第30話 過去編 源翁心昭 可毗禮山 其九

 観音開きの扉が完全に閉じ、お堂の中は夜のように暗い。


 足を踏み出して気づいたが、太陽の光がなくとも、目を凝らせば奥の祭壇がほんの少し見える。

 不思議に思って祭壇をよく見ると、両端に置かれた灯火具に火が焚かれていた。このお堂には明り取りがなく造りもしっかりしている為、光が入ってこないので、九尾の狐が何かの演出のために灯したのかもしれない。

 進むにつれ、ちらとらと揺れる炎に照らされた御神体の石が、大口を開けて叫ぶ人の顔のように見えてくる。その口の部分から今にも呻き声がしてきそうだ。灯火具の炎は、お堂の壁にも大小蠢く羽虫の影を映し出していた。その影もどういう訳か怪しい踊りを踊っている人間に見え、非常に気味が悪い。

 なるほど。何も見えないのも恐怖を誘うが、見えてしまうものもまた違う恐怖を呼び起こす。九尾の狐は人間の恐怖心というものを、非常によく理解してるようだ。

 壁に蠢く影は、次第に存在感を増していく。この影が襲ってきそうに思え、何だか落ち着かない。

 禍々しい気に覆われたお堂の中は、腐臭のような匂いと恐怖を呼び込む影たちが蠢き、すでに黄泉の世界を形成しつつあった。ただ、すでに展開している死の世界もある。火が揺れる度に、羽虫がジュッという音をたて焼かれるのだ。虫の命も一つの命には違いない。だからこそ、九尾の狐は、隙あらば虫の命を刈り取り、生の存在を小さくしていく。


 死とは生の否定、そして、恐怖の根源。


 人間は、見えないものや分からないものを勝手に恐怖の対象にし、自分の近くにその恐怖の対象がいると想像する生き物だ。どれだけ厳しい修行したと言っても、私も人間なので、根源なる恐怖を克服できたかと言えば、それはできていない。だから、このような影を気味悪いと思うし、まだ戦ってもいないのに、彼岸に行っていないと繰り返し確認すらする。恐怖を感じない人間は、この世の中にいない。恐怖の対象に違いがあるだけだ。

 それでも、私は、過去の経験値から、恐怖に対してそれなりに耐性ができていると自負している。ただ、自分が恐怖を和らげられたとしても、別の看過できない事実がある。


 その事実こそが、根源的な問題だと言っていい。


 困ったことに、九尾の狐を始めとした怪異は、自身で屠った数だけ強くなる傾向がある。言い換えれば、怪異の力は、相手に与えた恐怖に比例して増幅するということだ。数え切れないほど人間を殺し、畏怖された怪異が強いのは、多くの恐怖を得たからだ。怨霊ともなると、そこに強い恨みが加わるので、もう並みの人間では祓えない。

 怪異が欲する恐怖は、恐怖してくれれば人間でも動物でも構わない。魂を与えられている生物が恐怖を感じる事で、怪異は力を得るからだ。但し、人間の恐怖は動物のそれに比べて非常に大きくなり易いので、怪異は人間の恐怖を好むのだ。

 様々な恐怖を演出できるこの真っ暗なお堂という舞台は、限りなく怪異に有利にできている。 

 そんな事を考えながら、私は九尾の狐が姿を現すのを待った。すでに祭壇は目の前だ。


 しかし、何度確かめても、動くものは、ゆらゆらと揺れる灯火具の炎だけだ。

 ああ。もどかしい。私はそう思った。焦っているのかもしれない。いや、きっとそうだと思い直し、私は、平常心に戻るよう努めた。


 目の前に祓うべき怪異がいるのに、そいつは執拗に姿を現さない。

 私の焦燥感を煽り、その様子を楽しんでいるのかもしれない。いや、楽しんでいるのだろう。私が、ここに至るまでの間に、何度も九尾の狐の笑い声を聞いた。その度に、言いようのない怒りを覚えたものだが、これもその一環と考えればいい。矮小化された自分をも受け入れ、平静を保つのだ。

