第23話 シャナラさまを守るんだ。

「『え』じゃない。話を聞いていなかったのか? お前はずっと寵妃さまのおそばにいて、お心を掴むようにしろ。僕はそう言ったよな?」


 確かに「シャナラの一番の侍女として、ずっと仕える」その部分だけは、ルルタの望みとレイの目論見は一致している。

 

(レイさまと結婚すれば……シャナラさまのお側にいられる?)


 結婚してしまえば、母親からの「結婚しろ」という手紙に悩まされずに済む。

 何より……そうなれば何の憂いもなくシャナラのそばにいられる。この先ずっと。


(で、でも、だからってレイさまと結婚だなんて……よりにもよってレイさま、かあ……せめてもう少し……何ていうか……もう少し、なあ)


 レイは、ルルタが漠然と夢想していた、結婚相手とは真反対の人間だ。

 結婚というよりは、昔よく読んだおとぎ話に出てくる意地悪で強欲な魔女にさらわれるような気持ちになる。何かやらかすたびに嫌味と小言を浴びせられ、心労の余り痩せ細ると「太れ」と言われて無理やり口に肉を詰め込まれる。

 そんな未来の予想図が浮かんできて、ルルタはふるふると身震いした。

 仮にレイが結婚相手として理想的な人柄だとしても、クランスカ家のような名門に嫁いでうまくやっていけるとはとても思えない。


(でも……)


 自分がクランスカ家の一員として頑張れば、シャナラに静かな生活を送らせることができる。故郷に帰ることもできるのではないか。

 何より、あのラガルドを追い払う力を手に入れることができる。

 ルルタの脳裏に、出会ったばかりのころのシャナラの横顔が浮かぶ。

 あのころのシャナラは、魂が抜け出たかのような寂しげな表情をしていた。いつもここではないどこか遠くを見ていた。その姿を見ているだけで胸が詰まり、何故か泣きたいような気持ちになった。

 二度と、シャナラにあんな顔をさせたくない。

 否、させない。

 自分がシャナラを守るのだ。

 ルルタはシャナラによって結われた編み紐に触れ、顔を上げた。


「レイさま」

「何だ」


 また、意味がわからない頓珍漢なことを言い出すのではないか。

 そう露骨に疑うような眼差しをしているレイに向かって、ルルタは身を乗り出した。


「そのお話をお受けすれば、私はずっと寵妃さまのおそばにいられますか? 寵妃さまがもし後宮を出られて故郷に帰られても、私がおばあさんになっても」

「そんなことは好きにしたらいいだろ」

「本当ですか?」


 ルルタはゴクリと唾を飲み込み、決意を込めて言った。


「それならお受けします」


 たじろいだように身を引いているレイの前で、ルルタは両方の拳を握り締めた。


「私、いびられても負けません。寵妃さまのおそばにいるためなら、それくらいいくらでも耐えられます」

「いびる? 寵妃さまが?」

「毎日毎日嫌味やお小言を言われたって平気です。喜んで痩せ細ってお肉を食べます」

「嫌味や小言も言うのか。ずいぶん陰湿な……あっ、いや、気難しいかたなんだな」


 レイは励ますように、ルルタに言う。


「寵妃さまに仕えるのも苦労が多いようだが、これもお前の未来の夫たる僕のためだ。耐え忍ぶんだぞ」


 そのあともレイは何か訓戒めいたことやこれから先のことをくどくど話したが、ルルタの耳にはほとんど入ってこなかった。

 これで、これから先ずっとシャナラのそばにいられる。

 シャナラを縛り苦しめるものから守って生きていく。

 ただその決意と喜びだけが、胸に溢れていた。


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