6.王太子殿下、再来!

「いやぁ、話を聞いた時は心配しましたよ。でも、アイリーン、君が無事で本当に良かった」


「あ、あはは。そうですね」


私は頬を引きつらせながら、何とか作り笑いをすることに成功していた。


いや待て、一体なぜこうなった。


何で療養中の私のベッドの隣に、まさしく我が物顔と言う感じで、キース=シュルツ王太子殿下が椅子に座って、手ずからリンゴなどをいているのだ?


「ほら、我が国の最高級品を取り寄せましたから、遠慮なく召し上がってくださいね」


「あ、ありがとうございます。おほほ」


ま、まあいい。


私は焦っていることを隠しながら、何とか返事をする。


「そ、それでは頂きますね」


そう言って、フォークで取ろうとする。だが、


「けが人にこのような重い物を持たせるわけにはいきませんね。さあ、どうぞ」


「は?」


ピシリ! と私は固まってしまう。


「アイリーン、早く食べて下さい。腕が疲れてしまうでしょう?」


ニコニコと柔和な笑みを浮かべる王太子殿下。


しかし、その声音には、『まさか断ったりしませんよね?』という圧がある!


間違いない!


王太子殿下って少し腹黒だ!


でも、えっと、王太子殿下ってこんなキャラでしたっけ?


なんか前の人生では、もっとスマートっぽい仕草しか見たことなかったんだけど……。


「ほらほら、アーン」


くそう!


リンゴを王太子殿下に剥かせたうえに、食べるのを断ったりすることなんてできる訳ないじゃない! これって職権濫用では⁉⁉


そんなことを内心叫びつつも、しぶしぶながら、口をフォークに近づけて、リンゴを食べた。


「どうですか? おいしいでしょう?」


(味なんかしないわよー!)


と言いたいところを我慢して、


「は、はい! もちろんです。さすがクエラルン領のリンゴですね!」


そう答えた。


「そうでしょう、そうでしょう。なら、まだまだありますからね。はい、あーん!」


しまった! はめられた!


将来浮気するこの一見イケメンのクズ王太子殿下とは、出来るだけ距離を取ることをモットーにしているのに、なんでこんなことに……。お願いだから近寄ってこないでくださいよー!


そう、そもそもどうしてこんなことになっているのかと言うと、それは、先日の『カフェ襲撃事件』(たった今命名)にさかのぼる。


幸いなことに、私はクライブ副騎士団長に救出された。


そして、あの事件の首謀者探しが始まったのだが、いまだ発見することが出来ていないのである。


公爵の娘をかどわかしたのだから、公爵家としても、また王家としても、全力を挙げて捜査をしてくれた。だが、あの賊たちの記憶からは首謀者の具体的な名前や年齢、容貌などの記憶がすっぽりと抜け落ちていて、その上、自分たちがなぜあんなことをしたのかすら、覚えていないのだという。


陰謀の匂いがぷんぷんするのだが、でもなら、どうして私なんかが狙われたのかが分からない。私なんてただの貴族令嬢に過ぎない訳で……。


ただ、そんな不穏な状況と、それに巻き込まれた私は多少のけがをした(と言ってもかすり傷程度なのだが……。お父様が非常に心配されてベッドでしばらく安静にするように言われているのだ)。その話を聞いて、真っ先に飛んできたのが、このキース王太子殿下であったというわけだ。


「君を傷つけた奴を許すつもりはない。絶対に探しだす。だから待っていて欲しい」


そう手を握りながら言われたのだが、


(いや、でもあんた将来私を殺しますよね?)


という内心のツッコミが止まらなかった。そして出来ればお近づきにはなりたくないので、捜索は公爵家だけに委ねて欲しいんだけどなー……。ただ、とはいえ、公爵家の娘が狙われたのだから、王家としてもメンツがある。というわけで、こうして王太子殿下は時々私の部屋に来て、捜査の進展具合を教えてくれたりするようになったのだ。


「あの、王太子殿下。別に殿下自らご報告いただかなくても大丈夫ですよ? 部下の方や、書面でも結構ですので……」


「ははは。君の気遣いは嬉しいが、大事な君を傷つけようとした相手の捜査に関することだ。正確を期すためにも、王太子たる僕みずからが出向くのが確実だろうからね」


(いやいや、そんなことあるわけないでしょうが! それにそんなに暇じゃないでしょう、あなた⁉ それくらいは知っているんですからね。なのに、なにゆえ構ってこようとするのか⁉ 前の人生ではもっとクールだったはずでしょう⁉)


