3.カフェの経営者になりたくて
「何? カフェの経営をしたいというのかい、アイリーン?」
「はい、お父様。お願い致します」
「ううむ」
書斎で執務をしていたお父様の元を訪ねた私は、お願いごとを切り出していた。
そのお願いごとに対して、お父様は予想通り、目を白黒させている。
そりゃそうよね。だって、お願いごとというのは、
「どうしていきなりカフェの経営なぞしたいと思ったのだ?」
そう『カフェの経営をしたい』というものなのである。
公爵家の娘がカフェを開きたいというのは余りに珍しい話であるし、そもそも、
「それに余りに唐突なような気がするのだが。どうしてそんなことを急に思ったんだい?」
余りにも急な話だとお父様は感じたようだ。
(そりゃそうでしょうね……。そもそも前回の人生でやりたいと思って計画だけ、色々練ったり、調べたりしてたけど、実際には王太子殿下との婚約や社交、妃教育が余りに多忙で、実現できなかった事業なんですもの)
だが、今回の人生では、自分のやりたいことをするんだって決めた。
自分の人生を他人に決められるのはうんざりだ。だから、自立して自分の人生を取り戻したかった。そのやりたいことがカフェの経営だったのだ。
「お父様が驚かれるのは当然かと思います。私は今までとても素直にお父様のご指示にしたがって来たつもりでもあります。それは決して嫌だったというわけではなく、愛情をもって、導いて頂いたのだと理解しています」
「ふむ」
私は真面目に言う。これは本心だ。人を動かそうとすれば何よりもまず真心と誠実さがいるのだ。
もちろん、可愛い娘としてお父様におねだり、みたいな風にお願いしてもいいのかもしれない。だが、それはお父様の温情とか、手の平の上で、貴族の娘が遊んでいる域を出ないだろう。
そうではなくて、私は自分で人生を歩きたかった。そのために自分のお店を持ちたかったのだ。
「お父様、私は世間を何も知らない公爵令嬢として生き、誰かに嫁ぐような人生は嫌なのです。僅かな時間かもしれませんが、私は自分の人生を自分で歩いてみたい。だから、自分のお店を経営したいのです」
「ふーむ、なるほど」
お父様は目をつむる。真剣にものを考えられる時の仕草だ。
お父様……。ベネディクト=リスキス公爵。王家からも信頼の厚い、極めて有能な方だ。ベネディクト公爵の意向が王家に与える影響は極めて大きいと言われている。そうでなければ、王太子殿下が私と婚約するような話はそもそも起こらない。
それにしても、よく王家と公爵家公認が婚約関係にあったにもかかわらず、子爵令嬢がその間に割って入るようなことが出来たものだ。
と、そんなことを考えていると、お父様が口を開いた。
「経営計画はできているのかな? 土地に当てはあるのかい? 運転資金はどうするつもりだ? 人員の確保などは?」
「経営計画は書面にまとめています。最初は固定費の償却で赤字ですが、2年目からは黒字が出せる予定です。土地はリスキス公爵家の持つ土地を貸していただけるとありがたいですが、難しいなら第3候補まで考えています。その場合は黒字化は3年後になるでしょう。運転資金はこれまで品位維持費などで購入してきた貴金属類などを売却するのと、公爵家の名前を使用してお金を借ります。人員は好景気ですから、少し不足気味になっていてやや賃金を上げないといけないと考えていますが、採算上はペイするかと。詳細は
「ふむ」
お父様は厳しい目でそのページをパラパラと見ていく。それは公爵領を預かる責任者としての目線だった。領地にある商業施設については全て把握しているのが、この目の前のお父様なのである。
そして、
「少し計画に
「あっ、えっと。それは……」
しまった~!
未来を知っているものだから、つい、景気の部分を確定的に計画書に盛り込んでしまったのだ。今後3年間は少なくとも公爵領は好景気なのだ。だから、そのあたりを楽観的に書きすぎたのである。
えっとえっと、
「今のところ突発的な戦争などもないので物価は安定しています。王家が目を光らせていますから、しばらく大きな内乱もないでしょう。王室の
どうだ⁉
「ふむ、まぁそうだな。父さんも同じ意見だよ」
よっしゃ!!
「じゃ、じゃあ」
「うむ。だが一つ大きな問題がある」
お父様はこれまでで見た中でも、最大の困りごとといった顔で言った。
「私の可愛い娘がもうこれほどの才覚を備えるほど成長していたとは、お父さんは寂しい! いつまでも可愛い子供でいて欲しいと思っていたというのに‼」
ただの親ばかだった。
「えーっと、それで答えは……」
「良い。十分に経営として成り立つだろう。また人を使うのが貴族と思われがちだが、まずは本人が現場に立って、現実をしっかりと直視することも、将来統治する立場になる者にとっては良い経験になることは間違いない。資金を公爵家に頼る予定がないところも気に入った。お前の言う通り、人生とは切り開くものだ。土地は公爵家の所有している場所を貸し出そう。だが、それは甘やかしているわけではない。公爵家としてもちゃんと回収できる利のある話だからだ。だから、自分の手でしっかりやって行ってみなさい」
「は、はい、ありがとうございます。お父様!」
私はホッとする。あっさりと了解が取れたので安堵したのだ。でも、
「本当は認めないつもりだったんだがなぁ……」
お父様がポツリと言った。
へっ? どういうこと? あんなにあっさり認めてくれたのに?
私が首をひねっていると、
「お前が自分の人生を生きたいという気持ちが良く伝わってくる経営計画書だったからね。それを応援してやりたくなったんだよ。だからね、アイリーン。もし困ったら、頼るんだよ? お父さんはもちろん、お前のやりたいことを応援する。だが、私たちは家族なんだ。困ったら頼って欲しい」
「お父様。いえ、こちらこそありがとうございます。お父様がいてくださるというだけで、どれほど心強いか分かりませんわ」
「そうかそうか。うむうむ。お父様はまだまだ、いらない父親ではないということだな!」
お父様は満面の笑みを浮かべる。
あれー? お父様ってこういう性格だったのか……。
優しいけれど、難しい顔をよくしている堅い性格かと思ってたけど、結構チャーミングなところもあったのね。
「では、早速明日から計画を進めさせてもらいますね」
善は急げだ! ああ、夢のカフェ経営が待っている~♪
「分かった。許可は下ろしておくので、存分にやるといい」
「はい、ありがとうございます、お父様!」
こうして、私のカフェ経営者の夢は現実へと一気に近づいたのでした。
誰かに人生を左右されるのではなく、自分で自分の人生を切り開く。そのための第一歩であり、その牙城が、このカフェなのだと私は確信していたのです。
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