 小さな炎に照らし出された様々な影は、骸骨になった無数の人間が棍棒のようなものでお互いをカチ割っているように見える。悍ましい。もう最初の人間の踊りが可愛く見える。九尾の狐は、こうして私の心を乱そうとしている。

 そうはさせない。

 私は、ここまでの数々の危機を思い出した。

 意味不明の草に纏わりつかれ、花粉で前後不明の時に巨大な鳥の怪異に襲われ、鉄砲水に流されそうになり、おばあとおりんに斬られそうになった。何度死線を彷徨った事か。これらを思い出しても、もう怒りは湧いてこない。それらは過去の事で、それよりも遥かに死に近い事がこれから起こるのだ。


 こうして私は心の整理を終えた。心に平静が訪れる。

 すると、祭壇奥の暗がりから纏わりつくような闇の気が湧き出てきた。私の精神が安定したのを悟ったのだろう。


 腐臭のような耐え難い匂いが急激に増し、その腐臭を纏ったどす黒くて吐き気のするような気が、私の身体と包むように巻きついてきた。この黒い気が、私の肌を溶かしながら焼き焦がしていく。

 これが、純粋で真っ黒な悪だ。

 善と悪が混合する人間は、黒い心が刺激されると白い心が締め付けられる。九尾の狐の黒い悪が、突如私の心に忍び寄ってきた。落ち着かせたはずの心がざわざわとかき乱される。瞑想で鎮めた私の心は、怒りも感じていないし恐怖も感じていない。しかし、何か分からない嫌悪感と抑えきれない破壊衝動が湧いてくる。

 早急にこの白と黒の葛藤を鎮めなければ身体と精神が汚染され、最悪、私は黒い心に乗っ取られてしまう。全身が溶かされ、焼かれている感覚も消えない。しかし、私も長年怪異と渡り合ってきた自負がある。強度の違いはあれ、このような事態は何度も経験している。


 私は、もう一度気合いを入れ、三つの丹田で白い気を練り始めた。

 

 こうして練った白い気を身体中に拡散させることで、入り込んできた黒い気を追い払う。

 しばらくかかったが、私は身体の内側に白い気を巡らせ、私の精神を乗っ取ろうとする黒い気を内側から追い出した。そして、私は菩薩へ祈った。祈ることで心も身体も浄化され、心に余裕をもたらしてもくれるのだ。

 すっかり白に戻った自分の心にしっかりと鍵をかけ、源翁は、これ以上の黒い気の侵入を拒否した。

「いざ行かん」 

 耐えるだけではいずれやられる。そう思い、源翁はこちらから死地へと入っていくことにした。

 祭壇に向かって更に半歩だけ前に行く。こうして距離を縮めながら、九尾の狐に圧力をかけなければならない。


 それでも九尾の狐は、まだ攻撃はしてこないし、姿も見せない。


 じりっと次の半歩を踏み出した瞬間、私は虫の音を聞いた。虫特有の鳴き声、羽音、板の上を歩く音、それらが唐突に聞こえたのだ。ひとつひとつ聞いても気持ち悪いのに、多くの音が不協和音の合唱のように聞こえてくる。

 

 ジジジジジ。パタパタッ。ジョクジョク。ササササッ。

 余り聞きたくない音だ。


 すると、あろう事か虫の蠢く音が突如大きさを増した。

 見れば、暗がりの中、お堂の奥から唸るような数の虫が私へ向かって行軍してきた。あの耳障りな虫の音が迫力を増していく。すでに数えるだけ無駄だ。あっという間に、お堂の部屋の壁、天井、床に至るまで全ての箇所が、無数の虫に支配された。

