第35話 ダンスパーティー

「うっわぁ〜! 凄い大きさ」



 魔動列車から降りた俺たち、フエルが感嘆の声を上げて屋敷を見上げる。

 なるほど、確かにこれは大きい。

 宮殿と言われても違和感がないぐらいだ。



 左右対称の構造に広い庭園、アーチなどがあしらわれた高級感の漂うデザイン。

 見た目はかなり古風だが平均的な貴族の屋敷よりも大きく、大勢の学生たちが宿泊したりイベントを行うに相応しい造りだ。



「結構な長旅だったけど、どんなことをするんだかな」



 その後は引率の先生たちに案内されて中へと入っていく。

 まずは大広間に全員が集められた。



「えー、皆さん。今日から王立魔法騎士学園ナイト・アカデミアの1年生、2年生合同イベントが始まります。学友たちとの楽しいひと時となるよう、私たち教員も…………」



 ハルファス教頭が長話を始め、場の雰囲気は何とも言えないものになる。

 特に先輩の2年生たちからはさっさと終われと今にも言い出しそうな感じだ。

 というか先輩たちは見るとソワソワしている様子が伝わってくる、今夜何をするか知っているのだろうか?



「ではそろそろ日も暮れてきましたのでまずは夕食の時間をとりたいと思います、大食堂に移動します」



 指示に従い移動する。

 食事の内容は普段から学園の食堂で出されるレベルのものと遜色ないくらいだった。



 食事を済ませたあとに大広間に戻ると、ハルファス教頭から再び話が始まった。



「えーゴホン……今日は1年生の皆さんは何をするのかとお思いかもしれませんが、2年生の皆さんはもう知っているでしょう」



 はからずも俺の推測は当たっていたようだ。

 しかし具体的には何をするのか。



「今夜は―この大広間でダンスパーティーをします」



 2年生の先輩たちから歓声が上がった。

 待ってましたとでも言わんばかりの興奮である。



「だっ、ダンスパーティー?」



 思わずフエルが間抜けなオウム返しをする。

 これはまた随分と予想外な行事だ。



「だ、ダンスなんて……ど、どうしましょう……」



 ローディはオロオロと困惑気味にまごまごしていた。

 2年生のあの歓喜ぶりとは対照的である。



「えーゴホン……これは確かに皆さんが羽目をある程度外してもよい限られた機会ですが……誇り高き王立魔法騎士学園ナイト・アカデミアの生徒として決して品位を欠くことのないよう、賢い選択をしてください。そしてダンスのパートナーですが、皆さん誰と何回踊っても全く自由です、気になる異性と距離を近づけるチャンスでもあります。では―」



 話を終えて壇上から降りたハルファス教頭、そうしていると大広間に音楽が奏で始められる。

 周りを見ると積極的な男子生徒たちは動き出し、女子生徒もコソコソと話し合ったりキャーキャーと騒ぎ出した。

 そして誘いが成立した男女は直ぐに中央に行って踊りだした。



「なるほど、さっきから2年生たちが熱を持っていると思ったらそういうことだったのか」



 ヴェルはいたく冷静な様子だが、動揺を隠しきれていない。

 腕を組みながら指をえらく速いスピードでトントンと上下させている。



(……というか、俺もどうすりゃいいんだ)



 今更だが俺はダンスなどした経験は一切ない。

 貴族の嗜みとしてこの場にいる他の学生たちはしたことがあったり、教えられたりしているのだろうが……。



「ゆ、ユーズ」



 ヴェルがいつもより小さい声量で話しかけてきた。

 振り返って見るとその顔は頬が赤みを帯びており、目はこちらを見つめていると思ったら泳ぎだしたり……つまり何かを言いたげである。



 正直に言えばこの様子の彼女は凄くかわいいというか、普段の格好いい彼女とはギャップがある。

 そして彼女が言いたげなその内容も察せられるのだが、どうにも言葉に出ない。

 だが俺も男だ、覚悟を決めた。



「踊ろうか、ヴェル」



 その瞬間、ヴェルの表情がパァッと明るくなったように見えたのは気の所為ではないだろう。



「……俺、ダンスのやり方知らないんだけどね」



「いいさ。私と一緒にしていれば直ぐに慣れる」



 ヴェルに手を引かれ、俺たちは前に出る。

 最近新聞部に報道されたせいで少し有名になったからだろうか、周りの視線が集まっているような気がする。



 ヴェルも緊張しているのか、少し震える手で俺の両手を掴んで一方を彼女の腰に、もう一方をしっかりと握った。



 ダンスは始めての経験だったが、やってみるとそう悪いものではないなと思った。

 終始彼女にリードしてもらってはいたが、している内にリズムや動きが段々とわかってきた。

 そして何より彼女の美しい顔を間近で見ながら共に踊れるという幸福を噛み締めていた。



「……」



「ローディさん?」



「あっ、いえ、どうしたんですか? フエル」



「いや〜どうしようかと思ってさぁ。僕って全然こういう経験ないから……」



 ローディは踊っているヴェルとユーズを見ながら何か複雑な思いを抱いていた。



(……何なんでしょうね。喜んでるヴェルを見るのは嬉しい筈なのに……)



