第6話 モーニングルーティーン中にブチ切れ案件起こす堕天使②

「え⁉ ちょ――ええぇぇえっ⁉ 何コレええぇぇえっ⁉」


 リリスは突如、錆びついた無機質の椅子に三首を拘束される。

 背もたれの頂からは大鎌を両手に携える死神が姿を現し、瘴気を漂わせると共に受刑者を見下ろしていた。

 

「これはね……レベル6の権限がないと使えない魔法で、名を【永獄拷子えいごくごうす】と言う」


 徐に立ち上がったサブロウは、ゆるりとリリスの横へ歩き出し、通り過ぎざまに拷問椅子に触れると、視界から外れるように後方のソファーへと腰かけた。


「え、えいごくコース……⁉」

「【永獄拷子えいごくごうす】だ。対象者が感じる痛みを四百四十四倍まで引き上げ、死をもたらすことなく永遠の苦痛だけを与える拷問魔術の一種さ」


 淡々と語るサブロウの表情が見えないのも相まって、リリスの恐怖心が滝のような汗となって頬を伝う。


「あの……サブロウきゅん? もしかして怒ってる? ハハ……冗談冗談……。お姉さん少し、からかっちゃっただけだから。だからね? サブロウきゅんもね? そろそろ、機嫌治してくれたら嬉しいなぁ……なんつって」

「別に怒ってないよ? それに、ちゃんと説明したじゃないか――死なないって。せいぜい、精神崩壊を起こしながら糞尿を撒き散らす程度だから安心してくれ」


 サブロウは優し気な口調のまま腰を上げ、先程とは逆の方向から拷問椅子の横を通る。

 玄関の右手にはテーブルが備えられており、その上にある三つの蕾に触れると、一番右の金に輝く蕾が花開いたことにサブロウは気付いた。


「ちょっ、ちょっ、ちょっ、ちょっと待ってサブロウきゅん⁉ ヒロインとっ捕まえて拷問とか趣味が悪いわよ⁉ わかった! 謝るから! 怒ったんなら謝るからっ! 許して、許して、許してにゃん! これで、いいでしょ⁉」

「怖がらなくていい。よくあるだろ? ヒロインを犠牲にして世界を救うって話がさ?」


 焦るリリスなど何処吹く風。

 サブロウは上を指差しながら、光の差し込む天窓の存在をアピールする。


「いや、逆じゃない⁉ 普通、世界犠牲にしてヒロイン救うでしょ⁉ それに今やってるの拷問だからっ‼ ヒロイン拷問して救われる世界の話なんか誰が見んのよ⁉」

「僕は君を犠牲にして世界を救う。それで初めて主人公になれる気がするんだ!」


 サブロウはビシッ! とリリスを指差す――ことなく、玄関から対面の壁に設置してある本棚へと指差した。


「いつになく前向き⁉ でも、言ってること最低だからっ‼ それに、なれるとしてもサイコパス系の作品にしか需要ないでしょ、それ⁉」


 拘束具をガチャガチャ言わせつつ、逃げ出そうとする受刑者を余所に、サブロウは腰を屈めて蔓かごを拾うと、リリスから見て正面のキッチンを眺める。


「じゃあ、僕はさっき収穫してきた野菜を保管庫に置いてくるよ。あ、ちなみに保管庫は玄関の扉から入ってきて右斜め向かいの部屋だ。右奥まで進めばバスルームで、その手前の階段を上がれば寝室サ!」

「だから、誰に説明してんの⁉ やっぱり怒ってるじゃん⁉ さっきから地味に部屋の描写差し込んでるし、やっぱり怒ってるじゃん⁉」

「大丈夫、大丈夫。もう粗方、済んだからさ。じゃ、ごゆっくり……」


 サブロウは余裕でリリスを見捨て、宣言通り保管庫の中へと姿を消していった。


「え⁉ ウソでしょ⁉ マジで見捨てるの⁉ ヒロイン見捨てるとか、あり得ないんですけどっ‼」


 慌てふためくリリスの動揺をトリガーとしたのか、死を齎すことのないらしい死神は瘴気を存分に纏うと、腕を子犬並みに震わせながら大鎌をメッチャ振りかぶる。


「いやいや、絶対殺す気満々じゃん‼ 大丈夫なの、コレ⁉ 話し、ちゃんと通ってる⁉」

『ア……ダイジョブッス……ジブン……ハジメテッスケド……ガンバルッス……』

「いや、喋るんかい! しかも、声小っさ! そんでもって初めてやし! 随分と謙虚な死神やのう! って、言うてる場合か⁉ あーもう! こうなったら形振り構ってられないわ! 天使の呪われし力、見せてあげる‼ 堕天使流柔術秘奥義――」


 リリスは覚悟を決めた。

 このままでは自分が祭り上げようとした男に殺されるという、アホな展開になりかねない。で、あればヒロインが持つ恥や外聞など投げ捨てるしかないと。


 リリスは溢れ出す天使の力をその身に宿し、輝かしい光を一気に解き放つ――


「【場面転換】ッ!」


 ……見事なアヘ顔と共に。

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