第30話 ノックと辺境伯と銀狼と虹色の円環 後編その壱

しゅわぁんッ


 サークル魔術陣が静かな音を立てて現れていく。サークル魔術陣が現れた場所は北の辺境伯領の西端にある小高い山の上。


 だが、現れたサークル魔術陣からは何も出て来る事なく光の余韻だけを残して何事も無かったかの様に消えていった。



「ふぅ。敵の拠点に直接乗り込むのはやっぱり緊張するわね」

「でもアイツらはいなかったようね?まぁ、何事も準備をしておいて損はないわ」

「それじゃあ、ちゃっちゃと向かいますかッ」


 少女は1人で空を駆けていた。だがしかしその姿は誰にも見えていない。

 更には空を駆けている時に発せられるブーツの音でさえ誰の耳にも届かない。



 少女はルミネに不可視化インビジブルの魔術を掛けてもらいサークル魔術陣を展開すると北の辺境伯領へと転移した。

 その場所でブーツに火をともすと空へと舞い上がり、そこから更に北を目指していった。


 何故北なのか?それはさっきのフェンリルが銀髪の男を背に北に向かったからである。



 銀髪の男は去り際に「まだやる事がある」と呟いていた。その「やる事」をと、少女の心は叫びながら警鐘を鳴らしていた。

 だから急ぎ北に向かっている。少女はデバイスを索敵モードにして索敵半径を最大にまで引き伸ばしていった。



 暫くの間少女が北に向けて全速力で空を駆けていくと、遥か彼方に索敵に引っかかった「何か」がいた。



不可視化インビジブルの効果はあと保って10分強ってところかしら?今、この状況で不可視化インビジブルが切れたら一発で敵の索敵にかかってアウトでしょうね。アタシが考えた作戦ながらギリギリだわ」



-・-・-・-・-・-・-



「いいかしら?アタシが今から話す提案以上のものがあるなら言って。でも、無いならそれに従ってちょうだい」


「えっ!?」 / 「なっ?!」


「アタシが今から行う作戦に、ルミネとハロルドの2人は同行させない。その代わり、手伝って欲しい事があるの」


がたッ


「そんなッ!!」


「先ず、ルミネはアタシに不可視化インビジブルをかけて貰えるかしら?そうしたら、2人は父様の元へ行って欲しいの」

「2人が父様の所に行ったら、ここで起きている事の現状を全て父様に話して欲しい」


「陛下…に?」


「現状を伝えれば、父様は動かざるを得ないからスグに動いてくれるハズよ。でも、敵の狙いが王都の可能性も捨て切れないし、邪魔が入るかもしれない。だから、その時はそれの相手をハロルドにお願いするわね?でも、きっと1人じゃ無理だと思うけど、そこは頑張ってね♪」


「はい?」


 少女は有無を言わす事無くハロルドに対してウインクをした。少女が紡いだ言葉を聞いたハロルドの顔には、少女が放った不穏な表現に因って絶望が浮かんでいった。



「父様が動いて人が集まったら、ルミネは北の辺境伯のさっきの山に皆を案内してあげて」


「で、でも……」


「たぶんだけど、そこで決着が付く事になると思う」


「どこまで先を読んでいるんです…の?」


 ルミネはその提案をくつがえすだけの策を自分の頭の中に描けず、作戦を引き出せなかった。でもそれでは、その策では「友を1人で死地に追いやる様なものだ」とも考えていた。

 だから止めたかった。でも、出来なかった。


 余談ながらハロルドは最初から策が頭の中には無く、言われた通りにやるしかないと考えるのが精一杯だった。




 ルミネのオッドアイは両眼共に魔眼である。左右それぞれに違う魔眼を持って産まれた稀有レアな存在であると言える。


 魔族デモニアは得てして魔眼を持って産まれて来る者が多い。それは魔族デモニア魔術の体現化マギア・ファンタズマの影響に因るところが大きい。

 しかし、いかなる魔眼を持って生まれ落ちるかは誰にも分からず、「親が強力な魔眼を持っているから子供も」という遺伝的な因果関係は一切無い。

 そして逆もまたしかりだ。



 そんな魔族デモニア達の中でルミネの持つ魔眼は左右共に稀有レアで尚且つ強力な魔眼だった。両眼共に魔眼である事自体が稀有レアでありながら、その両眼共に稀有レアな魔眼なのだ。


 その為にアスモデウスは恐れた。この稀有レアな魔眼のせいで娘がその魔眼を悪用しようとする輩の手に掛かる事を。

 だからこそアスモデウスの手に因って片方は封印された。


 片方だけなら稀有レアな魔眼持ちというだけで済みリスクが減る。ルミネの魔眼は両眼共に揃う事で真価をあらわすタイプだった。



 封印されずに残した魔眼。「未来視の魔眼」

 未来とは「「人の行動によって限りなく枝分かれをしていく大樹のようなモノ」であり、その中の「どれかの枝」を意図せず掴む事で確定させたモノ」と定義出来るだろう。


 然しながら「どの枝を掴んだ時に何が起こるのか?」は誰しもが分かり得ない事象だ。それを分かる様に出来るのが「未来視の魔眼」だった。


 だが一方でこの魔眼は言わば「視る」と言える。「視た」所でどうやっても掴めない枝は掴む事が出来無いのが当然と言える。

 結末を知っているという事はやり方に拠っては対処が出来るという事にも繋がるが、どうにもならない事は100%


 そして、ルミネは「視て」しまった。この決着の瞬間を。

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