 ムカデ、ゲジゲジ、蜂にゴキブリ。嫌悪感を覚えずにはいられないそれらの虫たちが折り重なり、私の周りを一瞬にしてとり囲んだ。彼らは何かに怒り、突き動かされるように、一斉に私に向けて威嚇音を発した。それだけでも耳がおかしくなりそうなのに、蚊や蜂の羽音が耳の側でずっと聞こえ続けている。いや、奴らはもう私の耳の周りを歩いている。鳥肌が立ち、思わず気が遠くなりそうだ。しかし、ここで倒れてしまえば、今度はムカデやゲジゲジが私の顔や服の中へと侵入してくる。

 この虫たちに抗う方法を考えていると、目の前の真っ黒な床が持ち上がった。いや、悍ましい羽虫が、私に向かって一斉に飛び立ったのだ。物凄い勢いで私の顔に身体に手に足に…ゴキブリ、蛾、蜂、あとはもう何だか分からない虫が張り付いていく。虫たちは何かに突き動かされるように、その身体ごと私にぶち当たってくる。

 私は、なす術なくその虫たちに飲み込まれた。そして、全身が虫に覆われた。私は真っ黒な虫の塊の中にいる。

 口は開けず、なんとか鼻で呼吸するものの、鼻の穴からも虫が入ってくる。鼻息で飛ばそうとしても、数が多すぎて無意味だった。何が鼻から潜り込んできたのかは分からないが、とうとう喉の器官に入り込まれ、咳き込んでしまった。その僅かな口の隙間からも何かの虫が大量に入り込んだ。

 もうまともに息もできない。苦しい。そのままでは器官が虫で詰まって死んでしまう。

 私は、それでも冷静にどうするかを考える。何故なら、焦ったら負けだからだ。

 全てを確認できたわけではないが、多足の虫から紋様の気持ち悪い蛾、蛭の類に至るまでが隙間なく私の身身体にひっついる。そして、もう、このお堂に逃げ道はない。もうやれる事は、目を瞑って菩薩に祈ることだけだ。私は、一身に菩薩に祈った。

 そんな事をしている間に、虫たちは、好き放題に私の身体を動き回り、血を吸い、毒針を刺した。身体のあちこちから信じられないような激痛が走る。痛覚を無くしてしまいたいが、残念ながら人間にそのような事はできない。

 毒が回ってきたのか、呼吸困難からかは分からないが、頭がぼうっとして身体が痺れてきたのを感じる。

 耳の穴でも虫が好き放題し始めた。気色の悪い音、そして、小さな虫が鼓膜へと到達したようだ。

 耳の中に激痛が走った。そして、音が聞こえ辛くなった。

 もう、これ以上は耐えられないと思ったが、ようやくここで一筋の光明が見えた。私とて単純に祈っていた訳ではないのだ。祈りの中、ようやく腹の中に相当量の気が溜まった。

 焦るな。と自分に言い聞かせる。

 暴れたところで離れる虫たちではない。では、どうすればいいか?虫は熱に弱い。それを証明すれば良いのだ。私は、頭の中で真言を唱えた。そして、菩薩に祈ることで限界まで溜めた気を一気に身体の外に放出した。ほんの一瞬だけ、身体が火のように熱くなった。

 燃えろ!!と念じながら、源翁は、体温を限界まで上げた。

 本当に身体が燃えているのではないかと錯覚するほど体温が上昇した。この小さなお堂の中は、山火事が起こったかのような熱に見舞われているはずだ。同時に私を覆っていた虫たちが一斉に身体から離れた。羽音はおろか蠢く音も一気に消えた。気づけば、目の前の床には黒焦げになった虫たちの死骸が散乱していた。

 私はすぐさま大量に入ってしまった口の中のものを吐き出した。もう何だか分からないものが、気色の悪い音を立てて床に散らばった。この悍ましい味は生涯忘れる事がないだろう。

 身体の変調もどうにかしなくてはならない。これは緊急だ。本当に何とかしなくてはならない。


 私は、大きく息をして、目を瞑り、手を合わせた。


 数秒間、助かったことを菩薩に感謝し、少しでも身体を元に戻そうと気を練り、心を落ちつかせた。そして、目を開けた私は驚いた。

 一体?と声が出そうになったほどだ。

 もちろん、私がお堂の中で一人佇んでいるのは変わらないが、あれだけ毒虫に刺されたはずの身体に傷はなかった。そして、焼け焦げた虫の死骸もどこにもなかった。痺れもないし、頭痛のようなものない。


