●黒井姫子を探さない

「ごめん、雪……やっぱり俺は……」


 俺は正直な気持ちを口にした。

 最初こそ、雪は戸惑いの表情を浮かべた。

でもすぐに、いつも柔らかい表情に戻って、俺へ身寄せてくる。


「うん、分かった。困らせてごめんね。やっぱり、私ってちょっと変なんだね……」


「雪は全然変じゃないよ。人を思いやれる優しい人だと思う。だけど俺は……」


 黒姫子が心配というよりも、いつまでもアイツのことを赦せないでいる、自分自身の器の小ささに嫌悪感を覚えているというかなんというか……


「私もね……わかるよ。その気持ち」


「えっ?」


「私だって、もし、今目の前に中学の時に私をいじめていた人たちが現れた、ヘラヘラできないと思う。だって、あの時、すごく苦しかったから……今でも時々、夢に見ちゃうくらいだし」


 どうやら嫌なことを思い出させてしまったらしい。

申し訳ないことをしたと思って、雪を少し強めに抱きしめた。


「もし、また雪に悪さをする連中が現れたら、俺が守ってやる。もし嫌な夢をみたら、夜中でもなんでもいいから、電話かメッセージをくれ。寝られるまで、ちゃんと話聞くから」


「ありがとう。頼もしくて、カッコいい彼氏だなぁ……もう絶対に離さないからね?」


「離れる気なんてさらさらないけどな」


「えへへ。嬉しい……武雄くん、これからは失った時間の分、いっぱいいーっぱい、幸せになろうね?」


「もちろん! 俺の雪のことを幸せにするって、改めて誓うよ」


 俺と雪はどちらともなく、唇を寄せ合った。


 互いに深く舌を絡め合い、何度も互いの唾液を交換し合って、そのままベッドへ縺れ込んでゆく。 

 

 何度雪とこういうことをしても、全然飽きなくて。

むしろもっと雪が可愛く見えて。

雪も、俺に応じて愛情を振り撒いてくれて。


 大好きな人がこうして身体を許してくれる。

自分のことを深く愛してくれる。

そして俺自身も、何も我慢することなく、雪を無条件で愛し抜く。


「武雄……くんっ! 武雄っ……!」


 雪は何度も、俺を嬉しそうに呼んでくれる。

俺もその度に、雪の耳元で名前を囁く。


 これが本来の恋人同士の在り方だと思った。ずっと俺が求めていた恋人関係だった。

それを雪は教え、そして与えてくれた。

 もう、この子以上の恋人は二度と現れないと確信できる。


 だからこそ、黒井姫子との交際は異常なものだと改めて思った。


 多少、昔のよしみで、アイツの現状を憂う気持ちがあるのは確か。


 だけど俺はアイツに、高校時代の3年間という貴重な時間を奪われたんだ。

だからわざわざ俺が手を差し伸べてやる必要はない。


 黒井姫子は罰せられて当然のことをこれまでしてきたんだ。


 罪を犯したならば、罰を受けるのは当然だと思う。


 だからこそ、この決断は間違っていないはず。


「武雄くん……」


「ん?」


「この間ネットでみたんだけどね……今夜は……着けなくて大丈夫、だよ……?」


「……バーカ。んなことするか。もしもがあっちゃいけないし……大事な雪の身体に今はそんなことしないって」


「武雄くん……」


「そういうのはいつか、お互いに責任が取れる立場になってからな?」


「そうだね。ありがとう。嬉しい……ごめんね。男の子、そういうことに興味があると思って、私……」


「こっちこそありがとう。いつも気をつかてくれて嬉しいよ」


「ううん、良いの。武雄くんのことが私に取っては一番だから……!」


 こうして俺と雪は、この日を境にお互いに黒井姫子のこと気にしないと決めた。

だからこそ、数日後、 アイツが起こしたあの凄惨な事件の知らせを受けても"馬鹿なことをしたな"としか思わなかった。


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