第8幕 ポケットのコイン、それと……

 放課後、いつものようにさっさと校舎を出ていく。だがただのいつもとは違う。このまま家に帰るわけではない。帰りたいが帰れないのである。


 これから、ありったけの段ボールをかき集め、探し物探しに行くことになったのだ。


 海賊団のメンバーは昨日とほぼ同じ。唯一の違いは紅一点が抜けてしまったこと。おそらく彼女はアーロンパークにいる。クラスで多少なりとも話す人なんて深山三人衆くらいだから、いてくれるだけで正直なところすごくありがたかったのだが。非情にも演劇部の彼方へ去っていった。



 四人で街を歩く。四人といっても三たす一なわけで、三人が前方で賑やかに話している。その後ろをダラダラと、合流せず離れすぎずの間合いを一人維持する。暑さを避けて少しでも影になるところをふらふらと渡り歩く。


 気まずいなぁ。


 時折こちらの方に視線を向けてくるのを見ると、気を使わせて申し訳無いという気持ちが湧いてくる。生まれてこの方集団行動ばかりだったから、未だに個人行動の正解が見つからない。いつだったか、公園でちびっこに囲まれている自分を見て、名前を呼んではいけないあの人に揶揄された言葉が刺さる。

 一人ぼっちが絶望的に下手なんだとさ。才能無いからやめちまえとまで言われた。昭和のパワハラクソ上司かよ。



 やがて目的地に着く。関西では一大シェアを誇る上場企業の家電量販店だ。流れ続けている歌を聴くと洗脳されるから要注意。

 家電ってデカいから段ボールもデカいよな、とのことから訪ねてきたわけだ。それに高校から近い。この安直さが吉と出るか凶と出るか。自動ドアを開いて涼しい店内へとお邪魔する。


 交渉役は九重。臆することなくフロアを徘徊する店員に話しかけている。やがて別の、おそらく立場のある店員が呼ばれてきてそのまま、何やら話し込んでいる。

 ややもすると、笑い声が聞こえてきた。


 まもなく、腕で顔の上に輪を作り帰ってきた。

 何でも、マネージャーが我が校の出身らしく快諾してくれたとのこと。

 裏手の駐車場に回り、ワゴンに積まれた段ボールをあるだけ回収する。

 思ってたより少ない。後で聞いたことだが、家電は箱ごと売るからという至極もっともな理由があった。結果は末吉って感じだ。


 九重と、手持ち無沙汰だった俺が段ボールを抱える。


 「どうする?」


 兼田が随分アバウトな質問をする。みんな成果が少ないことに気づきつつも、暑いし帰りたいという本心と折り合いをつけられず微妙な顔をしている。その中で比較的真面目なのであろう小南が、


「向こうのドラッグストアに行こうか」


と渋々提案した。皆も嫌ではあるが異論はなく、道沿いの遥か彼方に看板だけが小さく見えている、あの遥かなる目的地まで、炎天下の中更に歩を進めることになった。



 そんな二軒目。死屍累々疲労困憊猛暑日和で辿り着いたチェーン店のドラッグストア。その店舗の駐輪場横には、崩れんばかりに段ボールが積み上げられている。ここがラフテルだ。


 次は小南が突撃することに。店の外からガラス越しに勇姿を見守る。なかなか店員に話しかけられず、所在なさげにウロウロしている。そこは女性化粧品コーナーだ。ふむふむじゃない。

 窓の外から全員で睨みつける。暑い。早くしろ。ヘタレ。小南がこちらを振り返り全員の形相を確認すると、いそいそと店員に話しかけた。



 ようやく店から出てくると、トボトボと項垂れながら歩いてきた。


「ほんとごめん。頑張ってお願いしたんだけど全然……」


申し訳なさそうにしているが、微妙にニヤケを隠しきれていないのが腹立つ。演技下手くそ選手権二年連続優勝。


「オッケーだって!」


 知ってた。

 兼田と九重からは蹴りが飛ぶ。妥当。


 さて、空島くらいの宝の山だ。

 大きそうなダンボールを選別し、全員に分配していく。俺もまだ余裕があったので上へ更に積み重ねられていく。まだいく。まだいく。まだいく。


「もういいもういいって」


 こぼれいくらかよ。ストップって言うまでひたすら振りかけられていくやつ。ストップって言ってもまだ振りかけられるやつ。また食べたい。青森は良かったな。お客の入りなかなか厳しかったけど。田舎はマジで人がいない……。


