第35話 あなたの気持ちがわからない

「侍女は確かにあるじの命令に従うべきだと思う。でもさ……いい侍女って言うのは、主が本当は何を考えているかってことを考えるものなんじゃないかな。侍女は主の言葉じゃなくて、心に寄り添うものだって思うんだ」


 ユンカは、自分のことを見つめるルルタの背中に手を当てた。


「私は侍女のみんなで協力してルルタを寵妃さまのところに行かせたいんだ。だって、これは私たちみんなの問題でもあるんだもの。『侍女』がどんなものでどうやって主に仕えるのか。主にとってどういう存在になりたいのか。ルルタがその気持ちを、侍女を代表してあるじである寵妃に届けて欲しいんだ」

「おいおい、いい加減にしろ。そんな訳のわからない話を混ぜこむな。失敗するわけにはいかないんだぞ。『侍女としてあるべき姿』を語り合いたいなら別の時にやってくれ」

「レイさま、ちょっと黙っていて下さい」


 わめきたてるレイのことをキラが制する。

 ルルタの顔を覗き込んでいたユンカの表情がふと曇る。


「そう思っているけれど……ただ、凄く危険なことだよね。見つかったら、どうなるかわからないし」

「そうね、最後はルルタに大きな負担を負ってもらうことになるし」


 二人は思い惑うように、ルルタのことをジッと見つめる。

 ルルタの願いを叶えたいという気持ちとその身を案じる気持ち。

 ユンカとキラが相反する二つの気持ちのあいだで揺れ動き、どうすればいいか悩んでいることが痛いほど伝わってくる。


(侍女は主の言葉じゃなくて、心に寄り添うものだって思うんだ)


 ルルタの心に、ユンカの言葉が蘇る。

 主に信頼され、どんな時もその心に寄り添い支えることができる。

 ルルタが夢見た「侍女」はそういう存在だった。

 だから知りたかった。

 冷たく閉ざされたシャナラの心の奥に何があるのか。

 シャナラと心が通じ合い、その思いは一時かなったかに見えた。

 だが今は、ルルタにはシャナラの気持ちがわからなくなっている。

 シャナラの側にいることができない、今の状況こそがシャナラの本心なのではないか。

 それ以上の「知るべき何か」がシャナラの心の中にあるなど、自分の願望に過ぎないのではないか。

 

(お部屋に忍び込んでまで会いに行くなんて……シャナラさまを困らせるだけかも……)

 

 下手をすれば、シャナラの立場を悪くしてしまいかねない。

 心の中に浮かんだ、はにかんだようなシャナラの笑顔に向かってルルタは呟いた。


(シャナラさま、わからないんです、あなたの気持ちが……)


 鋭い舌打ちの音が響き、ルルタの夢想は断ちきられた。


「ったく、何なんだ、お前は」


 レイは苛立ちを露に寝台に腰掛けているルルタの前に立ち、鼻先にぶ厚い書状を突きつけた。


「読め」

「え?」

「いいから、読め」


 ルルタは言われるままに、差し出された書状を受け取る。

 レイは仏頂面のままため息をついた。


「保証書を本人に読ませるなんて聞いたこともないが、仕方ない」

「保証書……?」

「寵妃さまがお前のために書いて下さったものだ」


 ルルタは開いた書状の上に視線を落とした。

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