第9話 勇者の実力

 筆記試験が終わり、次は実技試験であるがそれは筆記の次の日である。なので筆記が終わり、その試験に合格をした者は宿屋で明日に備えて休むことになる。


 ウィルは筆記試験に合格をしたので飲食店で食事をとっていた。筆記試験に合格をしたことに喜ぶ彼であったがこれからの事を考えるとどこか緊張がぬぐえない。そんな彼の下に一人のツンツンヘアーの青年がやってくる。


 飲食店はカウンター席や丸テーブルの周りに三つほどの席などで構成されている。勇者ダンの鉄仮面フェイスの絵画、特殊な鉱石によって作られた常夜灯が置いてある。


「相席いい?」

「あ、バンさん! どうぞどうぞ」



 一人ぼっちでは寂しいような気もしていたので、丁度良いとバンという青年、もとい勇者ダンの相席を許可する。



「明日は実技試験だね、緊張してるでしょ」

「あ、もう疑問ではなく断定なんですね」

「だって、君は絶対緊張してるから」

「あはは……まぁ、そうですね」

「筆記試験は五十人しか受からなかった。更には明日の実技で半分以下の二十人になるらしいからね、まぁ緊張はするよね」

「え、えぇ、そうなんです。スーヤ山脈に行くって事は聞いてるんですけど……何をするのか不安です」

「それでも戦いながら頑張るしかないね」



 バンの落ち着いた笑い声と話し方にウィルは何だか不思議な感覚を覚えていた。


(この人……どこにでも居そうで勇者ダンみたいに特別な雰囲気はしない……彼とは真逆、のほほんとした感じだ。緊張してるって言ってたけど全然そんな感じしないなぁ)



(ある意味でぶれな過ぎるというか……そう言う意味では勇者ダンに似ているような似てないような、なんか自分で考えていて意味が分からなくなってきた……)



 試験の緊張はどこかに行ってしまったのか、代わりに眼の前の訳分らない不思議な存在に頭を悩ませていた。ローテンポのローテンションな間延びの話し方がどうにも心にひっかかった。



「気にするなって言っても君みたいなタイプは緊張するからね。これ以上は何も言わないよ。どうせ緊張で思ったように動けないだろしね、だから、いつも以下の動きでもやれるだけやりな」

「あ、ありがとうございます?」



(アドバイスしてくれる、優しい人なのはわかる。本当に不思議。この人、多分緊張はしてないんだろうなぁ。本当に色んな人が居るんだなぁ……あの目つきの悪い金髪の人も)



 ウィルが朝、勇者の銅像前で会った、金髪の目つきの悪い少年ユージンを思い出していると、そのタイミングで丁度大声が響いた。



「――なんだと!? この餓鬼!」

「俺は当然のことを言ったまでだ」



 飲食店が静まり返る。誰もが声のする方を見ると、ユージンが大柄で柄の悪い男性に絡まれていた。彼の周りにはその取り巻きが居て、全員で取り囲むようにユージンを睨む。



「お前達は見るに堪えない。消えろ」

「クソガキが」



(あの人、朝の銅像の人!? 何があったんだ!?)



 ユージンの胸倉を掴もうとする大柄の男だが次の瞬間その腕をユージンに握られ、握力で潰される。



「お前達ではこの程度だ。群れるだけで大きくなったと勘違いする雑魚どもは端っこで生きていろ」

「――っ」



 彼の握力で右腕を潰されかけ、痛みに悶える男性を睨みつけた後、彼は腕を離した。そして、金を店主に多めに払った。


「お金が多いです……」

「騒ぎの分だ、取っておけ」



 そう言ってユージンを睨みつける取り巻きに手を出させない剣幕のまま、ポケットに手を入れて彼は去って行った。




(何があったのか知らないけど……やっぱりあの人ユージン凄い)