 なおも兼田が背伸びをして、まだ塔を増築しようとする。いい加減にしろと、足で払いのける。


「バランス感覚やばいな」


 褒められたところ早速悪いが、流石に上の雑に積まれた段ボールが滑り落ちるともう駄目で、そこからは雪崩れる。元サーカスマンとして少し悔しい。どう考えても戦犯の兼田に憎しみを込め蹴りを入れ、散乱したダンボールを拾い集める。次は前がギリギリ見える程度に適量の段ボールを持つ。それでもやはり俺は多めに分配されているが。


 戦果は十分だ。満を持して学校へ凱旋することに。


 道中また少し離れて一人で歩いていると、ふいに九重が声をかけてきた。


「話しかけていいか?」


「いやもう話しかけるし」


「それはそうだけど」


 歩みを遅めて隣に並ばれる。それどころか軽く体当たりしてくる。


「結構モテるよな」


「鍛えてますから」


 こんな段ボールを持つ程度造作もない。バランス芸もそれなりに囓ったことはあるからな。本職には到底及ばないけど。さっき崩れたし。本職はやべぇから。足の上に椅子何個も積んだその上に人間乗せるから。未だに意味分かんねえ。


「そういうことじゃねーよ」


 あっけらかんと笑う九重に首を傾げる。


 そこで九重は俺を抜かして目の前に立ち、立ち止まる。前の二人も合流して俺の隣に配置される。


「……モテモテだよなって」


 目の前で笑う九重の笑顔に若干のきな臭さを感じる。突然のことに、戸惑って疑問を返すことしか出来ない。


「は? 何言ってんだ?」


「なんでそんなにモテるんだって言ってんだよっ!!」


 発声がエグい。腹から大声が出てる。出すような内容じゃないけれど。そして俺は喉から死にかけのカエルのような声が出る。なんなら内蔵まで出る。両サイドの二人から身体を押し付けられて圧し潰されている。


「モテねーよ」


 目一杯深呼吸して、しゃがれ声でつっけんどんにそう答えるが、全く納得してくれない。くそっ、段ボールを抱えているから反撃しづらい。せめてもと逃げようとする俺を小南が弾劾する。


「とぼけるな!見てよ、九重が声上げて泣いちゃったじゃないか」


「おろろろ、俺も女の子の乳首を触りたい……」


「いや俺も触ったことねえし欲望がピンポイントでクソキモい」


「それには同意」


「嘘だっ!!!!どうせいつも持ち歩いて感触を楽しんでるんだっ!!」


「マジでねえし、女の子から乳首を取り外すな勿体無いだろ」


「そもそも取り外せないよ……?」


 多分触ったことはない。あれはノーカンだ。他にもあれとあれもノーカンだな。いうかあったとしても答えたくない。

 心底うんざりしたように、本当に無いのになんでそんな質問されなきゃいけないんだみたいな空気感を滲ませてそう伝える。ないけど。ノーカンだからないけど。積み上がった段ボールの向こう側に見える変態バカは悔しそうに唸り声を上げ威嚇してきめいる。


「おいやめろ九重言いすぎだ」


「でも……」


 と、ここで静観していた兼田がフォローに回ってくれる。


「俺ら四人童貞、とりあえずそれを喜ぼう」


「いや言うほど喜ばしいか?」


 どんなフォローだ。

 普通に嫌だよ。卒業してえよ。


「でもさ、俺悔しいよ。ハーレム読むのは好きなのに、いざ目の前にすると頭がおかしくなりそうなんだ」


 元々では……?


「俺だってそうだよ」


「僕だって」


「じゃあ俺も」


「「「いやお前のことだよ」」」


 混ざれなかった。

 なんだったらヒロインが二人以上いると嫌だよ俺は。男の都合の良さが気に食わない。


「深山さんに浅利さんに為近さん、それに今旗さんに守屋さんだって!!」


「冤罪しかねえしそこに今旗入るのおかしいだろ」


 名前が挙がった本編に未登場キャラの今旗とは、結構がっつり仲悪い。いつも因縁をつけられては詰られる。委員会が同じでなかったら絶対に話さない。一生未登場でいろ。


「ああそうですか、しか男子には言わない今旗さんが花籠とだけは普通に喋ってるのを俺は目撃したんだ!」


「そのとおり普通に喋ってるだけだろ」


「女子と普通に喋ってみたいんだよっ!!」


「なら今旗はやめておけ」


 あんなに口が悪いやつとは話さないほうがいいだろう。死ねボケとか平気で普通に言ってくる。マゾじゃないと心が保たない。ああそうか、こいつマゾだから別にいいのか。


「けっ、独占欲の強いハーレム王め」


「だからハーレムじゃねえよ誰とも付き合ってねえ」


「本当か?」


「嘘つかねえよ」


 長々と訝しげな目で睨まれたが、渋々納得したようで、むさくるしいおしくらまんじゅうからようやく解放された。汗臭い。最悪な目にあった。これが全員女子だったなら夏どころかこの世の春だったのに。ハーレム最高。


