第33話 完走

 地下迷宮ダンジョンの攻略、それは王立魔法騎士学園ナイト・アカデミアの数ある授業でも大きな危険を伴う難易度の高いものだった。

 天才や逸材と呼ばれる学生であってもチームをまとめ上げて最下層の10階までたどり着くのは容易なことではない。

 ましてや1年生は良くて記録は3、4階であり、最高でも5階とされてきた―だが。



闇雲ダークブロウ!』



『荒鷲!』



 今日その歴史は変わるかもしれない。

 ユーズの右手から魔力がパキパキと音を立て、その力が解放されるときを待っていた。



氷柱槍アクティ・クリスタロス!!』



 目の前に現れる敵たちを的確に―かつ迅速になぎ倒す。

 もはや暗殺人形オートマタだろうがゴーレムだろうが毒蜘蛛だろうが関係なしだ。



 フエルが真っ先に感知し、ヴェルが先制攻撃。

 俺が守りと攻撃サポートを行い、ローディは明確な弱点をついて倒す。

 理想的なコンビネーションはこの下層8階においても全く変わらずだ。



「でもちょっと……疲れましたね。正直魔力が残り少ないです」



「ご、ごめん……僕もそろそろヤバいかも……」



 フエルとローディのスタミナが切れかけてきた。

 ヴェルも気丈に振る舞ってはいるが、実際にはかなり消耗している。



(最深部、というかゴールは10階って先生は言ってたな。ゴールというからには10階はこれまでみたいに魔物と戦闘しながら探索しなけりゃいけない危険なフロアじゃない可能性が高い。それならここと次の9階さえ乗り越えれば……)



 俺の推論が当たっている保証はない。

 だが皆の体力と魔力を考えれば、先に進むにはこの8階と次の9階に全力を注ぐ必要がある。

 仮に10階も探索する場所であると考えてスタミナを温存していては恐らく突破は難しい。



 だが作戦は皆と共有してこそ作戦だ。

 とりあえずは話さねば。



「皆聞いてくれ」



 俺は推論を話し、今後の方向性を共有する。

 残り少ないスタミナでどうやって10階までたどり着くか。



「ローディ、どう思う?」



「私は……賛成です。確かにもう節約を考えながら先に進めるような状態ではないのも事実です。賭けて……みますか?」



 ローディの言葉にヴェルは賛成の意志を示す。

 フエルは首を縦に振って了承した。

 これで全員が俺の作戦に同意してくれたことになる。



「全力疾走だな。さぁ走破しよう!」



 ヴェルを先頭にして俺たちは走る。

 なりふり構わずにトラップを踏み越え、敵は蹴散らしていく。

 傍から見ればまるで暴走列車のようだが、俺たちは不思議と驚くほど冷静な心持ちで進むことができた。

 これがチームとしての心強さや醸成されてきた信頼感なのだろうか? 1人よりも2人、2人よりも3人、3人よりも4人だ。

 そして俺たちは9階への入口―下に続く階段を見つけた。







「……本当にここまで来たね。それにまさかここで残った力を全力行使か、その戦略は当たってるよ」



 アルゼラはゴクリとつばを飲んだ。

 ユーズたちが本当にゴールへ近づいていることに驚き、そして喜びを強く感じていたからだ。



 胸の高鳴り。

 教師をしていてこんな感情は滅多に味わえない、教え子たちの無限の可能性を目にしている。



「けれど9階には最後の関門が待ってる。それを倒せるかどうか、最後の一滴まで力を振り絞って走破するんだ……!」







 俺たちは9階へとたどり着いた。

 だがその見た目は今までと明らかに異質だ。



「ただの広い部屋……どう見ても今までのフロアとは違いますね」



「向こうには……階段らしきものが見えるな。どうやらあれを降りればゴールと考えてもよさそうだ」



 四方を柱で囲んだ広大な大部屋、しかしこの地下迷宮ダンジョンがそう簡単に通してくれる筈もなさそうだ。



「……!!! 何かいるよ、気をつけて!」



 フエルが感知した先、薄暗い部屋の中で何かが起動する。

 それを証拠に不気味に赤く光る単眼モノアイが現れた。



「あ、あれって……!」



「おいおい……」



 鋼鉄の装甲を持つ機械兵器。

 巨大な身体に4本の腕を持っており前の両腕には曲刀、後ろの両腕にはメイスをそれぞれ携えている。

 さらにケンタウロスのような強靭な鋼鉄製の4本脚を持ち、攻撃力だけじゃなく機動力も高そうだ。



 デザインこそ大幅に違うものの、その雰囲気から皆あの兵器に対して見覚えがあった。



「……もしかしてユーズ君が入学試験で倒したやつ……?」



「どことなく似ていますね。無関係、ということはないでしょう」



「それなら同じようにやるまでさ」



 こうなったら先手必勝、一撃で沈めるべきだ。

 俺は躊躇せずに零華を抜いて構えた。



「……!?」



 今の俺が出せる最強の魔法、天牢雪獄フリギ・コキュートスを使おうとしたその瞬間、単眼モノアイの光が急速に増した。



氷塊フリギ・スクトゥム!』



 咄嗟に防御魔法に変えて皆を守る。

 俺の勘は当たっていた。



「! 光線!?」



 ヴェルが光に眩んで目を覆いながら言う。

 彼女の言う通り、光線が単眼モノアイから放たれたのだ。



(くっ……耐えられるか?)