 大柄の男とその取り巻き、そしてユージン、バン。あらゆる存在が交差する明日の試験に改めて彼は気を引き締めた。


「おい、あれどうしたんだ?」

「ほら、聞いたことあるだろ。何年もずっと試験受からないルータをあの大男とその取り巻きが馬鹿にしたんだよ」

「それであの金髪の餓鬼がきれたのか?」

「気に食わないって言って、お前たちが他者を踏むなら俺も踏むって」

「ほぇ」

「毎回ルータは筆記までは受かるんだけどなぁ。そっからダメなんだよ」

「ルータは今年で何回目の受験なんだ?」

「今年で十回目らしい。普通は諦めるんだがな」




 ルータ、という青年が馬鹿にされ周りから虐められたのをユージンは納得がいかずに喧嘩を売ったようであった。それを知り、ウィルはやっぱり凄いなと感じる。


 曲者、弱者、そして強者が交差する試験が目の前まで迫っていた。





◆◆



 次の日、五十人の筆記試験合格者が冒険者ギルド前に集められていた。彼等の前には一人の優しそうなギルド職員の男性が立っている。



「では、試験の説明を致します。まずはコチラを見てください。モンスターのブラックキャットです」


 男性の前には可愛い小さな黒猫が一匹いた。黒猫の耳にはリボンが付いている。



「こちらは調教テイムされているので、皆様を襲う事はありません。しかし、人間を見た途端、逃げるように躾けられています。察しの良い方は既に気付いていると思いますが、試験はこのリボンが付いているブラックキャットからリボンを奪う事。ちなみにですが、このブラックキャットに危害を加えることは禁止です」


 小さな黒猫サイズの可愛い生き物、これもモンスターである。しかし、人懐っこい性格でよく人々の家族ペットとして暮らすこともある。戦闘をする事も出来るが何よりも素早さが群を抜いており、逃走を得意とする。


「既にこのポポの町の付近にあるスーヤ山脈地下に二十匹放たれています。そう、つまり捕まえられる数は皆様の思った通りでございます。実技試験合格者は限られていますのでお早めに……」



 彼はそう言ってニッコリ笑う。


「更に、正午までと言う時間制限もあります。それを過ぎた場合も不合格になりますので……では今からスタートです。皆様、頑張ってください」



 そう言うと誰もが町からスーヤ山脈の方角に走ろうとする。しかし、ユージンだけは止まり、町の出口で腕を組む。



「おい、襲うならここでやったらどうだ?」



 それは昨日の大柄の男に言っているようであった。ユージンの言葉にニヤリと笑いながら彼等は向かい合う。


「ほう? 気付いたのか?」

「当然だ。貴様らのような下種な存在の考えることなど容易に想像がつく。どうせ、閉鎖的なダンジョンで俺を襲う気だったのだろう。それよりもここで決着をつけた方が手っ取り早い」



 周りの受験者は彼らに気を配らず、先に進んでいく。ユージンは後からでも容易に巻き返せると思っているのだろう。



「全員でかかってこい」

「へっ、いいだろう。叩き潰してやる。おいお前等、ブラックキャットは殺傷禁止だが、人間は禁止されていない。二度と立ち上がらない程度に潰せ」



 そう言われてユージンに十名ほど襲い掛かる。彼等は集団で冒険者試験に臨み、数による協力で合格をしようとする者達。数こそ強さの一つの答えであることを人であればあれでも知っている、彼等も生意気なユージンをまずは叩き潰してやろうと考えていた。


 更に、試験に出遅れても町外で出待ちをしてブラックキャットを捕まえた受験者を捕まえて奪うことまで考えていた。一対十、普通なら負けは確実、近くで心配で見ていたウィルも見過ごせないと思い介入をしようと感じた。しかし、一瞬で戦況は変わる。