 なるほど。全く食えない狐だ。

 そんな事ができるのかは分からないが、あれほどの幻を創り出せるのかと感心すらする。

 私は、湧き上がった怒りを無理やり鎮め、冷静に冷静にと自分に言い聞かせた。


 奥からくつくつくつという笑い声が聞こえてきた。

 瞬間、もういい加減にしろとばかりに私は暗闇の奥に向かって攻撃的な手印を作った。こうなれば、こちらからもいくぞという合図だ。

 それでも、まだ、祭壇の前には何も姿を表さない。

 極限まで私に恐怖を擦り込もうというのか?まだ何かあるのかと思うと気が重くなる。だが、もう何があってももう動じない。私は心にそう決めていた。

 誰もいない虚空に睨みを効かせ、源翁は怒りの気を視線に混ぜた。創られた恐怖を幾つ積み重ねたとしても、私には効かないと九尾の狐に伝えるためだ。

 しかし、くつくつと私を嘲笑う声がまた聞こえただけだった。

 弱き人間が何を偉そうにとでも言いたいのかもしれない。

 確かに、私は怪異に比べれば、肉体的にも精神的にも非常に弱い存在だ。しかし、考えて見れば、人間は怪異の対極にいる存在とも言える。対極にいるからこそ、怪異は我々に祓われるのだ。九尾の狐は強すぎるが故に、そこが見えていない。


 暗闇に浮かび上がる御神体の岩へと、もう半歩踏み出した。

 こうして術式に於ける一足一刀の間合いになるまで前進するのみだ。そこまで行けば、流石の九尾の狐も姿を表すだろう。あの間合いは守りも攻撃もできる究極の間合いだ。

 その為に、私は気だけでなく、術式も放てるようにし、九尾の狐の攻撃にも備えた。精神的にも落ち着いている。これならば、相手が何かしてきてもいきなりやられる事はないだろう。

 まだ祭壇に向かって術式を飛ばさないのは、九尾の狐の攻撃に備えながらも、対話を試みているからだ。

 自分でも何とも不可思議な事をしているように思う。さっさとこちらから攻撃すれば、九尾の狐は姿を現すかもしれない。しかし、それでは何かを話す前に戦いとなってしまう。勿論、奴とは戦わなければならないが、ここまで来たら対話をしたい気持ちもあるのだ。九尾の狐は何を考え、何をしようとしているのか?これは非常に気になるところだ。怪異を祓う人間の全員が知りたい事柄だと思う。


 怪異と人間は、お互い決して交わることのない価値観を有している。


 ほとんどの人間——いや、全ての人間と言っていいかもしれない——は、その価値観の違いを知る事なく一生を終える。彼らは何を望み、何をしたいのか、それが知りたい。普通の怪異は会話ができないが、この九尾の狐に限っては話ができるのだ。だからこそ、少しでも知りたい。

 さらに半歩進むと、顎から汗が滴り落ちた。

 自分では感じてはいないが、身体はかなり緊張しているようだ。

 そして、また何かの違和感を覚えた。源翁はこの違和感は何だろうと考えた。そして、あ、と思わず声が出そうになったが、その「あ」もすでに音として出なくなっていた。

 そう。気づけば、全ての音が消えていたのだ。

 音のない世界。これは恐怖だ。雑音が一つも聞こえない暗闇。これは想像すらできない世界だったが、並の人間なら一刻ですら耐えられないだろう。何度も思うが、この怪異は人間の恐怖がどのように生まれるのかを知り尽くしている。