 氷の盾が熱に溶かされていく。

 この光線の威力はアリウスの使う聖光一閃ホーリィラインに匹敵するか、それ以上の強さかもしれない。



『……闇雲ダークブロウ!』



 ローディが闇魔法を放ちアシストしてくれた。

 光線は闇魔法と反発を始め、氷の盾を溶かし切るまではいかずに消滅した。



「悪い……どうも一筋縄じゃいかなさそうだ」



 恐らくあの光線はこちらが一定量の魔力を使用する際に自動で反応するようにできているのだろう。

 つまり大技は封じられていると見ていい。



 それを手短に皆に話す。



「ど、どうすんのさ……どうやって倒すの?」



 フエルが不安げに問いかけてくる。

 あれも魔力で動く機械―魔動機の一種ならば闇の魔法が有効かもしれない。

 だがローディの使う低位階の攻撃魔法では恐らく力不足だ。



「私が囮をやろう。ユーズには一撃であれを止めてもらう」



「ヴェル!?」



 ヴェルが囮などとんでもない、というよりも普通の敵ならばともかくアレの攻撃を受ければただじゃ済まないのは間違いない。

 護衛として、彼女に仕える身としてそれは看過できないと話すと―



「ユーズ、それは違う。私はこの戦術が一番有効だと思うから提案するんだ、それならば立場は関係ない。それに…………私を信じてほしい。必ず無事で、皆でゴールする」



 力強くヴェルは言い切った。

 彼女の真っ直ぐな瞳と覚悟を見て、その言葉を受け入れられない者はいないだろう。



「……分かった。そこまで言われちゃあな、けど絶対に君には無事でいてもらうからな」



 作戦開始、まずはフエルが風の魔法で皆の脚力をできる限り強化する。



「逃げ足の速さがこんな形で役に立つなんてね」



 そしてヴェルが突っ込み、白兵戦を仕掛ける。

 だがまともに打ち合うわけではなく守りに徹した戦いだ。

 さらにそうしている間にローディが相手の反応しない程度の闇魔法を使い、徐々に相手の動きを鈍くしていく。

 最後に相手の隙をついて俺が一撃で沈める、そういう手筈だ。



「上手くいくでしょうか……」



「何とか上手くやる! それしかないだろう」



 脚力を増したヴェルが相手の方に飛び込んでいき、弓に付けた刃で斬りかかる。



「はぁっ!!」



 ガキンガキンと激しい金属音を奏で、ヴェルと機械兵器が打ち合う。

 ヴェルはあくまで受けることに集中、そして周辺にいるローディが闇雲ダークブロウを放っていく。



(ここまでは作戦通りだ。上手く闇の魔法が当たって少しずつだけどヤツの反応は鈍くなってきてる)



 しかし俺がしくじれば全て終わりだ。

 何より見極めなければならない、ヴェルを巻き込まずに最も敵だけの間隙を突いて倒すタイミング。

 零華を握る手が震える、しかしやるしかない。



 今だ!



「ヴェル! 離れろ!」



 俺の声を聞き、ヴェルは横に飛び退いた。

 俺は魔力をできうる最高最速で集めて準備をする。

 だが相手も俺に呼応するように、その単眼モノアイを光らせた。

 こうなれば正面衝突だ。



天牢雪獄フリギ・コキュートス!!!』



 全力で放った一撃。

 斬撃と共に放った氷は雪崩のように勢いよく流れ、こちらを焼き尽くさんとして撃たれた光線をも飲み込んだ。



「ハァ……ハァ……」



 静寂の中に俺の切らした息がする、目の前を見れば氷のオブジェの出来上がりだ。



「……やったなユーズ! 勝ったぞ!」



 完全に停止したそれを見てヴェルは喜びにうち震える。

 俺たちは最後に立ちはだかる難関を打ち破った。



「はぁ〜良かったです……! 上手くいかなかったら本当にどうしようかと」



「す、凄い! やったやった!! やったよユーズ君!」



 しかしこの勝利は自分1人のものでは決してない。

 この3人、仲間たちと共に手にした勝利だ。

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