 正に閃光のような速さで乾いた音が響いた。ユージンは持ってきていた木剣で彼等の鳩尾、頭蓋骨、首、それぞれに当て彼らを地にねじ伏せた。



「それはコチラのセリフだ。二度と立ち上がらないようにしてやる」



 強気な物言いだが、木剣で戦い後遺症にならない程度に傷を抑えているのは強者の慈悲であるのか、そのまま剣を大柄の男に向ける。



「――馬鹿な……」



 彼は取り巻きがやられた事で驚きで目を見開く。遥か上を行く強さを持つ者に彼は畏怖をした。



「ひゅー、これは一番強いのは彼だな」



 遠くで見ていたギルド職員もユージンを見て笑みが止まらない。明らかに他者とは一線を画す強さに新たなる時代を感じてワクワクもしている。



「クク、だが、木剣、その甘さが命取りだ。俺の大剣には敵わない。触れた途端お前毎斬るぜ」


 彼は背負っていた鉄の大剣、ユージンと同じ位の大きさの剣を両手で装備する。しかし、ユージンは涼しい顔で片手をクイッと出し、挑発をした。


 再び額に怒りをにじませ、彼は大剣を振る。木剣で受ければ間違いなくユージンごと切られてしまう。しかし、彼は刃の部分ではなく、大剣の柄の部分に木剣と当て、ぴたりと彼の剣を止めた。



「群れることを否定しないが、それで他者を下に見るお前は弱い」



 そのまま、首元に剣を当てた。巨体の男が数メートル飛ばされ、宙を舞い地に落ちる。倒したらそれに興味を無くしてユージンは山脈に向かう。


 受験者は殆ど、先に山脈に向かったが一部彼の戦闘を見ていた。ウィル、バン、そしてルータである。ユージンの強さに驚愕をするウィルとルータであったが彼が山脈に向かうのを見て、自身達も山脈に向かい始めた。



冒険者ギルド実技試験、五十人中十三人、脱落。残り三十七人。




◆◆



 ユージンは先ほど、十三人の試験者を脱落させた。彼はそのことに後悔はしていない。しかし、何かしら心に引っかかりがあった。



(俺が目指すのは群れたうえでの強さではなく、勇者と言う個にして絶対の強さ。さっきの者達は俺との戦いに負けた。それだけだ。俺はこれから幾度なく先の者を叩き潰す)



(何も可笑しなことはない。だというのに、この違和感はなんだ)



 スーヤ山脈にてブラックキャットを探しながら彼は違和感の正体を洗い出そうとしていた。しかし、どうしても答えが出ない。


 そんな時、あることに気付く。誰かが自身の後をつけていたのだ。



「……誰だ」

「――流石、気づいていたようだなぁ」



 嘲笑うような声だが、聞き覚えのある声だった。姿を現した男に彼は怪訝な目を向けた。何故ならその男はずっと試験を何度も受けては落ちている、ルータと言う男だった。



「なるほど、俺は一杯食わされたと言う事か」

「違うさぁ。私は文字通り毎年受験をしていたし、それを理由にアイツらに絡まれていたというのも本当の事だ。アイツらと俺がグルでお前をはめようとしていたという事はない」



 ルータは笑う、その不気味さにユージンは始まりの剣を抜こうと手にかける。戦闘体制に移行した彼と、ルータの姿が変貌するのはほぼ一緒であった。


 人の子であった、彼の額から唐突に角が生え、肌の色は綺麗な白に近いものであったが、気味の悪い青色に変色した。


 細身であった体も厚い胸板を持つ身体に変わる。生まれ変わったように彼は覇気を持つ化け物に変わった。



「魔族か……」

「ほぉ、驚かないのかぁ、やっぱり潰しておくかぁ」



 魔族まぞくと言われる種族が居る。人族、妖精族、彼らは和平を結んでいるが魔族は違う。彼等の国と世界を狙う。何度も狙い、それを勇者と言われる存在が何度も退けてきたのだ。


 魔族と言われる種族は危険で残忍、彼らにあったら逃げろとすら言われている。



「なぜ、俺を狙った」

「少し長くなるんだがぁ……まぁ良いさ。殺すから話してやる」




 魔族ルータは両手を広げて天を仰いで語りだした。



「これは今から十四年前の話になる……人族ならば覚えているだろぉ?」

「呪詛王ダイダロスか」

「その通りだぁ。嘗て呪詛王ダイダロスはこの世界に魔界から、攻め込んできた。俺もその時にこちらの世界に渡ってきた。我らが王、そして手下の私達も世界を掌握してやると思っていたが……」

