三題噺「ポケット・魔法使い・レモネード」
森の奥には魔女が住んでいる。そんな童話を見た事がある人も多いんじゃないだろうか。
童話でなくても何かの物語の本や、劇なんかでも良くある設定だと思う。
私の住む村にはそんな魔女が出そうな森の奥の小屋が実際にある。
「おばーちゃーん、いるー?」
「おや、いらっしゃい。今日もお使いかい。偉いねぇ」
「もう、何時までも小さい子扱いしないでよ」
「おやおや、ゴメンねぇ。うふふ」
ただ住んでるのは何時も優しい笑顔のおばあちゃんで、魔女処かただの薬屋さんだ。
森や山の中には薬草が多くて便利だからって、一人で辺鄙な所に住んでいる。
本当に普通のおばあちゃんで・・・実はちょっとがっかりした事もあった。
だって私がお使いにも行けないぐらい小さい頃、両親に何度か脅かされた事がある。
森に子供達だけで入ると、悪い魔法使いに浚われてしまうぞって。
けど腕白だった私はその話を聞いて、魔法使いを懲らしめてやると飛び出した。
両親としては子供が迷子にならない為の脅しだったのだろうけど、私には逆効果だった。
そうして森の奥へ奥へと進んで見つけたのが、薬屋のお婆ちゃんの家だ。
その辺で拾った木の棒を構える私に対し、お婆ちゃんはポケットから飴を取り出した。
『迷子かい? こんな森の奥まで来て不安だったろう。飴でも御舐め。安心するよぉ』
ニコニコしているお婆ちゃんに毒気を抜かれ、飴を舐めた後にレモネードまで貰った。
その後森を出て家まで送って貰い、両親には大目玉を食らう結果になったけれど。
そして暫くお婆ちゃんと会う事は無く、大きくなったある日母に頼まれた。
『森の奥の薬屋さんのこと覚えてる? あそこまでお使いに行ってくれないかしら』
若干記憶が薄れていたけれど、でも御婆ちゃんの優しい雰囲気は何となく覚えていた。
母のお願いに応えて何となく掠れた気を苦を頼りに歩き、久しぶりに盛りの奥の家へ。
改めてみると雰囲気だけはある小屋に、以前と変わらぬお婆ちゃんが住んでいた。
そして昔と同じ様に飴とレモネードを振舞って貰い、驚く事にお婆ちゃんは私を覚えていた。
『ふふっ、あの時もそんな風に美味しそうに飴を舐めてたねぇ』
何て言われてしまい、記憶にない事にちょこっとだけ恥ずかしくなったっけ。
でも御婆ちゃんの飴はとてもおいしくて、レモネードもお店で出せそうな味だ。
けどそっちは趣味でしか作らない。趣味だから作れるものと言っていた。
最早これが楽しみで来ている私にとっては、もったいないなーと思う話だ。
「お父さんの具合はどうかい?」
「あ、最近だいぶ良くなったみたい。お婆ちゃんの薬のおかげだね」
「私は大した事はしてないさ。ただちょっと人の体の手助けをしてるだけだよ」
ニコニコと笑って告げるお婆ちゃんに、私も嬉しくなってしまう。
お婆ちゃんのおかげで元気になったお父さんに聞かせてもきっと喜ぶだろう。
「お婆ちゃんは変わらないね」
「そうかい?」
「うん、初めて会った時と同じまま」
「まああの時からババァだからねぇ」
確かにあの時からお婆ちゃんだったから、余計に変化を感じないのかも。
この小屋の中は時が止まっているかのようで、ゆったりと時間が流れている気がする。
まるでそういう魔法を使っているみたいだ。じゃあやっぱりお婆ちゃんは魔女かな。
「ふふっ」
「おや、何か楽しい事でも思い出したのかい?」
「うん。お婆ちゃんはやっぱり魔女だったんだって思って」
「・・・おや、気が付いてしまったのかい」
「・・・え?」
何だろう。急に部屋の空気が変わった気がした。
お婆ちゃんは笑顔なのに、その笑顔に優し雰囲気を感じない。
なぜ突然。一体何が。何かおかしい。けど何がおかしいのか解らない。
「・・・ふむう。記憶の改竄は上手く行っていたはずなんだがねぇ。何がいけなかったのか。ちょどいい実験体が紛れ込んだと思ったんじゃが・・・しっぱした様だねぇ」
「お、お婆ちゃん、何を、言ってるの?」
訳も解らず手がカタカタと震える。お婆ちゃんの言う事を頭が理解するのを拒否している。
そんな私を目の奥が笑ってない表情で見つめ、ゆっくりと手を伸ばしてきた。
「なーんてね。ふふっ、びっくりしたかい?」
そして優しく頭を撫でられて、優しい声音が耳に届く。
無意識のうちに瞑っていたらしい目を開くと、そこにはいつもの優しい笑顔が。
「っ・・・もう、もうもうもう! おばあちゃんの意地悪! 本当にびっくりしたじゃない!」
「ふふっ、これは揶揄い過ぎたね。お詫びにお代わりを入れて来るから許しておくれよ」
「もー・・・飴もちょ-だい」
「おやおや欲張りさんだね。ふふっ、まあ良いかね。持っておいき」
お婆ちゃんは「仕方ない子だねぇ」と言わんばかりの様子だけど、本気で驚いたんだから!
飴とレモネードで許してあげるんだから、そんな顔をしないで欲しい。
「私も『魔女』なんて言われてちょっとショックだったからねぇ。揶揄うぐらい許しておくれ」
「うっ・・・そういわれると・・・ごめんなさい」
「ふふっ、いいよ。はい、レモネードのお代わり」
「ありがとう、お婆ちゃん」
確かに言われてみれば、魔女、何て呼ぶのは失礼だったかもしれない。
魔法使いなら兎も角、魔女だと何だか良い印象は薄い。
揶揄われた時は怒ってしまったけど、今はそれが罪悪感だ。
「さて、そろそろ今日は帰った方が良いね。もう日も落ちる」
「うん、さよならお婆ちゃん」
「はい、さようなら。気を付けてお帰り」
笑顔で手を振って見送ってくれるお婆ちゃんに手を振り返し、帰路へと就く。
そうして森を抜けたら家に帰り、母に声をかけた。
「・・・ただいま、お母さん」
「あ、お帰りなさい。きょ、今日はどこに行っていたの?」
「・・・別に、その辺、ふらふらしてただけ」
「そ、そう・・・無事なら、良いの、よ」
変なお母さん。私が無事じゃないはずがないのに。
お婆ちゃんの所に行ってただけなんだから。
あれ、お婆ちゃんって、誰だっけ。
・・・わたし、何を・・・良いか、私はまた、森に行けば・・・森?
良く解らないけど、森に行けば、きっと私は、楽しい、はず。
「ちょっと薬の加減を間違えたかと思ったが、そうでもなかったね。まあこの調子で色々と実験を続けさせて貰おうか。あの子が森に来なくなったら・・・その時は逃げるかね。ひっひ」
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