氷獄の魔剣使い〜追放された魔力適性エラーの少年、貴族の令嬢に拾われて充実した生活が始まりました〜
@seidenmoku
序章
第1話 適性"ERROR"
「調整体01、個体名ユーズ。時間だ」
「はい……」
無機質なトーンの呼び声に応え、部屋を出る。
何度この呼び出しに応えて憂鬱な気分になったか分からない。
「今日は保有魔力の計測後、肉体活性魔法のコントロールを見る。失望させてくれるなよ?」
俺に命令を下すのはこの屋敷の主、カロン・ディアトリス。
俺の主人で何やら国の名門貴族らしい。
茶髪に口髭、威圧的な見た目の男である。
先ほど命令された肉体活性魔法のコントロール、拳や脚に魔力を纏わせ身体能力を強化するという基礎的な訓練だ。
しかし6年前、10歳の時に買われて以来この魔法の訓練は過酷なものが続いた。
拳に上手く魔力を纏わせることが出来ず無理やりにやらされた時は拳が砕け、文字通り血反吐を吐く程に走らされたこともある。
俺は調整体と呼ばれたように、この6年間様々な実験を受け続けている。
詳しくは分からないが人工的に強力な魔術師を生み出そうとしているのだろう。
「……保有魔力の数値に問題は無しか。じゃあ早速、身体能力の強化がどこまで出来るか試させてもらうぞ」
カロンの顔がこの時、俺に恐怖を与える。
生殺与奪を握られている以上、俺は全力を尽くしてでも彼の期待に応えねばならないのだ。
「……くっ、ううっ……ハァ……ハァ……」
膝がガクガクと震え言うことをきかない。
体力の限界まで走らされ、肉体は悲鳴を上げていた。
「ふむ……46km完走、か。だが時間は及第点ギリギリだな、脚力の強化がまだ不完全。もっと魔力の配分を考えろ!」
「は、はい……」
カロンの鋭い眼光と怒号が俺を威圧する。
これ以上どうすれば時間を短く出来るというのか、それこそ死んでしまう。
「父上! ユーズの調子はどうですか?」
「おおティモールにミゼーラか、いやこの程度では駄目だ。お前たちのサポートが出来るようになるにはまだ能力が足らん」
現れたのはカロンの子たちであるティモールにミゼーラだ。
ティモールは父親譲りの茶髪を腰まで伸ばしたキザな男で、ミゼーラは赤紫色の髪を持つ美人だが二人とも俺に対しての風当たりは厳しい。
「でもお父様、本当にこんなパッとしないのが私たちの助けになどなるのですか?」
「俺もミゼーラの言うとおりだと思いますね、まず平民の血の時点でどうしようもないように思えます」
二人が俺を見下す、俺は彼らに対して地面に這いつくばりながら頭を下げるしか無かった。
「まぁそう言うな、この調整体はお前たちの適性の欠けを補うためのものだ。基礎四属性全てに対応するエキスパートを我が家で揃えれば魔術師として素晴らしい活躍が期待出来るはずだ」
魔法の中の分類、属性魔法というがその基本四属性である火、水、地、風。
カロンの持つ基本適性は火で、それを二人とも受け継いだようだがティモールは地、ミゼーラは風に対して基本適性に次ぐ適性を備えているらしい。
属性魔法は戦闘においてメインとなる攻撃手段である。
ざっくり言えば操れる属性が多ければ多いほど有利になるが、いかに才能のある魔術師と言えど複数の属性に対する適性を持っている者は少ない。
要するにカロンの家の者たちでは残る一つ、水をカバー出来ないため人工的に水の適性を持つ魔法のエキスパートを作ってサポートに充てようという目論見なのだ。
そのために俺は実験をされ訓練を施されている、いずれ彼らに仕える水の魔術師となるべく。
「でも私は嫌ですわ、顔が気に入りませんもの」
「ククッ……そう言うなミゼーラ。確かに人をイライラさせる顔をしているが」
ミゼーラが心底嫌そうに辛辣な言葉を言い放ち、それを聞いたティモールは嘲笑う。
「まぁ待て二人とも。明日には適性検査を行い、本格的に水の魔法の訓練を始めていく予定だ。実験が上手くいっていけばお前たちもいずれ認識を改めるだろう」
俺はこうして彼らのために命を擦り減らし、命尽きるまで仕えねばならないのだ。
だが逆らうこともできない。
そんなことをしたら殺されてしまうか、より強い苦しみを与えられるのだから。
________
「ばっ、馬鹿な!!? 何故だ!!」
翌朝、俺は実験室に連れて行かれ体内の魔力から適性のある属性を検査された。
しかしそこに響くのはカロンの大声と、予想外の結果に狼狽える魔術研究者たち数人。
「何故適性の診断が上手くいかぬ!? "
「そ、それは私どもにも……体内の魔力性質を操作する薬は投与した筈なのですが……」
「ぐぬぬぬっ……!」
研究者の胸ぐらを掴み憤りを露わにしていたカロンだが再び検査用の魔動機に向き直る。
再検査の結果……やはり"
「くっ……馬鹿な……」