ああ、ツッコミが止まらない。


最近は内心の超連続ツッコミがちょっとクセになりつつあると自覚する私である。


「はい、あーん」


「むぐむぐ」


ただ、慣れてきて味が分かるようになってくると、実際にリンゴは美味しいし、洗練された所作でアーンされるのは悪い気持ちではなく、つい流されてしまう私なのであった。うう、イケメンなうえに、私が食べただけで嬉しそうにするその屈託のない笑顔がまぶしい。


(いやいやいや! ほだされてはいけない。ちゃんと距離を保たなければ。今回の人生は、自分で決めた人生を生きるのだ! 決して他人に自分の人生を委ねて後悔なんてしないんだから! おー!)


内心でもう一度気合を入れる私である。


「ああ、それとですね。今日はプレゼントを持ってきたんですよ」


「え? プレゼント、ですか? でも別に何の記念日でもありませんが……」


誕生日はもっと先だ。


「ケガが大したことがなかったので、その記念ですよ。大切な君が大けがでもしていたらと思うと、ぞっとします」


な、なんという殺し文句。このかっこいい容姿で朗らかに言われると、普通はコロっと行ってしまうかもしれない。良かった、前世で耐性がついていて。おかげでこうやってグイグイ来られても問題ない。


問題ないったら、問題ない。


「ありがとうございます。ですが、お越しいただいただけで私は満足ですので……」


「これなんですが」


(無視⁉)


殿下はニコニコしながら、美しい包装を解く。


「あ、奇麗」


私は思わず微笑みを浮かべてしまう。それは美しいブルーサファイアのネックレスだった。華奢な銀線細工が施されており派手さはないが、見る人が見ればそれとわかる一級品だった。私は派手なものより、こういう職人の腕が垣間見える服飾が好きだった。


「良かった。気に入ってもらえたようですね」


「あ! えっとー……」


「気・に・入・っ・て・く・れ・ま・し・た・よ・ね・?」


おお。


これが王太子殿下の本当の圧か。


将来、国王になる方からの圧を真正面から受けて、首を横に振ることなどできる訳がない。


それに、これは本当に私がどういったものが好きかを考え抜いて、王太子殿下みずからが選んでくれたものだということが分かる。だから、将来私を殺す浮気者のクズ王太子殿下とは言え、今のこの気持ちは本物なのだ。


ううー、本当は距離を取らないといけないのだけどもー。


でも、その気持ちはとてもうれしかったのも確かだった。だから、


「ありがとうございます、殿下。大切にしますね」


私は今日初めて、本当の笑みをもって、返事をかえしたのだった。


すると、


「……まずいな。本当に本気になってしまっているようだ」


何か殿下がおっしゃった。


「あの、何か?」


「いえいえ。なんでもありませんよ。おっと、もう時間ですね。すみませんね、バタバタとしていて。いくつか重要な会議を延期しているのですが、さすがにこれ以上は遅らせられません、ははは」


「笑いごとじゃないですよ⁉ そっちを優先してくださいませ⁉」


思わず声にだしてツッコんでしまった。


王太子殿下は私のツッコミに嬉しそうにしながら、退室していったのです。


「はー、どうしてこうなった……」


私は手元に残されたネックレスを見ながら、大きなため息をつく。


カフェを経営して自立して、あの浮気男とその仲間たちから距離を取るという計画が、裏目に出てしまっている。むしろ、ケガをして心配されて前回の人生より距離感を詰められているような気が⁉


「い、いやいや! ま、まだ大丈夫よ、アイリーン。うん、大丈夫! 殿下だって今だけだわ。これから距離をぐっと離すようにしていけば、婚約話もこのまま立ち消えになるはず!」


私は自分を鼓舞こぶした。


「もう騙されない。どんなに素敵なプレゼントをもらったって、ほだされたりしないんだから! 大丈夫よアイリーン、カフェを作って自立した人生を歩むんだから!」


私はネックレスを握りしめながら、ベッドの上で「えいえいおー」と叫ぶのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る