第26話 貴族の勧誘

(*ドミナスのとある家)


「……っん?……ここは、どこだ?……はあ。」


 レイスは目を覚ましてすぐ自分が天蓋付きのベッドで寝かされていることに気づいた。知らない間に運ばれて知らないベッドに寝かされるのはまだ2回しか経験がないが、これが1週間のうちに起こったということを考えると、レイスが少しため息を漏らしてしまったのも無理はないだろう。


「目覚められましたか?」


「!えっと、どなたですか?」


 突然死角となる場所から話しかけられ少し驚いたが、レイスはできるだけ落ち着いて返答をする。


「私はこの家でメイドをしておりますイザベラと申します。レイス様がお目覚めになられたことを主に伝えてまいりたいのですがよろしいでしょうか?」


「ああ大丈夫だ。世話になった。」


「……?それでは少々お待ちください。失礼します。」


 相手がメイドだと分かった途端に口調を変えたレイスに少し疑問を覚えたイザベラ。


 通常平民であれば今までお世話になっていた人間には敬語を使うものだ。しかし、レイスは使わなかった。そしてそれはマナー上正しい。正しいのだが、平民はふつうこのようなことは知らない。


 となれば彼の身分は、と推測をしようとしたがすぐにやめた。主の客人が普通の子どもであるはずがないと考えたのだ。そして、分をわきまえている彼女の判断もまた正しいあり方であった。


「……なるほど。ここの主はなかなかに優れた人間のようだ。」


 レイスはメイドの動きと部屋にある調度品を見てそう判断する。一瞬疑問に思ってもそれをすぐに飲み込んで行動に移したメイドを見て、メイドにまでしっかり教育が行き届いていることを確認する。そして豪華ではないが価値の高い調度品が置かれているのを見て、しっかりとした鑑定眼も持ち合わせているのだということを確認する。


 そんなことを一つずつ確認していると、部屋の扉が開き先ほどのメイドと貴族の正装をした男性が部屋に入ってくる。


「おはようレイス君。気分はどうかな?」


「お気遣い痛み入ります。肉体的にも精神的にもすこぶる快調です。介抱までしていただきありがとうございました。」


 丁寧に返答するレイスを見て驚きの顔を見せる男。彼もまたレイスのことを平民であると考えていたため、こんなにも丁寧に堂々と返答されるとは思っていなかったのだ。


「驚いたな。もしかして貴族の子どもかい?」


 少し警戒心を含ませた声色でレイスに問いかける。部屋に少しの緊張感が張り詰めるが、レイスはそんなことには全く気づいていないかのような陽気な声で返事を返す。


「あ、まちがえちゃったー。あ、これじゃおさなすぎるっていわれたっけ?……ゴホン。ぼ、ぼくは貴族じゃない、です。僕の名前はレイス。下級冒険者の平民、です。」


 口調を少しずつ変えた後に少し緊張しているような感じを演出するためにどもりながら話してみるレイス。だが、演技が下手過ぎた。


「お前のことはもうすでに調べがついている。俺はお前の口から何者かを聞きたいのだ。真剣に応えてくれるかな?」


 今度は少し怒気を含んだ声でレイスに問い詰める。


 しかしレイスはこのセリフがブラフを含んだものだということがわかっていた。

 なぜなら男はまだ名乗っていない段階で、自分のことをレイスと呼び、そしてその後に貴族だということに驚いていた。ということは、男は自分がレイリー・アンクだということを知らないということだ。であるならば今名乗るべき名前は一つ。


「再度申し上げますが僕の名前はレイス。7歳でEランク冒険者の平民です。それなりの教養がありますのは両親が貴族の使用人をしていたからでございます。」


 貴族の会話というのは商人との商談によく似ている。自分の手をできるだけ隠しながら、最大のメリットを得るように行動する。違うのは、皮肉をどれだけ遠回しに言うかに腐心するか否かくらいだろう。


 この戦いにおいて勝ったのはレイスである。男が知りたいのは自分の素性。そしてレイスが知りたいのは男が誰かここはどこかなどの現状。男が知りたいことは自分しか知らず、レイスが知りたいことは時間とともに解決される。ブラフが通じなかった時点で男の負けなのである。


「……はあ。分かった分かった。私の負けだ。どうしてこんなに貴族の戦い方に慣れているのか知りたいところだが、それなら先に私が情報を開示するべきなのだろう。」


 男は諦めたのか砕けた口調を使いながらレイスに話しかける。


「私の名前はメイソン・S・カプル。18歳でカブル子爵家の長男だ。そして私の目的は君が味方であることを判断したうえで、君を私の組織に所属させるというもの。だから少しずつお互いのことを分かりあっていこうじゃないか。」


 その自己紹介を聞いてうんざりするレイス。レイスがうんざりした理由は二つ。一つは跡継ぎであるはずの長男がここにいるということについて。家を継ぐなら王国内の自分の家にいるべきなのに、なぜかここドミナスにいる。レイスはこのことに怪しさしか感じなかった。


 そして二つ目がカプル家という家名に聞き覚えがあったからである。母からカプル家のことを聞いたときに最初に教えられたことは、『できるだけ関わらないほうがいい』というものである。レイスの母がそう考えたのはカプル家には黒いうわさがあったからだ。


