太陽・病人・カッター

「はぁっ、はぁっ・・・!」


 太陽が熱くて痛い。何で俺は夏休みだってのに、こんな暑い日の中走っているんだろう。

 空調の利いた室内で存分にゲームをするはずだったのに。アイスも食べながら。


「ほらほらどうしたー! 室内に籠り過ぎてるからそんな事になるんだよー!」


 俺の前を走る筋肉女は、元気よく後ろ向きで走りながら俺を煽る。


「るっせ、え・・・!」


 仕送りを人質にさえ取られてなければ、こんなバカげた事絶対やらねえのに。

 両親は海外に仕事に出ていて、俺は一人日本で暮らしている。

 けれど親の居ない好き勝手な独り暮らし、という夢の生活は存在しなかった。


 俺一人だと絶対に自堕落になるから、という両親の要らない気遣いのせいで。

 そして目の前で俺に走る事を強要しているコイツが、親に頼まれ俺の生活費を握っている。

 因みにこいつは親父の弟の娘、つまり従妹だ。年下だけど俺より色々でかい。


 実際には金は親父の弟に預けてるはずなんだが、何故か従妹の判断で使われる。

 意味が解らない。何故従妹が自由に使えて実の息子の俺が使えないのか。

 まあ両親の考える通り自堕落になるからだろうが。息子の事を良く解ってやがる。


「毎日毎日ゲームばかりしてるからだよ。病人みたいに真っ白じゃない」

「お前みたいな、筋肉女と、一緒にするな・・・!」

「僕そこまでムキムキじゃないもん!」


 何処がだ。バッキバキじゃねえだけで俺より腕も足も太いだろうが。

 太ももなんかビッチピチじゃねえかよ。それで筋肉無いって言うつもりかお前。

 しかも部活とかで付いた筋肉じゃなくて、趣味の筋トレでっつーんだから頭悪い。


 何の為の筋肉なんだよそれ。無駄過ぎるだろ。


「も、もう、良いだろ・・・ほんとに、限界・・・!」

「えぇー、まだ5キロも走ってないよ?」


 ふざけんな! 普段運動してない奴に5キロとかただの拷問なんだよ!


「んー、まあ良いか。じゃあ休憩にしよう」

「た、たす、かった・・・」


 ヘロヘロになりながら足を止め、ぜえぜえと肩で息をする。


「何で、俺が、こんな目に・・・!」

「新しいゲーム欲しいんでしょ?」

「くそっ・・・!」


 従妹の言い分に悪態を吐く事しか出来ない。何せ奴は生活費以外にも握っている物が有る。

 俺のこづかいだ。親父が生活費と一緒に振り込んでいる小遣いも奴の手の中だ。

 だからその小遣いを渡さないと言い出した時、勿論俺は親父に連絡を入れた。


『健康的で良いじゃん。走りな。俺も学生時は良く走ってたし』


 アッサリと従妹の肩を持った親父の返答に絶望し、そして今に至る。

 自分が中学生なのが恨めしい。高校生であればバイトが出来るというのに。

 少なくとも目的もなく延々走らされるよりはバイトの方が有意義だ。


 つーか小遣いと走る時間を考えると、バイトの方が圧倒的に金額高いだろ!


「こっちにベンチ有るから座ろっか」

「はぁ・・・はぁ・・・!」


 足を止めたせいか一気に疲れが襲ってきて、手を引かれる事にも抵抗できない。

 成すがままにされながらベンチに座り、項垂れていると水筒が差し出された。


「水分補給ー。熱いから尚の事取っておかないとねー」


 返事する余裕もなく受け取って、勢いよくスポドリらしき物を飲む。

 汗をかきまくったせいかやけに美味しい。俺あんまりスポドリ系好きじゃないのに。

 体が水分とこの味を欲している感じがする。色々足りてないって訴えてる。


「あっはっは、凄い勢い。ねー、運動すると美味しいでしょ?」

「んっくんっく、ぷはぁ・・・走らずに飲むコーラの方が最高だよ」

「お、憎まれ口叩ける程度には回復したね?」

「お前の何言っても堪えない所嫌い」


 へっへっへと笑う従妹には何を言ってもこの調子で、正直言って苦手意識がある。

 生活費を握られているせいで逆らえないのも有るが、単純にコイツとの対話が苦手だ。


「まあまあ、夏休みで学校が無いからってずっと籠ってるのは本当に体に悪いよ」

「それに関しては一理あるけど俺の勝手だろ」

「ふーん、そういう事言うんだぁ」

「なんだよ。言われた通り走ってんだから言いたい事ぐらい言わせろよ」


 流石に文句まで言わせない、何て言われたら流石に俺も怒る。

 そう思いながら返すと、従妹はニヤッと笑って返してきた。


「そんな事言わないよ。君が運動嫌いなのは解ってるし」

「解ってるなら走らせんなよ・・・」

「残念、また走らせます。オジサンの許可も貰ってるしねー」


 おい初耳だぞ親父。まさか俺が連絡する前から決まってたのかよ。

 最初から逃げ道なんて何処にも無かったんじゃねーか。


「あ、そうだ。その時ついでにオジサンから伝言頼まれてたんだった」

「あん、親父から? なに?」

「父さんのIDでエッチな本買うのは良いけどバレバレだぞって」

「何の伝言頼んでんだあの親父は!」


 履歴消したはずなのに何で!? 他に見る方法が有んの!?

 つーか気が付いてても黙っててくれよ。しかもこいつに伝言頼むか普通!?


「珍しく自分で段ボールの処分してると思ったら、そんな理由があったんだね」

「お前もお前でさらっと話し過ぎじゃねえかな!?」

「いやー、だってさー。普段カッターで細かく刻んで処分とかしないじゃん。何でなのかなーって不思議に思ってたんだよね。納得納得」

「何でお前俺のゴミの状況まで把握してんの!? 怖いわ!」


 いや冗談じゃなく怖い。それは流石にストーカーレベルだと思うぞ。


「失礼な。単純に目についただけじゃん。そもそも私に隠れてコソコソやってたから余計に気になっただけだし。それにまあ男の子ってそういう物なんでしょ?」

「うわぁ・・・理解を示されたくない相手にされた・・・」

「ほらほら、そんな事どうでも良いから、そろそろ休憩終わり。帰るよ」

「はぁ・・・はいはい。この辺りバス停とかあったっけ」

「何言ってんの? 走るよ?」

「え、やだ」

「お小遣い」

「解ったよ! 走りますよ!」


 あーくそ、早く高校生になりてえ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る