21.(★一方その頃)勝手に惚れなおされるアイリーン

さて、アイリーンが自分らしく生きるための拠点として、秘密裡に作っていた喫茶「エトワール」であるが、婚約(志願)者のキース王太子や護衛責任者のクライブ副騎士団長、家族同然の義弟のバスク。そして、女性独自のネットワークにより、アイリーンがお洒落なカフェを開店させることを事前に知っていたミーナリアは、図らずもお店で偶然出会うことになった。


それなりの身分であったり、またアイリーンから追いかけ回していると思われては印象が悪いのでは、という計算などもあって、全員が偶然にも似たような変装していた。帽子を目深まぶかにかぶったり、分厚い前髪で目元を隠していたりと、顔がよく見えない恰好をしていたのである。


だが、仇敵(恋敵)の臭いは離れていても分かるもので、顔を付き合わせた瞬間、彼らは相手が誰かを悟るのと同時にその思惑を看破した。と、同時に自分の思惑も知られたことを悟ったので、凄まじい居心地の悪さを感じたのであった。


「なんであなたたちがいるんですか? 特にクライブ。あなたはあくまで警備責任者として統括の立場だ。わざわざ直接、店中で護衛する必要はないのでは?」


「いえいえ。まずは責任者として我が美しき鳥が作られた素晴らしきカフェを堪能……ではなく、その地の利を把握しなくては。でなければアイリーン様の守護に支障が出ます。はっはっは。それより殿下は重要な仕事がいくつかあったはずでは?」


「今日のために徹夜で片づけました。婚約者の大事な記念日に来ないわけにはいきませんからね。とはいえ、王太子がおおっぴらに来るのはまずいですから……仕方なく変装してきたわけですが。まさか、あなたたちまでもとは」


キース王太子は呆れた表情でクライブを見た後、バスクとミーナリアの方も見た。


だが、バスクもミーナリアもにっこりと微笑み、


「キース様もクライブ様も本日は姉のカフェにお越しいただきありがとうございます。忙しい姉に代わってお礼申し上げます。ご友人として、また仕事としてご足労頂いたこと感謝の念に堪えません」


「いえいえ、婚約を予定・・している者として当然ですよ。友人などと他人行儀に過ぎるというものです、弟君」


キースがやはり微笑を浮かべて返事をする。そこにミーナリアが、


「とりあえず着席いたしませんか? せっかくアイリーン様の素敵なお店が開店する記念日なのですから。ここはお互いに今日という日をお祝いすべきだと思うのです」


と言った。なお、これはお互いが抜け駆けなどをしないでおきましょうね、という提案にも偶然なっていて、妥当な落としどころであったため、


「それは素晴らしい提案ですね」


と、全員にこやかに頷いて、いそいそと端っこのテーブルに座ったのであった。


ただし。


バチバチバチバチバチ! と、リラックスした店内の中で唯一、彼らの周りにだけ妙に緊張感が走っていたのであるが。


さて、そんなこんなで気まずさMAXの彼らであったが、それはともかくとして、価格帯が高めで料理の質が良く、また客層も良く、カフェとしては十分すぎるほどくつろぐことが出来る良いお店だと、素直に思っていた。内装も珍しいインテリアであるが、奇抜というより最新の流行を先取りしているということが伝わってくる。


そして時折、ホールに姿を見せるアイリーンを見ては、


「似合いますねえ、さすが僕の婚約者です」


「さすが私の美しき鳥ですね」


「さすが僕の姉さんだね」


「さすが私のアイリーン様です。とてもお奇麗ですね」


と言う感じで、かなり癒されていた。ありていに言えば、かなり満足していた。


昼も過ぎ、余り長居しすぎるのも怪しまれるし、席を占領しすぎるのもお店にとって良くない。というわけでそろそろ退店するか、と思い始めたその時、事件は起こった。


「おい! なんだこのワインは!!」


ホールに怒号が飛んだのである。


怒鳴った客は禿頭はげあたまの男で、顔を真っ赤にして怒りをあらわにしていた。どうやら、ワイングラスにコルク片が入っていたということらしい。最初は一人の従業員が対応していたが、すぐにオーナーのアイリーンが丁寧に対応を始めた。物怖じせず、丁寧な対応はさすが公爵令嬢と言うほかない。しかも、(本人に自覚はないが)とんでもない美人でもあるので、他の客たちはむしろアイリーンのその凛とした姿に見ほれていた。


一方の怒鳴った客は、ヒートアップしていき、ワイングラス片手に、アイリーンに食って掛からんばかりの勢いになってきた。


「そろそろ、危ないですかね?」


「はい、お任せください、殿下」


キース王太子とクライブがそろそろ騒動を収めるために行動しようか、とそう思った時である。


「お客様。そちらのワインですが、確かにコルク片が入っていたのですね?」


「そ、そうだ! だから俺は怒って……」


「そんなことはありえません。当店はお客様に最も新鮮なワインを提供することを旨としています。だから、ワインの提供方法にこだわりがあります。何せ樽出しですから」


「なっ⁉」


「つまり、コルクは使っていません。ワインボトルに封をする必要がないのだから当然ですね? では、そうすると一つ疑問が湧きます。分かりますか? そのコルクは誰が入れたのか、ということです。お客様、ご存じなのではありませんか? もし宜しければ、あなたの手持ちのかばんや服装をチェックさせて頂き……」


「し、知らん! 風か何かで入ってきたんだろう! 俺は何も知らんからな!」


そう、その客は叫ぶと、急ぎ足で退店しようとする。だが、アイリーンはいつも通りの余裕のある様子で、


「あっ、お客様、お勘定をお忘れですよ?」


と言ったのである。客は舌打ちをして、その男がカウンターに代金を置く。


だが、もう少し懲らしめた方が良いと考えたクライブは少し声音を変えながら言う。


「おい、待て! 店主に謝るべきではないのか」


しかし、


「大丈夫ですよ。行かせてあげてくださいませ」


アイリーン本人にそう言われてしまっては、余計なお世話と言う者だ。素直に言うことを聞いて席に座る。正体もばれないように気を付けながら。


そのあとは、今の毅然とした見事な対応に感激した他の客たちの拍手喝采が巻き起こった。アイリーンは照れていたが、一番興奮していたのはもちろん、この4人である。


「見てましたか? あれが僕の婚約者ですよ。美しさと共に優しさも持ち合わせている。まさに国母となる器をひしひしと感じさせますね」


「あの凛としたたたずまいは、まさに剣を捧げるにふさわしい方だ。さすが我が美しき鳥」


「さすが姉さんだ。ずっと将来も一緒にいる者として、鼻が高いよ」


「あの時、私を助けて下さったときと同じで、凛々しくて美しくて、本当に素敵な方だと思います」


熱っぽい口調でアイリーンの雄姿をたたえ合うのであった。


そんな感じで、彼らからの死亡フラグを回避するために、せっかく作ったカフェだったのだが、その意思に反し、またしても勝手に惚れなおされてしまっているアイリーンなのであった。もちろん、彼女がそのことを知るはずもなかった。

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