 フエルはそうしたローディのいつもと違う様子を心配して話しかけてきたのだが……。



「えっ!? ぼ、僕と踊りたい? ほ、ホントに!?」



 他クラスの女子生徒から誘いを受けたフエルは直ぐ様向こうへと行ってしまった。

 そんなことをしているとヴェルとユーズが戻ってくる。



「あっ……。ヴェル、ユーズ、どうでしたか?」



「あぁ、最高だったよ」



「俺もダンスなんて初めてなんだけどヴェルが上手いから楽しかったな」



 2人は身体を動かしたからか、やや頬が紅潮している。

 ヴェルはローディを見たあとに少し黙って考えるとユーズに耳打ちした。



「?」



 その後ローディは思いもよらないことを言われた。



「ローディ。その……俺と踊らないか?」



「えっ? …………い、いいんですか?」



 ローディは困惑しながらヴェルに確認をとると彼女は頷く。

 少し躊躇気味だったローディだが、直ぐに笑顔になってユーズの手を取って前の方へと出ていった。



「……」



 2人を見送ったヴェルはテーブルに置いてある水をグラスに注いで口にした。

 すると知らない男子生徒が近づいてくる。



「あの〜君、俺と一緒に踊らない?」



「悪いな、今は休憩中なんだ。他を当たってくれないか」



 そういって一蹴された男子生徒はポリポリと頭を掻きながら向こうへ行ってしまった。

 客観的に見てもルックスは悪くないのだが、ヴェルの関心を引くことはできないと悟ったのだろうか。



 その後もヴェルは何人もの男子生徒からの誘いを全て断り続け、ユーズとローディが帰ってくるまでテーブルに腰かけていた。






________






「ね、ねぇ何か随分と大広間から離れちゃったけど大丈夫かな?」



 フエルは彼を誘った女子生徒と共に大広間から離れ、誰もいない廊下まで来ていた。

 彼女は艶のある黒髪ロングの美少女であり、笑顔が非常に可愛らしい。

 学園新聞に載っていたフエルが気になって誘ったと言っていた。



「大丈夫ですよ、それに……誰もいないところの方がいいですから」



(……!! はッ!? もしかして……告白!? ど、どうしよう!! こ、心の準備がッ!)



「じゃあ少し……目をつむっていてください」



(や、ヤバい!! どうしよう!)



 人生の中で最も動悸が激しいフエルは彼女に言われるがまま目をつむった。

 だが次の瞬間―



 鈍い音と共にフエルは床に倒れ込んだ。



(ッッッ……!)



 ドクドクと額から血が出ている。

 全くの無防備から頭を殴られたのだ。



「おいおい、あんまりにもチョロすぎねぇか? こんなんが金の星褒章スターバッジ持ちかよ?」



「あっははは! 笑い堪えるの凄い大変だったんだからね、コイツ本当簡単に着いてきちゃってさ」



(う……な、何なんだ……? これは……!)



 視界を取り戻して見上げると、厳つい顔の男子生徒がいつの間にかロッドを片手に立っていた。

 短めの茶髪を上げており、右の目元には生々しい傷が入っている。

 バッジを見るとブラッククラスの人間のようだ。



「ま、テメーに恨みはねぇんだが俺たちが欲しいのはお前の褒章バッジよ。貰ってくぜ」



「うぐっ!」



 フエルは胸元を掴まれて強引に身体を起こされた挙げ句、無理やり持っていた褒章バッジを奪い取られてしまった。



「おーよしよし、ちゃんと持ってるじゃねーか。……おいお前」



「……」



「お前のツレのユーズとかいうやつを連れてこい。そうすりゃこれ以上はお前に手は出さねぇ」



 首を掴まれながらフエルは脅迫されていた。

 しかし……。



「い、嫌だ! 僕は……お前らみたいな悪いやつに友達は売らない……!」



 フエルの言葉を聞くと厳つい男子生徒は額に青筋を立てた。



「うーわ、キモっ。ねぇ早くこんなの片付けちゃってよ」



「ああ……そうするわ。死にやがれゴミがっ!」



 フエルは目をつむった。

 だが予想していた衝撃は来ず、むしろ身体がフワリと宙に浮いた。



「……えっ?」



 目をうっすらと開けると男子生徒は吹っ飛ばざれ、自分の身体は誰かに支えられていた。



「フン……貴様らが最近ウワサになっている褒章狩人バッジハンターとかいう連中か。悪いがコイツは見知った顔でな」



「あ……アリウス君!?」



 フエルを助けたのは何とアリウス・ハイランドだった。

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