〈6〉魔法よりも難しいのです
王立学院に入学して二ヶ月が経つ頃、ようやく実習が開始された。
必須講義は全てが座学。勉強だらけで退屈し始めたところに、ようやく! という感じがする。そういうカリキュラムなのかもしれないが、やはり実際に色々やってみたい! と楽しみなレオナである。
クラスの雰囲気はさほど変わることはなく、相変わらずレオナは、クラスメイトに遠巻きにされ、ヒソヒソされていた。『薔薇魔女』に近づく者は呪われる、という絵空事を、不思議と皆信じているようだ。
ユリエはエドガーにベッタリしつつ、剣呑な視線をレオナに飛ばしてくるが、なぜか話しかけては来ない。レオナ自身話しかけようと思わないので支障はないが、その代わり? ゼルにはすっかり懐かれている。
フィリベルトによると、カトゥカ家は男爵位だが、領地領民は持たず冒険者向けの宿泊施設をいくつか経営する、小さな家だそうだ。
何故彼女がハイクラス配属かは未だに謎で、後ろ盾が居るはずだ、と鋭意調査中とのこと。
一方のゼルは、記録によれば、今年の始めにコンラート伯の養子になったばかり。経緯は不明だが、確かに養子縁組届が受理されているそうだ。
二つ年上の十六歳で、この国では成人していることになる。大人っぽい、と感じていたのは間違いではなかった。ちなみに、陞爵などで平民から貴族になったタイミングで編入する学生もたまに居るので、年上でも不思議ではない。
さて、今日は待ちに待った攻撃魔法の実習初日だ。
結局シャルリーヌは、同じ時間に基礎外交が重なってしまい、そちらを取ることになった(基礎を取らないと来年の上級外交が取れないそうだ)。
ゼルは『魔法唱えるくらいなら、殴る方が速いし向いてる』と体術を取った。ちょっとそれは言えてるかも、と思ったのは内緒だ。
つまりレオナは、今、独りぼっちである。
あえてもう一度言おう。ぼっちだ。
心の中は猛吹雪であるが、おくびにも出さずクールを装っている。
板張りの床に、簡易な屋根がついている、体育館のような屋内演習場。
他の学生達は、それぞれ小グループで雑談したり、挨拶したり、一般クラスとハイクラスとで分かれて立っているとはいえ、何かしら交流している。
そんな中、二十五歳足すもうすぐ十五歳、通算約四十歳! の中身は元地味喪女、な公爵令嬢は、ボッチ慣れてるもんね! と心で泣きながら、ぽつんと立っているわけだ。
でも、頼むから遠巻きにチロチロ見るのだけはやめて。
珍獣じゃないのよ!
そうこうしているうちに、いつの間にか講師がやって来ていたようだ。
黒いローブを纏った(フードは被らず後ろに下げている)顔色の悪い男性が、演習場の床に降り立つ。その後ろに同じく黒いローブの人間が、四人立っている。
「注目」
ヒヤリとしたクールな声が良く響く。
学生達もその冷たさに緊張感を持ったのか、すぐに沈黙した。
「私は、ラザール・アーレンツという」
攻撃魔法理論については、魔法制御と同様、ハイクラス担任のカミロが座学を担当している。
一方。魔法に関わる実習は、全て王国魔術師団の講師が担当する。確か副師団長もアーレンツ伯爵家の方ではなかったか、とレオナはうろ覚えの記憶を辿る。
ラザールの、下半分のみの細いレンズの眼鏡越しには怜悧な灰色の瞳が見え、鋭い一重。痩けた頬も相まって神経質そうな印象だ。黒いローブが、余計彼を不健康そうに見せている。
「普段は魔術師団の副師団長をしているんだが、今年は学院の魔法実習を受け持つことになった」
まさかの副師団長、本人だった。
現在、師団長位は空位であるから、実質王国魔術師団のトップである。
学生達も驚きを隠せない様子で、空気が動揺している。
幹部クラスにさえ滅多に会えないというのに、副師団長直々の指導など、恐れ多すぎる以外のなにものでもない。というかぶっちゃけ怖い。
そんな学生達の思いを知ってか知らずか、演習場をざっと見渡しながら、彼は淡々と早口で告げる。
「魔法の前では、身分は関係ない。この場での無責任な振る舞いは、万死に値すると心得ろ。どんな家柄だろうと、評価に値しない者は容赦なく叩き出すので、そのつもりで」
スパルタな予感に
各机の上に何かの魔道具を置き、一つの机につき一人ずつ立つ。それを見て満足気なラザールは次に、手元の書類を見ながら、唐突に学生の名前を呼び始めた。
恐らく学生名簿と出席者を照合しているのだろう。みんな戸惑いながらも、素直に返事をしている。
「レオナ・ローゼン」
「はい」
学生達の目線の集中砲火を浴びた。
周りのひそひそボソボソに地味にライフが削られる! と身が痩せる思いを味わうレオナ。
「……魔法使用の経験は?」
なぜ自分だけ質問されるのか? と疑問に思ったが、瞬時に答える。
「ございません」
薔薇魔女と言われてはいるものの、至って普通の女の子ですよ! と主張したいが我慢である。
「……ローゼン家は、確か水属性の氷魔法使いだったな」
「左様ですわ」
レオナの父ベルナルドも、兄のフィリベルトも、怒りのボルテージが上がりすぎると室内でも雪が降る仕様である。毎回ア●雪か! と密かに心の中で突っ込んでいる。
彼はふむ、と頷いてから、また名簿に向き直る。
「ユリエ・カトゥカ」
「……はい」
意外にもユリエも居るのか、とレオナは些か驚いた。
エドガーは基礎外交を選択したので、てっきりそちらに行くと思っていたのだ。
「では以上で全員だな? 呼ばれていない者は手を挙げろ」
学生達がキョロキョロ周りを見渡す中、小柄な男子学生が一人、手を挙げながら前に進み出た。
「テオフィル・ボドワンです。急遽、体術から振り替えましたので、まだ名簿に載っていないと思います。カミロ先生のご許可は頂いています」
「なるほど。後でカミロに確認しよう」
「ありがとうございます」
「他はいないな? では、早速始める」
ラザールは、書類を一番近い机の上にばさりと置くと、懐から杖を取り出した。
指揮棒程度の長さのもので、黒く、先端に青い石がはめ込まれていて、良く見えないが銀色の装飾がされている。
「この実習は、原則二人一組のペアで進める。今適当に組め」
げえっ!!
