えっ?アタシそろそろ疲れたんだけど?

第44話 ベルンと蛇と冠と鎚 中編

「ありがとうハロルド。もう大丈夫ですわ」


「ル…ミネ……ま」


 ハロルドに抱きかかえられたまま近くの建物の中で安静にしていたルミネは、立ち上がるとハロルドに優しく言の葉を紡いだ。


 ルミネが紡いだ言葉を受け取ったハロルドは、そのまま意識を失い頭を垂れたまま深く眠りに落ちていった。

 ルミネはハロルドの寝顔を横目で一度だけ見ると、気丈な威勢フリを保ちつつ王城に向かって行く。



「わたくしは行って参りますわ。もう一度、御子様の元へ」




 ルミネが玉座の間に着くと、そこには魔王ディグラスを始め、全ての主要な魔王派閥の貴族達が集結していた。



「それでは、皆様ご案内致します」


「頼んだぞ、ルミネ」


 ルミネは陣形を描き扉を開いていく。そして、玉座の間にいた全ての者が北の辺境伯の領地に向かった。



 だがルミネは知らなかった。ルミネが到着するちょっと前まで魔王ディグラスに拠って、集まった貴族達は事を。

 然しながらこれは余談である。




 少女は「ロキ」が崩壊した場所から現れた光の結晶を追い掛けていた。

 ブーツの持つ最高速度で空を駆けて追い掛けたものの、光の結晶の速さがそれ以上だった為に全く追い付けそうに無かった。


 少女は早過ぎる光の結晶に対して諦め掛け、見失ってもいいようにバイザーで追跡を試みてはいた。だが光の結晶はバイザーには事から視界に入れたまま追い掛け続けるしかなかった。



