第4話 姉想いの弟


 姉ふたりを置いて、キャロルは食堂と呼ばれる平べったい建物の屋根にいた。無論、人間から姿を補足されないよう、自身に術をかけている。

 そもそもどうして大学という場所で相手探しをしているかというと、アリアが「賢い人のほうが好み」などとのたまったからだ。人間など、淫魔にとってはたかが食料。性的行為など、ただの食事行為に過ぎない。この食堂という場所で人間が日常的に食事をするのと何ら変わりがない。

 その食料相手に賢さも何もないだろうとキャロルはアリアに忠言したことがあった。しかしアリアは聞く耳を持たず、とにかく賢い人、年齢は同じくらいがいいわ、と言い張り、頑として主張を曲げなかったのだ。だから、それなりに賢さの担保された場所で、アリアと同じくらいの年齢の人間が集まっているだろうと考えられる、大学という場所で捜索活動に勤しんでいるのだ。

 どうしてくれよう、あの変わり者の姉。

 キャロルは人間を適当に観察しながら、何度目か知れない溜息をついた。

 だいたい、責任の一端は長女セレナにもある、とキャロルは長女のほうにも苛立ちと呆れを募らせる。一度、次女アリアの偏食ぶりについてセレナと話し合ったことがあった。キャロルは、「腹が空いて極限状態になれば、アリアも選り好みせずに適当な人間を選んで行為に及ぶのではないか」と提案したことがある。この提案には、だからセレナはアリアを甘やかすのをやめろ、というのを暗に含んでいる。

 アリアは腹が減ったとき、人間をちょっと脅かすことによって精気を摂取し、何とか食いつないでいる。しかし恐怖や仰天によって得られる精気などたかが知れていて、性的接触で得られるそれとははるかに及ばない。

 やがて立ち行かなくなったとき、アリアは決まって姉を呼び出し、「お姉ちゃん、このかわいそうな妹を助けてえ」と甘えた声で食料をねだるのだ。そうすると、妹に甘いセレナは自分の摂取した潤沢な精気を惜しみなく分け与える。そしてアリアは腹を満たし、ファーストバイトの相手を探しては決め切らず、腹を空かせ、姉を呼び……。この繰り返しだ。

 だから、キャロルはセレナに面と向かって、助けを呼ばれても無視するのがよい、と遠回しに言ったのだ。しかし、そんな弟の思惟を知ってか知らずか、セレナはこの提案を

「それは駄目よ。お腹を空かせたらかわいそうでしょう」

 と一蹴したのだった。甘すぎる。この一言に尽きた。



 そして、その時は唐突にやって来た。


「キャロルーッ!!」


 キャロルが(半ば諦めながら)ぼうっと人間たちの往来に目を向けていると、突如、前方から猛烈な勢いでアリアが空を駆けてきたのだ。


「キャロル、キャロル! ねえ、来て! お姉ちゃんも! どこ!? お姉ちゃん!」


 けたたましい声で名を連呼してくる姉に、落ち着けと声をかける隙間もない。半ば激突する勢いで、キャロルはアリアに両肩をぐわしと掴まれる。そして、極度に興奮した様子でがくがくと弟の華奢な身体を揺さぶった。


「キャロル、ねえ、キャロル! お姉ちゃんも、早く来て!」

「なに、姉さん、落ち着けよ! ちょっと! おい!」


 揺さぶられながらも、アリアの顔には喜色がいっぱいに浮かべられていて、キャロルは、もしかして、と感づいた。遅れて、セレナもやってくる。あの後、結局別行動をしていたらしい。


「アリア、どうしたの。何があったの?」

「二人とも聞いて! いた! いたのよ!」


 ついにか、とキャロルは感動すら覚えた。この表情を見るに、妥協した、というわけでもないらしい。


「ついに、見つけたのよ! 私の、運命の相手……!」


 アリアの口角は緩みっぱなしで、今までにないほど浮かれ切っている。何が運命だ、といつものように毒づいてやってもよかったが、姉の上機嫌な様子に、意地悪をする気分でもなくなってくる。

 セレナもまた察したのだろう。大きな瞳を輝かせ、まあ、と驚いている。


「とりあえずついて来て! 見失いたくない!」

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