「勇者に消されたか」

「……文字通り、一撃だったぁ。しかも、妖精族が居る大樹国フロンティアに対しての宣戦布告をした後、僅か一時間でだぁ!」




 怒りをにじませるように手を払った。それをユージンは無表情で見つめている。


「その瞬間、全員が悟った。こいつはヤバいと、こいつだけには喧嘩を売ってはいけないと」

「ならば大人しく魔界に帰り、隅で暮らせばいいだろ」

「そうも行かない、次元を渡るのは魔力が大分必要なのだ。何度も往復は出来ないのだぁ」

「……」

「それに、私達の目的は今なお変わっていない。この世界を掌握する事……。四天王もこちらの世界に留まり準備をしている」

「ふん、四天王は生きているのか。魔王の右腕と言われたが、大方勇者の実力にビビり慌てて逃げて生きているというオチだろう」

「確かになぁ、我ら全員同じだったぁ、一目散に逃げだした。だから、生きているのだぁ」

「ククク、随分と腰抜けの集まりだな」

「笑って居られるのも今のうちだ。何故なら……勇者はもうすぐ死ぬ」

「……なに?」

「我らが魔族にある最後の希望は……呪詛王ダイダロスによる呪いだ。死ぬ間際、勇者にやられる寸前、己の力全てを振り絞って呪いをかけたのだ」

「……」

「呪いは奴の体を蝕んでいる事だろう。しかし、流石は勇者だ。二年前も魔王を討伐した……」



(呪い……)



ユージンは呪詛王の戦いを思い出す。そして、つい最近から始まった例の件を思い出す。



『俺は、後継者を探している』




(訳は聞かなかったが……なるほど呪いか。しかも魔王による死の間際の呪いか。あれから十四年耐えたのか、今なお耐えている途中か……)



(となると……呪いで弱体化し、魔族は勝てる時を伺っているという事か)



「十四年だ。流石に勇者とは言え大分身体に響いているだろうぉ。魔王ダイダロスの遺言では十年で勇者は死ぬとされていたが、勇者は死んでいないぃ。だが、だがだがだが、弱っていることは確実! さらにさらに! 魔王ダイダロスの子孫である魔王バルカンは更にダイダロス様よりも強い!! しかし、慎重に慎重を重ねて呪いによる弱体化を待った!!」

「……」

「始まるぞぉ!! 戦争が! ようやく憎き勇者を倒し、世界の頂点に立つのだぁ!!」

「……答えになっていない。俺が聞いたのは、なぜ俺をつけたのかという事だ」

「あぁ、そうだった。勇者が弱体化したと言え、再び勇者のような化け物が現れてはしょうがない。念のために変装能力のある私は新たなる勇者の種子を潰すために、この始まりの町でずっと監視をしていた。何年も何年も」

「……俺がか」

「そうだ。ずっとあのような男が現れることはあり得ないと思っていたが、お前の戦闘能力、あり方……それをみて確信した。今ここで潰しておこうと」

「そうか。魔族の心意気は砂利のようだが……その見る眼だけは本物のようだ」



 そこまで聞いて、これ以上耳を傾ける必要はないと彼は判断した。そもそも聞く必要すらなかったのだ。



(それを知ろうが、知らないままだろうが……俺のすることは変わらない)



「あとはお前を倒してひとかけらにするだけ」

「何故私がお前にこのことを話したと思う。今なら、勝てるからだよぉ」

「――やってみろ」



 ガキン、と始まりの剣と魔族の長い爪が交差する。金属と爪だというのに音はとても重い。


 魔族の身体能力は人族であるユージンよりも優れている。しかし、それだけでは戦闘は決まらない。


 大振りの爪と研ぎ澄まされた剣が拮抗するのはそう言うわけだ。



 頭上を狙う爪、紙一重によけながら彼は願う。



(もっと力が欲しい。まだ、俺は上に行けるはずだ)



