第14話 陛下様の恋人
城の夜を陛下様は、どんな風に過ごしているんだろうか。
城に住んでいる人達は。
もう、気になったら止められない。
早めに夕食を取り、一人になるのを待って部屋からこっそり抜け出した。
誰にも会わないよう、慎重に。夜に部屋から出るのは初めてだ。思ったより暗い。真っ黒なわたしは、周りからは見えないかも知れない。
くの一 お凛 参上。
陛下様は執務室だろうか。夜は恋人達の時間と言っていたから、陛下様は部屋へ戻ったかも知れない。
陛下様の部屋は、どこなんだろう。さすがに、部屋まで行く勇気はないので執務室へ行ってみよう。
うわぁ 暗いよー 遠いよー 怖いよー
夜の城内は、ひんやり涼やかに冷たく澄んで、人の気配がまるでしない。
明り取りの小窓だけが、ぼんやりと浮かんでいる。
昼間の城内とはまるで別ものだ。
迷いながら やっとのこと、たどり着いた執務室には、鍵がかけられ 中に人の気配がない。
この後のことは、、ノープランだった。
「凛のバカ。
暗いよー 遠いよー 戻るの怖いよー」
「でる ぞ。」
「でたぁぁぁ
いやぁぁぁ」
「余が でたぞ。」
「ああぁ 腰ぬけたぁぁぁ
どうしていつも、そうなのよー。
いったい 何やってるんですか。」
「凛よ。そのまま そなたに返そうぞ。」
「わたしは…
お散歩してました。」
「ほおぅ、ならば少し余に付き合わぬか。」
すうっと手を取られ、向かった所は月明かりが入る屋根付きのバルコニーだった。
これは随分ロマンチックすぎやしませんか。
「今宵は月が綺麗ぞ。」
「ああ、国王陛下様。それ言っちゃいけないやつですよ。」
「うぬ?」
「わたしの世界では、
アイ ラブ ユウ
って事ですから。」
「なんと、面妖な。しかし、洒落ておるな。気に入った。余も使おうぞ。」
「国王陛下様、彼女さんとは、まだ
もう、こんな所にいないで、さっさと謝っちゃったら。」
「凛には、かなわんな。
もう遅いのだ。謝りたくも、許しては くれまい。」
「そんな事ないです。国王陛下様は仕事だったんだし、浮気した訳でも無いんだから。必要なら、わたしも証言しますよ。雨降らしをしていただけですよって。職務をまっとうしただけなんだからね。
そりゃ 寂しい思いをさせたかも知れないけど、十分挽回出来るでしょう。」
「寂しい思いをさせたまま、一人で逝かせてしまった。」
絞り出すように、陛下様が言った。
「えっ それって…」
陛下様の恋人は、五年前にロズワルドで突然流行した病によって、亡くなっていた。
その時、陛下様は病を鎮める為、奔走していたので恋人が亡くなっていた事さえも、後で知ったのだ。
そんな悲しい事があったなんて。わたしは言葉を失った。
いつもより尚一層 寡黙な陛下様の横顔が、切ないほどに 恋人をまだ好きだと言っていた。
陛下様は言い知れぬ喪失感を紛らそうと、城内を歩き回っていたのだろう。
時折押し寄せる、どうしようも無い喪失感をわたしもよく知っている。
特にこんな綺麗な月夜は…
陛下様は恋人を、わたしはおばあちゃんを
蒼き月影に映し出された二つの影は、黙ったまま いつまでも いつまでも孤独な月を見ていた。
ゆっくりの朝を過ごし、書庫に向かうとロイドさんが調べ物をしていた。
「ロイドさん、おはようございます。」
「リン様、今朝は随分ゆっくりでしたね。もう、おはようではありませんよ。
昨夜はいかがでしたか。」
「ロイドさんには、隠し事出来ないんだもん…
わたし、本当に馬鹿だ。」
「リン様は馬鹿ではありません。
リン様はそのままで良いと思いますよ。」
「だって…
国王陛下様、寂しくて、切なくて、どうしようもなくて、そんな顔してた。
わたしがそうさせた。」
「私共には、そんな顔は決して見せませんが、今も悲しみに沈んだ日から離れないで居ることは確かでしょう。」
「わたし、自分の好奇心を満たす為に、国王陛下様を傷つけてしまった。
最低最悪。」
「ですが…リン様
リン様がいらしてから、私の目から見ても、陛下は変わられました。
以前の様に、よく笑い、冗談を言って人を笑わせる様になりました。
リン様と居る時はことさら、楽しそうに見えます。
陛下は、リン様に救われているのではないですか。」
「まさか…
いつも助けてもらってるのは、わたし。
逃げ隠ればかりしていたわたしを、檜舞台に立たせてくれた。
正々堂々生きていく、ヒントをくれた。
わたし、国王陛下様にお返しがしたい。どうしたらいい?
わたしに なにが出来る?」
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