第13話 イケメン女子の弱点

 休日とはいえ昼間ぴるまから飲み会でもしていたのか、大学生のお兄ちゃんたちはかなり酔っぱらっているようだった。


 足元はフラフラとおぼつかないし、ベタベタと無遠慮に水嶋の肩に手を回したり、勝手にツーショット写真を撮ろうとしたりとやりたい放題だ。


「うわぁ……人間、ああはなりたくないもんだ」


 たしかに今の、思いっきり女の子らしい服装の水嶋は、もともとの顔面偏差値の高さもあって誰もが振り返るような美少女と言ってもいい見た目だ。ナンパの一つや二つあったってまったく不思議じゃない。


 にしてもあんな連中に絡まれるなんて、水嶋も災難だったな。

 まぁ、男に声をかけられるなんてあいつは慣れっこだろうし、いつもの調子でのらりくらりと上手いことかわすだろう。


 ……なんて、俺はそうタカをくくっていたのだが。


「ねぇねぇ、無視しないでよ~」

「てか、キミいくつ? 家とかこの辺なん?」

「あ……う……」


 これはどうしたことだろう。

 いつもの飄々として余裕のある態度はどこへやら。水嶋は打って変わってオドオドとした様子だ。


 フルフルと肩を震わせて縮こまるその姿は、まるで猛獣に追い詰められた小動物のようだ。本気で怯えてしまっているらしいことが、人だかりの向こうからでもよくわかった。


「おいおい……どうしちまったんだ、アイツ?」


 普段の水嶋だったら、あんなやからは「お誘いは嬉しいけど、今日は先約があるんだ。ごめんね?」なんてキザッたらしい文句でけむに巻いているところだろうに。


 さんざっぱら俺にベタベタしておいて、実は男性恐怖症でした、なんてこともないと思うが……。


「よしっ、じゃあもうさ、とりまどっか店いこう!」

「お姉さんたぶん俺らとタメくらいっしょ? 奢るから飲もうぜぃ?」

「あ、ちょ、ちょっと……!」


 水嶋が固まってしまっているのをいいことに、酔っ払いたちはとうとう彼女の腕を掴んで引っ張っていこうとする。


 いよいよ穏やかじゃない空気になってきたが、一部始終を見ていた買い物客たちは誰も助けに入る素振りを見せない。「そのうち誰かが止めるだろう」とばかりに、みんな遠目から様子を窺うだけだ。


 こりゃ……さすがにヤバいよなぁ。


「……あ~もう、しょうがねぇ」


 正直あんまり面倒ごとに首を突っ込みたくはないんだが、どうやらそんな事も言ってられない状況だ。


「ごめん、! トイレ激混みしてて遅くなった!」


 俺は意を決して人混みをかき分けておどり出ると、水嶋の腕から酔っ払いの手を引きはがす。そのまま今度は俺の手で水嶋の手を掴み、


「あ……颯太……」

「行こうぜ」

「……う、うんっ」


 それからクルリと酔っ払いたちに背を向けて歩き出す。


「え、なになになに?」

「ちょっ、ちょっ、キミ誰よ?」


 突然のことで混乱した様子の酔っ払いたちが、慌てて俺を呼び止める。

 そんな彼らのアホ面に向かって、俺はせいぜい毅然きぜんとした態度で言ってやった。


「──こいつのですが、何か?」


 ※ ※ ※ ※


「落ち着いたか、水嶋?」


 酔っ払いどもから逃げるようにしてショッピングプラザから出た俺たちは、念のためにプラザから少し離れた場所にある臨海公園までやってきていた。


 休日なだけあって公園内にもそれなりに人気はあるが、それでも街中よりはずっと静かだ。ちょうど良い感じに海風も吹いていて気持ちいいし、ひと心地ごこちつくにはぴったりだろう。


「ん……ありがとう、颯太」


 芝生の地面に腰を下ろした水嶋は、俺が近くの自販機で買ってきたペットボトルの水を一口飲んで「ふぅ」と息を吐く。どうやら、もう体の震えは収まったようだ。


「う~ん。さすがにさっきは、ちょっとビビったよね」

「みたいだったな。にしても意外だったよ。お前はあの手の連中のあしらい方くらい心得こころえているもんだと思ってたけどな」

「まぁ、たしかにいつもならそうしてた所なんだけど」


 寄せては返す波の音に耳を傾けながら、水嶋はおもむろに自分の膝を抱え込んだ。


「私、ダメなんだ……

「苦手、ってことか?」

「……うん、まぁ、そんなとこ」


 なんだか歯切れの悪い物言いが引っかかったが、それ以上は深く突っ込まないようにした。


 文武両道でカリスマJKな完璧超人とはいえ、考えてみれば水嶋だって俺と同じ高校生なんだ。苦手な物や弱点だって、そりゃあそれなりにあるんだろう。


 いくら宿敵だからって、それを根掘ねほ葉掘はほり聞き出すような趣味は、俺にはない。


「まぁ、何はともあれ大事にならなくて良かったよ」

「うん。助けてくれてありがとう。さっきの颯太、カッコよかったよ。ヒーローみたいだった」


 大分いつもの調子を取り戻したらしい。

 水嶋が隣に立つ俺の顔を見上げて微笑んだ。


「それに、さっき私のこと『静乃』って呼んでくれた」

「いや、あれは……」

「ちゃんと『私の彼氏』って名乗ってもくれたし。これはもう、両想いってことでいいのでは?」

「断じて違う。話を飛躍させるんじゃない」


 はぁ、まったく。珍しく弱気なところを見せたかと思えばコレだ。

 油断も隙もありゃしない。


「手っ取り早くあの場を収めるための方便だっての。例え相手がお前じゃなくて他の女子だったとしても、俺は同じことをしたよ」

「ふふ、知ってる」


 少し照れ臭そうに目を細めながら、水嶋がポツリと呟いた。


「……だから好き」

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