 彼は勝てる確信があった。しかし、魔族もただの弱者でもない。ルータは更にスピードを上げる。ユージンは未だに15歳、大して魔族は40歳を超えている。成長をずっと続けるユージンであったが、高種族の強さの厚みに僅かに押された。



 魔族の蹴りが彼の腹に当たり、彼は宙を舞う。



 同時刻、なんらかの戦闘音が何度もスーヤ山脈の地下に響いた。閉鎖的な場所であり音が籠るという僅かな特徴があるが、流石に全ての者にその音は聞こえない。聞こえるのは近くに居る者だけ。


 

(なにか、音がする? これって、金属音?)




 偶々ウィルはブラックキャットを探してその付近を歩いていた。彼は金属音に気付いて、その場所に走った。



(何か嫌な予感がする……)



 彼は走って、ユージンとルータが戦っている場所に辿り着いた。ユージンは腹を抑えて、血を吐いた。しかし、目は全く死んでいない。





 ウィルは一瞬でその思考になった。先ほどまで自身よりも格上で、きっと自分なんかとは別次元に今は居ると思っていたのに、すぐさま彼の中では守るべきである対象になった。


 彼の頭は冷えたように冷静であった。助けないといけない対象になった瞬間、彼の身体は文字通り全力を出せる。


(今、きっと彼は怪我をしている、肋骨を手で抑えている。折れているのか、怪我をしている。ざっと見て、出来る限り最適解と導かないと。ここまでの彼の行動を振り返らないと。彼は、きっと勇者ダンと同じタイプだ。あの意志を曲げない目、言動からも察しが付く。誰とも組まないし、敢えて一人であの冒険者受験の集団とも戦った)


(誰にも曲げられない、一人で戦う事を好むような人種に対して、今最も僕がすべきこと。助けを呼ぶ? 間に合わない。助けると加勢する。これが正解に近い。でも、彼にそれを言った所で、ここで手助けをすると言っても、彼はそれを拒むだろう)



(呼びかけすら勿体ない。この場での求めるべきは協力ではなく、無言の加勢)



 ここまで数秒、極限の集中の中で彼は壁側に追い込まれていたユージンの前に立つ、ルータに向かって石を投げた。


「っ!?」


 そのまま避けたルータに向かって、剣を抜いていた。


「邪魔をするな」

「勝手に動いてるだけなんだ」



 剣を振るったが案の定避けられ、カウンターを喰らいかける。だが、ウィルはそれを剣で受け止める。ユージンはウィルに獲物を持って行かれないように再び剣を振る。


 ユージンが前に出るとウィルはそれを確認して更に踏み込む。ユージンもウィルを確認して目を細める



(コイツ、こんな戦に踏み込むような奴だったか? 明らかにずっと緊張で震えていたが……別人か……?)



 あまりにも戦いなれているような動きと、表情の違いから一瞬だけ別人だと思い込んでしまった。筆記の時からビクビクしていたウィルの姿は何処にもない。



(俺よりは下だ。だが、数秒ならあれと打ち合えるだろう……なら、数秒は稼いでもらう)



 ユージンは魔力を集中させ、詠唱を始めた。


「焔の礎・灰を生み・我が身に施せ」



 先ほどまでの戦闘では、魔法を発動するための詠唱と魔力統一、集中力を魔力に割けなかった。だが、既にウィルが加勢したことによってそれが完成する。


炎の剣エンチャント・ブレイズ



 魔法によって炎を纏った剣を持って彼は向う。目線の先では既に数秒を稼ぎ終えて、ぼろぼろになり始めるウィルが居た。



「どけ!」



 ウィルとルータに向かって言った言葉。ウィルは直ぐにどいたが、ルータもあの剣は不味いと察する。


 第三階梯魔法炎の剣エンチャント・ブレイズ。剣に炎を付与するシンプルな性能だが、剣の威力、そして皮膚を焼いて斬るという多大な効果を付与する。


 爪すらもきっと切り裂く剣から、一瞬離れようとするがルータの足元には始まりの剣が刺さっていた。


(この餓鬼、離脱した瞬間に投剣しやがった!?)