こんな事態になろうとは俺自身も予想出来なかった、しかし次に脳裏に過ぎったのは不安という二文字。
そしてその予想は的中した。
「貴様にもう用はない! この役立たずのゴミめがっ!!! 即刻、屋敷を出ていけ!」
研究室から引きずり出された後、床に張り倒されたのも束の間、怒号が飛んだ。
「は、はい……」
「黙れ、貴様の顔なぞもう二度と見たくないわ。早く私の眼の前から消えろ! さもなくば今この場で殺してやろうか!?」
「ひっ……」
本当に自分を殺そうという血走った眼。
本能的に恐怖を感じ取った俺は屋敷の入口に向かって駆け出していた。
「ハハハハッ、やっぱり駄目だったじゃあないか。父上もおかしなものに期待をかけたもんだ」
「上手くいくわけありませんわ。あんな気品も気高さも無い薄汚い者が私たちの力になどなる筈ありません」
後ろからは嘲笑するティモールとミゼーラの声が聞こえた。
しかし俺はそんなものを気にする暇もなく走って逃げていった。
「ハァ……ハァ……」
だが着の身着のまま、何よりアテもない。
自分が今どこにいるかもよく理解出来ぬままに走り続け、気づけば鬱蒼とした林の中に居た。
「グルルルル……」
「!」
そして目の前に姿を現したのは巨大な狼の魔物、フェンリル。
襲い来る牙と爪、剥き出しの殺意。
俺はもう訳も分からぬまま立ち向かい、そこで意識は途切れた。
「……?」
目覚めると、俺は全身に包帯を巻かれた状態でベッドに横たわっていた。
天井や内装を見ると貴族の屋敷らしい、俺はディアトリス家に戻ってきたのか? いいやそんな筈は無い。
何よりディアトリス家に居たとしてこんな豪華な客室で寝られるなど有り得ない、なら一体……?
「良かった、起きたようだな」
透き通るようでいて力強い女性の声が聞こえる。
見ると立っていたのはこの屋敷の人間だろうか、銀髪碧眼の女性だった。
軍服に似ているがどこか気品のある格好、美しい長い銀髪は右側のもみあげをみつあみにしていた。
「そんなに警戒しないでくれ。君は道で倒れていたんだ」
思わず身体が強張り警戒態勢をとっていたようだ。
貴族に対してはもはや良い印象など持てない。
「あなたは一体」
「私はヴェルエリーゼ・セルシウス。このセルシウス家の長女だ、尤も父と母は今家を空けているが」
「……俺はユーズといいます」
名字が存在しないのは平民であるが故のこの国における必然だ。
それを知っているのか、追及はして来なかった。
「それにしてもどうしたというんだ? あの場所は強力な魔物が現れる危険な林だ。見たところ冒険者や騎士にも見えないが」
________
「大丈夫か!? しっかりしろ」
あまり舗装されていない道、林から何とか抜け出たユーズは血まみれで倒れていた。
そこに偶然通りかかったヴェルエリーゼが治癒術をかけようとした。
「!?」
ユーズに触れた瞬間、覚える違和感。
身体が冷たい、というよりは身体の周辺の空気が冷やされている。
(どういうことだ? 呼吸はしている……だが何れにしてもこの傷は早く治さなければ)
しかしそれ以上に彼女を驚かせたのは彼女の腰に差してあった一本の魔剣が反応したことだ。
ユーズに触れた時に光を放ち、魔力を纏い出したのだ。
(これは……まさか……)
ヴェルエリーゼにとっては信じ難い事象であったが、今はそれよりユーズの怪我をどうにかする方が先決であった。
________
「―そうして使いの者に君を運ばせたという訳だ。思ったよりも元気そうで安心した」
「助けてくれたことには感謝します。けど―」
あなたが知りたいことは要するにその剣のことだろう、とユーズが問うとヴェルエリーゼは言いにくそうに口をつぐんだ。
「確かに君とこの剣が何故反応したのか、正直に言えばそれは気になることだ。けれど純粋に君を助けたかったんだ、それは信じてほしい」
何か利益があるからこそ自分を助けたのではないか、カロンのせいで随分と自分の性格は疑り深いというか捻れてしまったらしい。
「す、すみません……助けてもらったのに何だか捻くれたことを……」
「いや、君も色々とあったんだろう。今はゆっくり休んで身体を治してくれ」
そう言うとヴェルエリーゼは微笑んでから部屋を出ていった。
口調は凛々しいが優しい性格のようだ。
(……ディアトリス家とは大違いだな)
ベッドに倒れ込み天井を見つめる。
ディアトリス家ではどんなに俺が訓練で傷つき消耗してもベッドで寝ることなど許される話では無かった。
殆ど何もない簡素な一室で薄布一枚にくるまれて過ごしていた。
(……あれ?)
気づけば目の前が滲んでいた。
それが涙だと分かるのに少し遅れた。
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