 ビルの影に逃げ込んで、四人全員段ボールを地面に置いて小休止を取る。身体中から溢れ出した汗を手で拭う。喉渇いたと小南が呟くともう駄目だった。破裂するまで水分を取り入れたいという欲求こそ破裂寸前まで膨れ上がる。


 最後の力を振り絞って、学校まで歩き出した。


 そして、あと一息というところまで来たところで、またもや九重がくだらないことを言い始めた。


「……じゃあ誰が好きなんだ」


「……なんでそういう話になんだよ」


「誰が好きかと聞いている!!」


「いや修学旅行かよ」


「修学旅行だろ!!」


「ジジョー、今は文化祭の準備だよ」


「そういう解釈か」


 そうか、暑さで頭がやられてるんだな、こいつ。


「まあでも、修学旅行と並んでテンション上がる期間ではあるよね」


 兼田のフォローに我が意を得たりと九重がうんうんと大きく頷く。


「だから恋バナしようではないか!」


「じゃあお前らからやれよ」


「一理あるな」


 俺の一言に三人が顔を見合わせる。女も抱いたことがない、段ボール抱いた野郎どもが本気で恋バナをやる気なのだろうか。


「俺はいない」


「僕もいない」


「ボクもいないよ?」


 三人顔を見合わせる。やる気はあってもやれないようだ。三人頷くとこっちを見る。


「俺もいない」


 以上、終了。


 それだけ言うとバカたちを見捨てて歩き出す。炎天下の中汗だくムサムサイ男たちに挟まれた俺は人一倍消耗している。一刻も早くクーラーの元へ帰りたいんだ。そしてお茶を千リットル飲むんだ。汗でシャツが張り付いて気持ち悪いったらない。が、またもや回り込まれてしまう。早く帰ろうよ。


「待て!」


「なんだよ話終わっただろ?」


「言い出しっぺは、俺だ……っ!!」


 悲壮感と決意を滲ませた声で、俺だと力強く宣言する。芝居がかっている、大道具なのに。変な漢気を見せようとしているやつがいる。大童貞と大童貞って似てますよねぇ!


「早まるな!ボクたち猥談はしても恋バナは今まで何とか避けてやってきたじゃないか!」


「そうだ!クソ雑魚童貞が恋バナなんてしたら心が壊れてしまう」


「それでもいい。俺は、一度くらいやってみたかったよ、お前らと恋バナ」


 そこに何故俺を巻き込む。


「で、誰なんだよ」


 それはそれとして聞けるなら聞いておく。ワクワクはする。


「聞いちゃう?え、やだー、恥ずかしい」


「キショい、ジジョー」


「そうかすまん」


 咳払い。しばらく溜める。目をウロウロさせたり、あーやらうーやら声にならない声を発したりその場でジャンプしたり。指をツンツンしたり石ころ蹴ったりサンバ踊ったり髪を整えたり。長げぇよ。


「まずレギュレーションを決めようか。ボクたちの中にガチ恋してるやつはいる?」


 踏ん切りがつかない九重にしびれを切らした小南が仕切るが、案の定誰も手を挙げない。それが本当かは誰にも分からないが。


「ならクラスの推しメンは誰、くらいを落としどころにしない?」


「推しメンって何だ?」


 手を挙げて質問をする。


「アイドル用語で、推しメンバー、つまりは恋愛してるわけじゃないけど一番好みでナイスじゃんって感じのクラスメイトかな」


「難しい文化だな……」


 頭の中で名前の分かる女子を思い浮かべてみたが、ナイスじゃんで該当するのがいない。ナイフじゃんみたいな殺傷力ある言葉しか出ない今旗ならいるが。


「俺が手本を見せてやる。後もうちょっとだけ待ってくれもうすぐ出る」


「こんなに恥ずかしがるジジョー初めてだ」


「ホームルームでド下ネタ投げる勇気はあるくせに」


 そういえばさっきからジジョーって呼ばれているのは九重のあだ名だろうか。

 そして九重がさっきから胸に拳を打ち付けているのはゴリラなのだろうかパッションなのだろうか。


「いきます!!」


 ここドラムロール。正確には九重のドラミング。正解はCMのあと。

 どうでもよさすぎる引き。


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