 ウィルの投げた剣は彼の足に刺さっており、逃走を阻害した。ウィルは僅かな戦闘だがダメージを受けてそのまま気絶。


 

「終わりだ」

「ぐがぁぁあ!!」



 胴体を炎でユージンは切った。魔族ルータの体は爆炎に包まれ絶命した。そのままユージンも疲労により気絶。


 ウィルもユージンも気絶をした。残り試験時間は二時間を切っている。


 彼らの問題は残り時間内に目覚めブラックキャットを捕まえることだけかに思われた。しかし、それだけではなかった、脅威は残っていたのだ。



「く、くそがぁ、危なかったぁ! 四天王に授かっていた治の石ヒールストーンが無かったら死んでいたぁ!!」




 胴体は切られて、灰と化したように見えたがルータは生きていた。しかも完全回復をしてだ。彼の持つ、治の石ヒールストーンはどんな怪我でも完全に回復をするマジックアイテム。これが無ければ間違いなく死んでいただろう。



「はぁはぁ、ふふふははははは。だが生きているぞ。お前ら二人共ここで殺しておかなければ」



 気絶をした二人に迫ろうとする魔族。鋭い爪で頭を割いて、一瞬で絶命をさせるつもりで腕を上げる。



「――ちょっと、待ってくれよ」



 間の抜けた声が洞窟内に響いた。



「その二人は文字通りの枠なんでね」



 眼を向けた先にはツンツンヘアーの黒髪の男が立っていた。顔つきは柔らかいように固くないような、何とも言えないどこにでも居るような雑草のような顔。思わず毒気を抜かれてしまうようにすら感じられる。



「人族か……。今のうち尻尾を巻いて逃げれば命はやってもいいぞぉ?」

「いやいや、が居なくなったら二人を殺すでしょ。それ、凄く困るんだよね」

「なに?」



 困るというモノ言いに首を傾げるルータ。しかし、未だにヘラヘラしながら男は笑みを向けている。



「それにしても大したもんだよ。まさか、二対一、更には生きているとはいえ、魔族を一回撃破するとは」

「見ていたのかぁ?」

「まぁね。全部じゃないけど」

「ほう? ではなぜ今更出てきた?」

「そんなの決まってるだろ? だって――」



 人族の男は何事もないように、さもそれが世界の真実であるかのように軽く口を開いた。



「――



 男は魔族に向かってゆっくり歩きだす。ポケットに手を突っ込んだまま無防備の体勢でだ。



「馬鹿が!」



 そう言って彼に向かって鉄のように固い爪を向ける。彼の体を引き裂いて真っ赤に染めるつもりでいたのに――



――魔族は宙を舞っていた




(え……? 私は、一体? 投げられた?)





  一瞬で天地が逆さになった。投げられたと勘違いした彼であったが直ぐに正解に気付いた。地には首から上が取れた自身の身体があった。そして、自分の首が天に。


 男がポケットに手を入れたまま、蹴りを脳天に喰らわせただけである。



「うーん、この感触。大分下っ端の魔族か? でもまぁ、倒したことには変わりないか。大したもんだよね、二人も」

「だ、誰だ?」

「まぁ、魔族とか無限に湧いてくるしね」

「お、お前は?」

「ん? なんだって?」

「お前は、だ、誰だ?」

「――勇者だよ」




◆◆



 ウィルは目を覚ました時、体中が悲鳴をあげていた。という事はなくいたって平常通りの感触だった。



「あれ?」

「あ、目覚めた?」

「バンさん」

「えっと」

「よく分からないけど、僕が来た時には二人共気絶してたみたいだね」



 ウィルの横には苦渋の顔をしたユージンが居た。彼の顔を見てウィルは大体察した。自分達は眠り過ぎた。もう、冒険者試験は終わっているか、終わっていなくてもここから間に合うはずがない。