 カプル家は代々軍部の人間であり、どの代においても優秀な指揮官または兵士を輩出してきた。それ自体はいいことである。しかし今代の当主はその戦力を誇示したいという気持ちが高いのか、領土を広げるために積極的に領土の外へ戦闘を仕掛け周辺の村や町を武力で制圧している、という噂があった。


 実際カプル家を中心に軍が周囲の村や町を武力制圧をしたことは間違っていない。だが、それが陛下の命令があったから攻めたのか、それとも噂が本当で当主が独断で暴れているのかは、王都から離れた所に住んでいるレイスの母には判断がつかなかった。


 それゆえ、関わらないほうがいいとレイスに教えたのだ。


 また、そもそもアンク家とは相性が悪いと考えたからというのも理由の一つだ。

 アンク家は武力で平民から貴族に成り上がった一族で、カプル家も武力で貴族として貢献し続けている一族。どちらにも武力に関してはプライドがあり、相いれない存在だと考えたのである。


 それを教え込まれたレイスが、カプル家の長男に怪しげな組織に勧誘されそうになってうんざりしてしまったことは仕方のないことだといえよう。だが、そんなことは一切表情に出さずに返答する。


「どういった組織なんですか?」


「それに関しては君が信用に足る人物だと判断した後にしか教えられない。」


(そんな怪しさしか感じない組織に加入するわけないじゃないか。)


 もうこの時点でレイスはこの男と話をするのが嫌になっていた。だが、話を続けないと帰してくれそうにない雰囲気だったので仕方なく話をすることに決めた。


「では先に私の本音を言わせていただきます。私はどなたかとは違って、信用を得たいときは自ら手の内をさらすなどして信用してもらえるよう努力するべきだと考えますので。

 ……話を戻しますが、私が今欲しているものは二つあります。

 一つは私の現状についてです。ここはどこでいつ帰してくれるのか今は何時なのかなどの簡単な内容を知りたいと考えています。

 二つ目は私の将来の進路についてです。いま私は家出をしているのですが、将来のことを具体的に考えずに家出してしまったため今後の見通しが立っておりません。私の現状を聞いて私に最適なプランを教えていただけたら、そしてそれに向けてのサポートをしていただければと考えております。いかがでしょうか。」


「皮肉のセンスといい君はどう考えても貴族だろ……。まあ今は追及しないが、つまり、君のことを知りたければそれに見合ったサポートをしてくれと、そういうわけだね?」


「その通りでございます。」


「随分と勝手なことを言ってくれているけど、この部屋には私と私のメイドと君の3人だけ。無理やりにでも聞き出せるという前提を忘れていないかい?」


 すごみを効かせてレイスに迫るメイソン。常人であれば彼から放たれる圧のみで卒倒してもおかしくないレベルであったが、レイスは全く動じない。


「忘れてはいませんし、この状況なら私は負けることがないと自覚しているからこそ、これほど強気に交渉をしております。私の強さをある程度はご存じでしょう?」


 さらに強気に出るレイス。レイスにとって今の発言は、少し虚勢を張ったものであったが、それでも負ける可能性は少ないと考えていた。その根拠は先ほどレベルアップしたことに気づいた【スクリク】にある。



 【再生の炎】、『炎熱無効。また、全身に火属性を付与している状態に限り、熱エネルギーを利用して損傷部分の再生可能。』



 この【スクリク】が発現したことにより、レイスが行っている天属性版身体能力強化の弱点ともいえる部分が完全なメリットとして生まれ変わることとなった。


 魔力10のうち熱エネルギーに8身体能力強化に2に変化する天属性版身体能力強化は、これにより、8の熱エネルギーを全身に常ためておくことが可能となり、損傷箇所を随時回復させられる仕様になった。

 回復に熱エネルギーを回さない間は、体内に熱を保った状態になるため、常人であれば近づくことすら容易ではない炎人間と化すことになる。この点は、服も一緒に溶けてしまうためデメリットといえるだろうが。


 攻撃されてもMPが尽きない限りは無限に再生し続ける半不死身人間となったレイスが負けるとしたら、拘束された場合のみであろう。それゆえ、逃げに徹すれば彼らに負ける可能性はほとんどないと判断したのだった。


「……はあ。本当にやりづらい子だ。自分の手札を明かしてもなお主導権を自分が握るというその手法、まったく貴族の私から見ても惚れ惚れするほどのものだよ。もうこの時点で信じてもいいんだけどね。念のため一つだけ、これだけは譲れないから答えてほしい。」


「いいですよ。」


 メイソンは少し真面目に切り替えて発言したのだが、気負うものは何もないかのように平然と許可したレイス。

 

 先ほどまでの慎重な態度ではなく急に豪胆な態度を見せるレイスを見て、メイソンはやはりこの子は普通の子ではなく何か特別な子なのだと確信した。


「ふう。ではお言葉に甘えて一つだけ。君は、王国に仇なすものかい?」


 一度息を吐いて心を落ち着けてから本命の質問をするメイソン。それに対するレイスの答えは。


「今は敵ではないですが、これ以上理不尽が重なればその限りではありません。……この答えで満足していただけたでしょうか?」


 そうレイスが言うと、メイソンはニカッと笑ってから。


「十分だ!俺がその理不尽をできるだけ取っ払ってやろう!」


 そんなことを言うのだった。




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