「意外とロマンチストなんだね」



(もう、散々この国からはむしり取っているからな。事あるごとに貰っているし……正直、今更貰いたいとも思わない)



「しかし、お礼がしたい……結婚相手を探していると言ったね? 私の知り合いの貴族の妖精族を紹介しようか? 皆、可愛いけど」

「お兄ちゃん、もういいからあっち行ってて」



 リンの兄であるレイリーがバンに女性を紹介すると言った直後、呆れたように後ろからリンが声を発した。



「ママもお姉ちゃんも、ちょっと二人で話したいから席外してくれない?」



 母にも姉にも一度、席を外してもらうように彼女は頼んだ。そのままバンにベッドの近くの椅子に腰かけるよに進める。奇しくも、以前の旅をしていたころのように二人は向かい合うのだ。



「あー、ありがと。助けてくれて」

「いえいえ、こちらこそ黙って頂けたみたいでありがとうございます」

「約束だから言わないわよ」

「どうも」

「今日はこの後どうするの?」

「交流会に参加をしようと思ってます」

「え? 今日中止になったのだけど」

「え? マジかぁ……うわぁ、こんなガッチリ決めて来たのに」

「残念だったわね。でも、また機会はあるからさ。落ち込まないで……」

「はい。切り替えます……」



 そうはいっているが彼は眼を閉じて、天を仰いでいる。そんな彼に彼女は聞いた。



「バンって、強いのね。四天王一撃だなんて」

「……あ、確かにそう言われたらそうですねー」

「鍛えてたの?」

「そうですねー。そう言われたらそうかもしれないですねー」

「ふーん、どんな鍛え方してたの?」

「色々ですー」



眼を逸らして、適当に話を流そうとするバンに意外と分かりやすいなと言う感想を彼女は抱いた。


(鉄仮面を被っていたころは表情なんて、見たことなかったけど……意外と可愛らしいようにも見えるような……)


(それに表情の変化も分からなかったけど、意外と安易に顔に出ちゃうタイプだったのね)



 まじまじとバンを、ダンを見つめる彼女に不信感を抱いたのか彼は僅かに冷や汗をかいていた。まさか、自分の正体が見破られているのかとも怪しむ。



「ダ……バンは交流会に参加して、結婚相手を探してるんだったわよね? お母さんに言われたとかで……」

「そうですね。母がそろそろって言うので」

「へぇ、実家はどこら辺にあるの?」

「そう言うリンさんはどこなんですか?」

「ここだけど」

「あ、ソッカ……」



 誤魔化そうとして意味のない会話をしてしまったり、鉄仮面を脱いでフツメンをさらしてしまった彼は弱い。リンは正体に気付いているが敢えて知らないふりをしてあげた。


「そうだ。全然関係ないけど、手見せてよ。手相見てあげる」

「え? 僕全然そう言うの信じないんですけど」

「いいから、運試し的な感じで」



 バンの手を取って、彼の手相を眺める。やはりと彼女は再度実感をした。



(ダンと手相が同じ……まぁ、本人だから当たり前だけど。昔、恋占いをするために勝手に見たことがあったのよねぇ……。まさかそれで本人の確認作業が出来るなんて)



「あれね。お見合いとかでは運命の人は見つからないってかいてあるわね」

「そんな極端な線あります?」

「うん、人からの紹介は止めておくのが吉ね。交流会で出会った人は全然大丈夫って書いてある」

「そんな細かくですか……へぇ、普段占いは全然信じないんですけど、リンさんがそう言うなら紹介は止めときます」

「それがいいわ」

「……」

「……」


 彼女は手相を見終わったのにダンを手を離そうとはしていなかった。どうした? と何となくで目線を送って彼女はようやく無意識で手を握ってしまっていたことに気付いた。



「あ、ごめん」

「いえ、別に謝る事ではないかと」

「……バンの手があまりにゴツゴツでさ、ビックリしちゃったの……」

「なるほど」

「最早、ダイヤね。そこになるまで大分……いえ、なんでもないわ。引き留めちゃって悪かったわね」

「全然、会話楽しかったですし。では、また」

「うん……またね」



 悲しい気持ちを隠すように彼女は無理に笑った。本当はもう少しだけ、話がしたかったのに彼女は我慢をした。


 勇者が居なくなった部屋にリンは一人、ぼぉっと何事もなくなったように空を見た。そこに彼女の母親であるラームが入室をした。



「勇者は帰ったの? リンリン」

「……ッ。ママ、気付いてたの?」

「うむ、だがあれを初見で見破れと言うのは無理があるというもの。わらわはリンリン、お主のバンという冒険者に向ける眼を見て、そう思っただけじゃ」

「……あぁ、そういうことね。このこと誰にも言わないでね。ダンとの約束なの」

「それは構わないが……良いのか? 好きな男をこのまま放置しても、無理やりにでも囲ってしまえばよいと思うがの? 婚約でもなんでも素顔が割れているなら押し切れるはず」

「そうはいかないでしょ、それはダンの意思に反するわ」

「ふむ? 勇者の意志とな?」



 そう言いながらリンはベッドの上から腰を上げて窓に駆け寄り、外の景色を眺める。黄金色の夕日が差し込み彼女を照らす。



「どうして、ダンがバンなんて名前を使って一から冒険者なんてしてると思う? それに結婚相手とか探してるのかしらね?」

「さぁの?」

「……きっと、ダンは疲れちゃったのね。アイツは誰よりも強いから……頂点から全部見えてしまったのよ。それでアイツだから分かったの。いくら強くなっても自分は所詮一人の人間だって」

「……ふむ、一人の人間か。頂点からすべてを見たからこそ分かる、俯瞰的な視点による一種の悟りか」

「魔王とか、他にも悪い奴もそうだけどさ。大体、強くなって調子に乗る奴って自分を過大評価して、好き勝手に自分は世界に選ばれたからしていいみたいなのが多い。でも、ダンは違った」

「常に己が一人の人間であると悟っていたと?」

「うん。だから、悪さとかもしなかったのだと思う。力に溺れることも無かった、所詮自分はいくら強くなっても小さな器を持っている一人の人間って、最強の力を持っているから自覚してたのよ」

「なるほど、ようやく分かった。今までの魔王と勇者ダンの違いが……魔王は己を多大な存在だと理解して強くなって至った者、勇者ダンは庶民のまま最強になった者。同じ力を持つ者でも、後者は人に寄り添えるというわけじゃな」

「うん、だから、ずっと隣で歩み寄ってくれていたのね」




 彼女は窓の外見ながら思い出した。初めて出会った時の事、何度も口げんかをした時のことも、始めて意識をした時も、恋を自覚したときも、いつも彼は普遍的で己を神の子としても、エルフの王族としても見ていなかった。



「でも、庶民だから疲れちゃうわよね……ずっと色んな人から期待されしまうのは。だから、もう普通になりたかったのでしょ? 運命の人とか、結婚とか分かりやすい幸せを掴みたかったのよね……」




 彼女の視界にある人物が写る。城から出て行く、ツンツン頭の青年だった。彼が求める普通を彼女は尊重をしようと思った。


 勇者という枠ではなく、ただ一つの幸せを求める庶民としての彼を彼女は……



「またね、ダン……また、会いに行くから……」



 彼女の声が聞こえたわけではないが、ダンは何となく振り返って、遥かに上の部屋で自身を眺めるリンと目が合った。ぺこぺこ普通の青年のように頭を下げて彼は去っていく。


 軽く手を彼女は振って、彼に思いを馳せた。



「今度はアタシが……普通の貴方に寄り添える日が来るように」



 

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