 ブラックキャットを探してリボンを奪い、更にはそこからギルドまで帰る。他の試験者も既にリボンを奪っているから数は少ない、そこから見つけるのも一苦労だ。


「あ!? 試験は!?」

「あ、試験ね。あと一時間もないだろうね」

「えぇ!? ってことは……」

「合格だろうね」

「そうですよね、合格!?」

「これ、二人にあげるよ」



 バンはそう言って二人に青色のリボンを差し出した。


「今、十八人までゴールについてるから早く行った方が良いよ。待ち伏せとか、時間制限あるし」

「え!? えっと、でも、バンさんは」

「僕はいいよ、あてがあるんだ。それより、どうする? いるの? いらないの?」

「え、えっと……でも」

「っち、施しのつもりか。だが、貰えるなら俺は貰おう。先に進まなくてはならない、ここで足踏みをしている暇はないんだ」

「はいよ。君も貰っておきな」



 そう言って二人にバンは投げるようにリボンを渡す。迷いながらも二人は掴んでギルドに向かう。まず、町に着くと最初の職員と彼の下には説明をした際に一緒に居たブラックキャットが見えた。



「さて、僕はこの猫のリボンを貰おうかな。問題ある?」

「……いえ、ございません」

「だろうね」

「では、皆様で最後の合格者と言う事になります。受付に申してください」

「はいはい」



 ウィルとユージンは三本目のリボンを難なく入手したバンに驚きを隠せなかった。



「どうしたの?」

「あの、リボン二つも取るなんて凄いなって」

「あぁ、昔からブラックキャットとかの特定のモンスターには好かれるんだよね。山脈適当に歩いていたら勝手に寄ってきたんだ」

「えぇ!?」



 けらけら笑いながらバンは先に進んでいった。本当に掴みどころのない人だなとウィルは感じたが彼のおかげで合格できたことに感謝の方が大きかった。


「おい、お前。名前は?」

「えっと、ウィルです」

「そうか」

「君は?」

「俺は名乗る必要はない。いずれ世界にとどろくからな。遅いか速いかの違いだ」

「そ、そうなんだ」



 ユージンが唐突に名を聞いたのに、自分は名乗らないので思わず苦笑いをウィルは浮かべてしまった。そして、ユージンがウィルの剣をじっと見ていることに気付く。


「あ、あの?」

「その剣、どこで手に入れた?」

「え?」


『俺との関係は――』


 勇者の言葉がウィルの頭の中にフラッシュバックした。関係性は絶対にバレてはいけない、言っても行けない。だから、彼は嘘を言った。


「ちゅ、中古の骨董品屋で!」

「そうか、なら偽物を掴まされたな」

「え?」

「大方予想が付く、始まりの剣とでも言われたんだろう? 残念だが俺の持つこの剣が始まりの剣だ」

「えぇぇえぇ!?」



 ウィルはユージンの剣を見て唖然とした。そこには確かに自身の持っている剣と同じ、勇者ダンの『始まりの剣』があったからだ。



「そ、それ何処で手入れたの!?」

「これは……」



『俺との関係性は――』



ユージンの頭の中に勇者ダンの言葉が蘇った。



「中古の骨董品屋で買った。だが、俺のは本物だ。お前のは偽物だ」

「そ、そうなんだ」



(僕は本人から貰っているから偽物のはずないんだけど……多分、中古の骨董品屋で偽物買わされたんだな……この人……。でも本人は本物って信じて疑っていないわけだし、このままにしておいた方が良いよね?)



「偽物と本物くらい違いを見分けられるようにしておけ。この世界は綺麗な物だけではないからな」



 そう言ってユージンもギルドの受付の方に向かって行った。そして、ウィルは本当に色んな人が居るんだなと感じながら、受付に向かう。



 ――ウィル、ユージン、バン、その他十八名、合計二十一人。実技試験突破。





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