 これは相当な恐怖だ。


 自分自身で九尾の狐を強化していると思っても恐怖は消えない。何しろ、ほとんど真っ暗な場所で音が少しも聞こえないのだ。これは究極の閉鎖空間だ。

 例え見えない怪異がいたとしても、怪異が見えないだけで周りの景色は見えるものだ。しかし、いつの間にか祭の小さな炎も消え、私の目の前は完全なる闇だ。そして、音がしないと言っても、常に何かの音は聞こえているものだ。しかし、音の存在が皆無になると、周りに何も存在していない錯覚に陥る。

 完全な闇と無音。そこに私はいる。

 何もない世界に一人置いていかれた。そんな気分だ。試しに経を唱えてみた。しかし、何も聞こえない。音というものがこれほどに重要なものである事に、私は初めて気づいた。

 何もない世界。

 そんな世界に自分だけがいる。

 補陀洛渡海の折り、船から絶海に溢れ落ちればこうなるのかもしれない。上も下も分からない。暗いだけで全ての存在が否定される。


 何もない世界。


 補陀洛渡海は観音浄土を目指すが、ここは何を目指すということもない。

 ああ、本当にここには何もない。

 そして湧き上がる恐怖。あれほど大丈夫だと自分に言い聞かせていたのに、これほどの恐怖を感じるとは思ってもみなかった。人間は助け合って生きる動物だ。決して一人では生きられない。だからこそ、たった一人で完全に閉じられた世界にいると精神が保たなくなるのだと思う。

 と思ったところで、人間の精神はどの程度で壊れるのだろうか?と考えた。これもまた九尾の狐の術式の一つだとすれば、いつかは元の世界に帰る術を見つけられるはずだ。そこまでの我慢だと自分に言い聞かせる。

 少し恐怖が和らいだ。

 今日はそれの繰り返しだ。九尾の狐の策略に嵌って恐怖し、それを否定し、また恐怖する。これが人間らしいと言ってしまえばそうなのだが、そろそろこれを打ち切りにしたい。

 闇が黒すぎて目を開けているのか瞑っているのかも曖昧だが、私は光を灯すことにした。袋に手を入れ弄ると、紐でまとめられた三枚のお札が指に触れた。私はそのお札を取り出し、結び目の方のお札を一枚抜き出して手に持った。このお札は伊勢神宮、つまりは太陽神の力が込められたお札だ。二枚目は月読神社のお札で、三枚目は大甕神社のお札だ。それぞれ、太陽、月、星の力を宿している。

 その伊勢神宮のお札に目一杯の気を込めた。そして、お札の力を解放する。

 お札は眩い光を発し、光の玉を作った。光の玉はゆっくりと上へと上がっていく。光に照らされた周りはやはり闇で覆われており、光は闇に吸収されていく。しかし、私はその綻びを見つけた。闇の中に薄い布のように捲れている部分があったのだ。この闇は人工的に作られている。そう確信が持てた。しかも光は自分自身も照らしてくれた。腕もあれば足もあった。全身が闇に溶けたように感じていたが、それもまやかしだ。

 こうなると不安も消え、落ち着いて事態を対処できるのだから不思議なものだ。

 私は闇の端に光の玉を飛ばした。光の球が薄い闇の衣に衝突すると、闇の衣は焼け落ちた。すると、風の音が聞こえた。お堂の外で吹いている風の音だ。そして、目の前にはあの御神体の岩がちらちらと燃える火で照らされていた。


 何度同じことをしたのかと思うが、私はまた胸を撫で下ろした。


 あの無音の状態は予想以上に厳しかった。九尾の狐の魂は、私が出した恐怖を相当吸い取った事で、今や万全の状態ではなかろうかと思う。それでも、私は倒す機会は必ず訪れると信じている。何しろ、ここまで、私は生きているのだ。

 私は、更に半歩踏み出した。一足一刀の間合いまであと少しだ。


 すると、御神体の岩の前が一瞬歪んで見えた。そして、暗い存在が揺蕩う。

 ついに、その時がきたかと思うと同時に、私は自らの心を引き締めた。とうとうあの九尾の狐が目の前に姿を現そうとしている。


 くつくつと笑う声が聞こえ、御神体の岩が更に歪んで見えた。

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