冷たい妃と元気な侍女 ~私が仕えたお妃さまにはとんでもない秘密がありました!~

苦虫うさる

第1話 笑わない寵妃さま

1.


「寵妃さま、珍しい花茶が献上されました。お召し上がりになりますか?」

「いい」

「寵妃さま、寒くはございませんか? 羽織ものをお持ちしましょうか?」

「いらぬ」

「寵妃さま、今日は一日陽気が良いようです。外においでになりますか。庭の花が見事に咲いておりますよ」


 緊張した面持ちで返事を待つルルタの前で、あるじである寵妃シャナラは無言のまま窓の外に目をやる。

「構うな」という内心が嫌でも伝わってきて、ルルタは肩を落とす。

 シャナラは意に染まないことをされても、叱ったりはしない。形のいい眉をしかめて、関心がなさそうに視線を背けるだけだ。

 その後はルルタのことなど一顧だにせずに、本を読んだり窓の外を眺めたりする。


(お褒めの言葉を賜るどころか……ほとんど口をきいてもらえない……。たぶん……ううん、絶対にただただうるさい奴だと思われている……ううっ)


 後宮に入る前に思い描いていた、「寵妃に忠誠を尽くす自分と、そんな自分の忠誠を優しく受けとってくれる寵妃の妄想」が音を立ててガラガラと崩れていく。

 何をしてもほとんど関心を示さないシャナラの態度は、叱責よりもルルタを落ち込ませた。


(母さまや姉さまが言っていたみたいに、私って侍女に向いていないのかな)

 

 部屋の隅で項垂れながら、ルルタは後宮に入る前のことを思い出した。


※※※


 侍女の一日は忙しい。

 仕える主人の身の回りの世話、着替えの管理や食事の給仕、室内を整え、予定の調整。

 贈り物や購入品などを検品し運び込み、必要なものがあれば、下働きの者にそれを伝える。

 主人が庭先に少し出るだけの時も、急いで準備を整え、走って庭の警護長にそれを伝え、人払いをしなければならない。

 外出の予定などあれば、数日前から触れを出し前日から一日がかりで支度を行う。


 優秀な侍女は、主人の性格、嗜好しこう、気分、内心の機微きびをよく読み、本人よりも先に望みに気付き動くものだ。

 後宮勤めを始めるにあたっての事前教育の場で、そう教えられた。

 里帰りした時に母親と姉にそう話すと、二人は顔を曇らせた。


「そそっかしくて早とちりなあなたに務まるの?」

「いい? ルルタ。家とは違うんだから、思い込みで無鉄砲なことをしちゃ駄目よ。喋る量は普段の五分の一くらいにしなさいよ」

「何も後宮なんて行かなくとも……あなたは元気なことが取り柄なのに。合わないと思ったら、いいからすぐに帰ってきなさいね。ああああ、この子が後宮勤めをするなんて……母は心配です」

 

(母さまも姉さまも心配症だなあ)


 当のルルタは母や姉の思いをよそに、これから始まる後宮生活への夢と期待で頭がいっぱいだった。



2.


 ルルタの父親は、地元一帯の市場を牛耳る豪商だ。地元では貴族たちですら父の威光を恐れている。

 ルルタのような平民の中の富裕層や地方貴族の子女は、年頃になると上位の貴族の家に奉公に上がる。

 無事に奉公を終えれば、その経歴が身元や経歴の保証になる。奉公先の家と縁がつながることで、伝手つてや人脈を作ることが出来る。


 国王の寵妃ちょうひの身の回りの世話をする娘を探している。

 なるべく貴族階級とは縁遠い者が良い。


 その話が回ってきた時、父親は躍り上がらんばかりに喜んだ。

 王族の下へ奉公に上がれるだけでも幸運なのに、貴族社会の中でも頂点に立つ、後宮の侍女になる。

 本来であれば、ルルタの身分では望んでも叶うことではない。


「好奇心が旺盛で、ジッとしていることが何より苦手、思いつきで時々とんでもないことをやらかすルルタに、宮仕えが務まるのか」

 母親や姉のそんな心配をよそに、父親は莫大な金をかけて支度をし、娘を後宮に送り出した。


 ルルタ自身は、父の思惑も母や姉の心配もまったく頓着しなかった。

 ひたすら、話に伝え聞く後宮の生活に憧れと希望をふくらませ続けた。


※※※


 ルルタが仕える寵妃シャナラは、ヴォルガと呼ばれる小さな騎馬民族の長の子供だ。恭順の証……いわば、人質として王国に差し出された。


 シャナラは、ルルタと同い年の十六歳だ。月の光をはじく夜のような黒い髪を持ち、東方の国の出身にしては珍しく深い青の瞳を持つ。

 その麗姿れいしを垣間見た詩家しかが、「かの妃の美貌は、国を誤らす」と絶賛したと言う。


 王都に連れてこられた当初は、前国王マグヌスのちょうを独占した。

 マグヌスの死に、当時王太子だったエルシドが国王となった後もシャナラは後宮にそのまま留め置かれた。

 現国王エルシドが未だに正妃を迎えようとしないのは、寵妃への思いが深すぎるためだ、ともっぱらの噂だ。


(国王陛下が正妃さまを迎えることを遠慮されるほど、深く愛されているなんて)


 絵物語みたい、と伝え聞く若き国王の雄姿や、その横にはべる寵妃の美しさを思い描いてルルタは思った。

 きっとたおやかで気品に満ちていて、何より心優しいかたに違いない。

「ルルタはよくやってくれている。お前が来てくれて良かった」

 そう言われながらシャナラに微笑みかけられることを想像して、ルルタはうっとりした表情を浮かべる。 


 しかし。

 現実は厳しかった。


 後宮に上がってからは、毎日、必死に寵妃のために用事をこなし、へとへとになって夜は寝台に倒れ込むのようにして眠っている。

 だが、寵妃からは優しい言葉どころか、少しの関心も向けられない。

 その心の内を汲もうと目を皿のようにして眺めていると、ひどく不機嫌そうな顔をされる。


「何だ?」


 うるさげな声で問われてルルタは慌てて首を振る。

 シャナラは興味を失ったように、美しい碧い瞳を窓の外へ向けた。


 名工の手による彫刻のように美しいシャナラの横顔を、ルルタは見つめる。

 実際の寵妃は、ルルタが想像したよりも何倍も美しかった。だが、その美貌はいつも冷たく、ほとんど表情が変わることがない。


 寵妃さまの役に立ちたい。

 少しでいいから、喜んでいただきたい。

「ルルタが私のもとに来てくれて良かった」

 そう言って欲しい。

 でも何よりも。

 自分に向けられることのない、何の感情も浮かんでいない深い青の瞳を見ながら、ルルタは思う。


(笑っていただきたい、な)

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