「アイツ、一体どこに向かっているの?こっちの方角だとなのは北の辺境伯の城くらいかしら?」

「誰もいない城に何かあるって言うの?」


 少女はずっと追い掛け続け、気付いた時には北の辺境伯の領地近くまで到達していた。そして光の結晶は少女の予感通りに辺境伯の城の中に入っていった。


 少女はそれ光の結晶の行き先を見届けると、急ぎその後を追い掛けていく。




 辺境伯の城の中には上空から探索した時同様に誰の気配も無い。再度バイザーで確認しても生きている者は誰一人として発見出来ない。

 尚且つバイザーが反応を示さない光の結晶は建物の中に入られてしまうと、どこに行ったのかさっぱり分からなかった。


 少女は光の結晶を追い掛けて城内に入ったものの、明らかに迷子になっていた。それは初めて降り立った城の構造など知っているハズもないからだ。



 だが突如としてバイザーに光点が現れていく。

 現れた光点は1つだけだったが、その光点は強く輝いていた。


 少女は嫌な予感にさいなまれながらも、床を蹴るとその光点に向けて駆けていく。




「あ゛ぁ゛?何だぁテメェは?」


「えっ!?あっ」


 少女が光点の元に辿り着いた時見知らぬ1人の男がいた。髪の色は碧く肩に掛かる程だがボサボサだった。

 褐色の肉体は筋骨隆々としており、その肉体を見せびらかすように装備は腰布1枚だけという裸族がそこにいた。



 その男は急に部屋の中に入って来た少女を訝しみつつも、一言だけ発すると虚空から大きなつちを取り出していく。

 その光景を見た途端に少女は直ぐにでも帰りたくなった。

 連戦に次ぐ連戦で流石にもう疲労困憊こんぱいだったからだ。



「アナタは「ロキ」…じゃないの?」

「まぁ、見た目は全く別人に見えるけど……」


 少女は流石に目の前にいる男が「ロキ」ではないのが分かっていたのだが、光の結晶を追い掛けた先にいたこの男に対して、少女はそれを聞く以外の選択肢を持てないでいた。


「あ゛ぁ゛?「ロキ」だぁ?そんなヤツは知らねぇなッ!我様オレサマの名はフヴェズルングってんだ!」


「フヴェ…ズルン…グ…はぁぁぁぁ」


「あ゛あ゛?人の名前聞いといて溜め息なんざついてんじゃねぇ!」


 その名を聞いた少女は本気で立ち去りたくなっていた。

 何故ならば「フヴェズルング」のその名は少女が知り得る限り、「なのだから。



 結果、少女は今までの疲れを振り払う様に愛剣を構えると相手の出方を窺っていく。



「あ゛ぁ゛?テメェる気か?」


「出来ればり合いたくは無いんだけど、そう言ったら見逃して貰えるのかしら?」


「あ゛ぁ゛?それじゃあ、しゃーねぇな。る気のないヤツとっても楽しかねーからなッ!」


「へぇ?それって本心?」


 2人の会話。それは腹の探り合いにも見えるが少女の現状を鑑みれば時間稼ぎと取れなくもない。

 フヴェズルングはぶっきらぼうに言葉を投げながらも、その瞳は獲物を狩る直前の獅子の様に少女を睨み付けている。フヴェズルングはその大きな口の端を不敵に上げ、更に言葉を続けていった。



「あ゛ぁ゛ッ!なーんて、そんな事を言うわきゃねーだろ!この我様オレサマを2回も殺しやがって!今度こそテメェの番だ!脳ミソとハラワタをぶち撒けてやんぜぇッ!!」


「はあぁぁぁぁぁ」


 フヴェズルングが投げ放ったその言の葉に対して少女は「回りくどい!るならるで最初からそう言えよッ!」と心の中でツッコミを激しく入れていたが、それは余談と言えば余談過ぎるだろう。




キンガキン ギギギ ギキンッ


「くっ。なんていう速さなの」 / 「あ゛あ゛ぁッ!死ねッ死ねッ死ねやぁッ!」


 フヴェズルング対少女のつち大剣グレートソードによる撃ち合いが続いていた。

 超重量級の得物えものである鎚に対して、本来であれば重量級と言える少女の大剣グレートソードが激しくぶつかり合い火花を散らしていく。


 少女が現状でフヴェズルングに対して有効打を与えられる武器は、魔弾を使い切っていることも相俟って愛剣だけだ。

 数個しか残っていない精霊石では火力が伴わないし、マナを編む時間がならば他にも手はあろうが、それは皆無だろう。

 無詠唱オドのみで出来る魔術程度では削りになるかも怪しいところだ。



 対するフヴェズルングは超重量級の武器を軽々と扱っている。鎚を振る速さもその返しの速さも少女の剣速と変わらずか、それ以上と言える。


 拠って完全な近接戦闘ショートレンジに少女は苦戦を強いられていた。



 少女は先の戦闘に於いて使ったベルゼブブの魔石を戦闘終了後にデバイスに戻していた。

 それと同時に魔族デモニア化は解けたが、オドは失われずにその身に残っている。


 然しながら力関係が拮抗きっこうしているこの状況下では、魔術を詠唱している時間はやはりと改めて理解させられていた。

 故に純粋に武技だけでフヴェズルングを圧倒出来なければと戦況が告げていた。



「あ゛ぁ゛ッ!テメェなかなかやるじゃねぇかッ。この我様オレサマとここまで撃ち合えるヤツは滅多にいねぇぜッ!」

「でもま、起きたてのウォーミングアップには丁度良かったな」


 フヴェズルングは先程までと口調を変えると口角を上げ、力を溜めている様子で腰を少しだけ下げた。そして、先程までの撃ち合いとは遥かに速い速度で少女に向かって鎚を振り下ろしていった。



 少女はかろうじてフヴェズルングの打撃を躱す事が出来た。、少女が躱した事でその打撃は部屋の床へと刺さっていた。


 その一撃の破壊力は2人が闘っていた部屋の床を崩落させ、2人は階下へと強制的に落下させられていく。

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