いきなりハードル高いです副師団長!
ボッチには禁句ですよ、グループになれとかペアになれとか誘えとか!!
ど、ど、どうしよう? どうしたらいいの!? ――
レオナは内心ものすごく動揺しつつ、平静を装って周りの様子を見る。他の学生達は、順調に組んでいっている。
もう余る予感しかしない! 挫けそう! と密かに泣きそうになっていると
「あの」
背後から声を掛けられた。
「はい?」
振り返ると、先程名簿に載っていない、と名乗った男子学生が居た。
濃い茶髪のウルフショートで、目の半分以上が前髪で隠れている。前髪を切った方が、可愛い系のお顔が映えそうなのにもったいない、と咄嗟に思った。
前世であればジャ●ーズJrに居そうだな〜と見ていると、唐突に
「良かったら、僕と組みませんか?」
と申し出られた。
ジーザス!!
神様が、いた!
大事なことなので、もう一度言おう!
神様が! 降臨めされた! ――
周りの学生達が、ゴクリと固唾を飲んで見守っている様子なのがレオナ的には全く解せないが、単純に嬉しい気持ちが勝った。
「ありがたく存じますわ。私」
「レオナ様でしょ」
「はい。ええと、確かテオフィル様? 私で宜しいんですの?」
「……はい。僕のことはテオでいいです。様はいらないです」
「ええ、テオ。ありがとう。私にも様はいらないわ」
「それは無理です。公爵令嬢……なんですよね」
オーマイガッ!!
レオナがショックを受けているのが分かったのか、テオは
「じゃあ、ええっと……レオナさん、で」
と、どうやら譲歩してくれたらしい。
「ふふ。ありがたく存じますわ! せっかくですし、敬語もなしでいかがですこと?」
せっかくのご縁なので、と思い切って言ってみたレオナである。逃げないで〜、怖くないわよ〜、と、まるで野良猫に相対する気持ちで。
「……分かりま……分かった。僕、子爵家だし、貧乏でほぼ平民なんだけど、良いの?」
家柄とペアに、一体何の関係があるのかよく分からなかったが、レオナは礼儀正しい彼に好感を持った。
「もちろん! お声掛け頂けてとっても嬉しいわ!」
素直に礼を述べると、
「うわ、噂と全然違うね……」
と、ぼそっと言われた。
それを聞いたレオナは、どうせ高慢だとか、冷酷魔女だとか、散々言われ放題なんでしょう? と思わずスンッとしてしまった。
「あ、ご、ごごごめん。えっと」
あ、無駄に動揺させちゃってごめん!
テオは悪くないのよ。
と言おうかなと口を開きかけたが
「全員組み終わったか?」
無惨にもラザールの声で、バッサリ切られてしまった。
大丈夫よ、気にしていないわ! と言ってあげたいが、時既に遅し、である。
「あのっ!」
ユリエが突然声を上げ、つかつかとラザールに近づいた。
「今、組んだ人を、変えることはできますか!」
ラザールは、その鋭い目でユリエをじっと見た後、学生達を見渡し、全員に聞こえるように答える。
「まだ検討が必要か?」
学生達は自然と、お互いの意志を再確認している。
レオナもテオと目を合わせ、お互いに頷いた。
だがユリエは、ラザールの問いを無視する形でレオナ達の側にやって来た。
その後ろに、オロオロと見知らぬ女子学生もついてくる。恐らくユリエと組んでいる学生だろう。
――ものすごく、嫌な予感がするんだけど……
「私は、テオと組みたいの!」
突如言い出したユリエに、思わずレオナはポカンと口を開けてしまった。
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お読み頂きありがとうございました。
2023/1/13改稿
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