えっ?アタシ王都のコトは構えないわよ?

第32話 闖入者と謎と精霊石と魔弾 前編

しゅわんッ


バタバタッ / たったったっ


ばんッ


「魔王陛下ぁッ!」


 勢い良くドアが開いた。ノックもなかった。それもこの国の王である、魔王ディグラスの自室でだ。

 不敬極まりなく無礼にも程があるこの行為を行ったのは、ルミネであり横にはハロルドの姿もあった。


 一方でその魔王ディグラスはリヴィエからの報告を自室で受けており、その矢先の出来事だった。



かちゃッ


「貴様ら!魔王陛下の部屋にノックもせず無断で入るとは無礼であろう!」


すらッ


「そこに直れッ!斬り捨ててくれるッ!」


 リヴィエは突然の闖入者に怒声を張り上げ腰から三日月刀シャムシールを抜いた。その切っ先は当然の事ながら入って来た闖入者に向けられている。



「これは、リヴァイアタン様、大変申し訳ございません」

「ですが、緊急事態なのですッ!」


「リヴィエよい。刀をしまえ」


「はっ」


「はぁ。全く我が娘といいルミネといい、最近はドアをノックもせずにわたしの部屋に入って来るのが流行りなのか?」

「なぁ?」


 魔王ディグラスはリヴィエの方を何やらモノ言いたげな顔で見ている。その視線を感じたリヴィエは魔王ディグラスから目を逸らし、上を向いて口笛を吹いている様なそれっポイ仕草をしていた。



「ところでルミネよ?そなた達は北の辺境伯の元に向かったと記憶しておるが?調査は終わったのか?それに緊急事態とは何事か……」

「はっ!?娘の姿が…無い?!」


がたッ


「一体何が…起きた?」


 魔王ディグラスの口から発せられる声は重い。その口調からはいつもの「優しさ」は消えていた。


 魔王ディグラスからの問いに対して、何も知らないリヴィエは言葉を発する事なく、真剣な面持おももちでルミネ達を見ていた。



「フェンリスウールヴが現れまして御座います。そして、御子様は単身で闘いにおもむかれました」

「わたくし達は、わたくし達は、御子様を死地に……うっうっ」


「なん…だと?お前達ッ!御子様を残しておめおめと逃げて来たと言うのかッ!!」


「はぁ。最悪の事態になったな」


 話しは2人がやって来る少し前に遡る。



-・-・-・-・-・-・-



ドタドタドタドタッ


「魔王陛下ぁああぁ!」


バんッ


「魔王陛下ッ!」


「一体何事だ、リヴィエ。緊急事態か?」


 魔王ディグラスは自室にて政務を執り行っていた。しかしペンを奔らせる音しか響いていなかったその部屋の静寂はいとも容易く破られる事になった。だが魔王ディグラスは突如として部屋に入って来たリヴィエに対して取り乱す事なく冷静に応じていた。

 一方でその言葉が持つ表情は不躾な訪問者に対して様にも感じられた。



「陛下の御子様はに?」


「ん?昨日、北の辺境伯の所に向かったハズだが、娘に何か用があったのか?」


「くそッ!遅かったかッ」


「どうした?お前らしくもない。何があったか申してみよ」


 リヴィエは「ガクっ」と床に膝を付いた。その表情には苦悶くもんや後悔といった様相が浮かんでいる様にも覗えた。

 魔王ディグラスはそんなリヴィエの姿から、その表情に動揺の色を浮かべ始めていた。



「北の辺境伯からの積荷に混じっていた魔石の解析が終わり、その魔石が神族ガディアのモノである事が解明されました」


「フェンリスウールヴか?」


「申し上げにくいのですが、その可能性がある…と」



 フェンリスウールヴは北の辺境伯の領地の更に北。かの狼が魔界に堕とされた時にに封印されていた。

 北の辺境伯は当然その事を知っていた。だからその事も相俟あいまって、この国は北の辺境伯との間に戦端を開くワケにはいかなかったのだった。



「だが、それでは解せん。かの狼は封印された筈だ。そして、封印されたのであれば魔石にはならぬであろう?何故、その魔石にフェンリスウールヴの力がある?」

「しかも数が32個もあるのだろう?お前は実際にその目で32匹のフェンリスウールヴを見たのか?」


 魔石とは魂が結晶化した石の事を指す。アストラル体が滅ぼされると魂は結晶化する。

 結晶化した魂は長い年月を掛けて身体を再構築し、再構築が終わると魂は魔石から状態変化し再び受肉を果たす。


 一方で魔石化した後で核が寿命を迎えて崩壊すれば受肉を果たさず消滅する。



 しかし狼は8人の英雄と戦いその身を「封印」されたのだ。決して狼は「滅ぼされた」ワケではない。


 因って、魔石になり得る理由が全く無い。更にその数は異常過ぎるにも程がある。

 例えそれがフェンリスウールヴの魔石であったとしても、1つの魔石をそこまで細分化すれば、核が崩壊し兼ねないからだ。



「そ、そこまでは解りかねます」

「ですが、あの時は確かにフェンリスウールヴは1匹しかおらず、先代の陛下と力を合わせて封印したのは間違い御座いません」

「ですが、陛下ッ!かの狼が関与しているなら危険過ぎます!北の辺境伯の領地に向かった御子様をお戻しになられた方が……」


ガリッ


「それは…出来ぬ」


 魔王ディグラスは苦虫を噛み潰した様な表情をしていた。その返答に対してリヴィエは驚くばかりだ。


「娘の事が大切だと思わないのか?」

 そんなコトが言えるハズもなく、オブラートに包みまくった表現に押し留めた。



「何故で御座いますか?」


「それは、彼奴きゃつめがハンターだからだ。依頼クエストを受けたハンターは依頼クエスト完結コンプリートするまで戻る事は出来ぬ。完結コンプリートせずに戻れば失敗に終わる。そうなれば最悪の場合その証たるライセンスを失う事にもなり兼ねん」


「……は?そんな事で?」


「ハンターとはそういう生き物なのだ」


 そこに突如として現れたのが北に向かったハズのルミネ達だった。




「はぁ、最悪の事態になったな」


「残りの貴族達を急ぎ召集しますか?」


「うむ、そうだな。リヴィエ、頼まれてくれるか?」


「ははっ。仰せのままに」


 ハロルドは少女が言った通りに事が運んでいく様子を目の当たりにして、呑気にも「凄い!流石師匠だ!」と心の中で少女に対して大絶賛の賛辞を贈っていた。


 だがハロルド1人じゃ「相手に出来ない相手」のくだりは、失念していた。



 その一方でルミネは焦燥感しょうそうかんに駆られていた。

 「今すぐにでも、少女の元に駆けつけたい」と。

 「少女を守るべく仲間を連れて、今すぐにでも」と。然しながらその願いはむなしく散ることになる。

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