第2話 あの頃は良かったなぁ……
俺が通っている学校は、市内でも結構な進学校として名高い私立の中高一貫校だ。「自由な校風」と「世界に羽ばたく人材育成」をモットーにしているとかで、カリキュラムや学校行事なんかも、生徒の自主性を尊重したり国際色豊かだったりするものが多い。
そんな意識高い系の有名私立なだけあって、さすがにうちの学校は男子も女子もかなりレベルの高いやつが多い。
どいつもこいつも育ちの良さが外見にも表れているのか、美男美女率が高いのだ。
「アァァァァァ……」
しかし、当然だが一部には例外も存在する。
そんなキラキラ男女たちがキラッキラなスクールライフを送っている陰で、灰色の青春を送っている奴だっている。
例えばそう、いまこの1年4組の教室の隅っこで、死んだ魚みたいな目をしながらゾンビみたいな呻き声をあげている男子。こいつなんかが良い例だろう。
…………まぁ、俺のことなんですけどね。
「おはよう~……って、うわぁ! どうしたの颯太? 朝からそんな死人みたいな顔しちゃって」
俺のひとつ前の席に座った級友、
「オォォォォォ……」
「お~い? そろそろ人間の言葉を喋れ~?」
樋口が呆れ顔で肩を竦める。
「……フラれたんだ」
「え?」
「だから、彼女にフラれたんだよ! つい昨日な!」
「ありゃま。それはなんというか……ご愁傷様です」
おいやめろ。そんな可哀想なモノを見るような目で手を合わせるな。余計みじめになるだろうが。
「颯太の彼女って、特進クラスの里森さんでしょ? 清楚な雰囲気の正統派美少女って感じで、颯太にはもったいないくらい良い子だったよね」
樋口の言う通り、たしかに江奈ちゃんは俺なんかにはもったいないくらいの女の子だ。
学年で成績上位40人しか入れない特別進学クラス、通称「特進クラス」に入っている優等生だし、性格も穏やかで優しいし、顔だって超可愛い。
「たしか、中3の秋の文化祭で知り合って、冬休み明けから付き合い始めたんだよね? ってことは、まだ3か月くらいしか経ってないのか。あはは、短い春だったねぇ」
「……3か月、か」
そう。俺が江奈ちゃんと知り合ったのは、俺たちがまだ中等部3年だった、去年の11月のことだ。
うちの学校では、毎年11月の初めに文化祭を開催することになっている。
そして去年、俺のクラスは出し物として15分くらいの自主制作映画を作ることに決定。クラスで唯一の映画研究部部員だったという理由で、
そのうえ、クラスの話し合いで決まったテーマは、いかにもキラキラ男女たちが好きそうな「青春恋愛もの」。俺みたいな冴えない陰キャ男には無縁もいいところなテーマだ。
それでも陰キャなりに必死こいて青春恋愛映画を勉強し、苦労して脚本を書き上げた結果。俺たちの映画は学年で一位、中等部全体で見ても上位に入るほどの集客率を記録した。
とはいえ、好評の理由のほとんどは、ヒロインを演じた女子が男子人気の高いチア部の子だったから、というものだ。
実際、上映後のアンケートでは「ヒロインの女の子が可愛かった」とかそんな感想ばっかりで、ストーリーへの感想なんか全然なかったし。
だけど。
「この映画の脚本を書いたのって、あなたですか?」
そんな中で一人だけ、そう言ってわざわざ俺を訪ねてきた女の子がいた。
それが江奈ちゃんだった。
聞けば、江奈ちゃんも俺と同じく映画鑑賞が趣味で、休日に一人で映画館に足を運ぶこともあるらしい。
だからこそというべきか、江奈ちゃんは俺が苦労して考えた物語の構成やストーリーにも注目してくれて、「面白かった」と言ってくれたのだ。
「2組の佐久原くん、だよね。映画、好きなんだ?」
「う、うん。まぁ、映研部員だし……」
それまでまともに女子と会話したことさえない俺は、緊張してつまらない答えを返してしまった。それでも、そんな俺に江奈ちゃんは優しく笑いかけてくれたんだ。
「佐久原くんは、どんな映画が好きなの?」
「えぇっと……色々あるけど、特に好きなのはアメコミ系かな。『スパイダーマン』とか、『アイアンマン』とか」
「あ、そうなんだ。あんまり見たことないけど、たしかに男の子は好きそうだよね」
「里森さんは、その、どんな映画が?」
「私は、ディズニーみたいなアニメーション映画が好きかなぁ。……えへへ、ちょっと子供っぽいかな?」
文化祭をきっかけに、俺たちは時々そんな風に二人で仲良く映画談義をするようになった。
やがては休日に一緒に映画を見たりするようにもなり……。
「私、佐久原くんのことが好き」
冬休みが明けた今年の1月、俺は江奈ちゃんから告白された。
俺みたいなオタク気質の冴えない陰キャ男が、こんな清楚で可愛い女の子に好きになってもらえるなんて、きっと一生に一度すら起こらないような「奇跡」だろう。
「私と……付き合ってください」
もちろん、俺は二つ返事でOKした。
そうして俺たちの交際はスタートしたのだった。
──そんな人生のピークみたいな幸せな時間が、わずか三か月後には終焉を迎えることになるとは、もちろんこの時の俺は知る
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