第20話王女クルシュの部屋

 騎士ハンスさんの依頼で、治療のために城に行くことに。

 だが相手は特殊な呪印の施された王女様。

 そしてヒステリックは王妃様が駆け込んできた。


 ◇


「あなたたち、早く出ていきなさい!」


 ヒステリックな叫びと共に、飛び込んできたのは大人の女性。

 豪華で派手なドレスを着た貴族風の人だ。


「ヒドリーナ王妃様、どうぞお静まりください。この者どもは、クルシュ姫様の治療のために……」


「そこをどくのだ、ハンス! 我が娘クルシュには、誰にも触れさせないわ!」


 ハンスさんとの会話によると、この女性は王妃のヒドリーナ様。

 国王の奥様ですごく偉い人だ。


「ん? 貴方たちね! 外から来た薄汚い冒険者風情と、庶民の神官は⁉」


 ヒドリーナ王妃は凄い剣幕で、こっちくる。

 まるで虫ケラでも見る目つきで、ボクとマリアをにらんきた。


「私の大事なクルシュから離れなさい、この下郎どもが!」


 そしてボクとマリアを、手に持つ扇子せんすで押しのけてくる。


「あっ、はい」


「し、失礼いたしました」


 あまりの迫力、ボクとマリアはベッドから離れていく。

 マリアは恐怖に振るえている。


 でもボクの方は、本当は診察を再開したい。

 何しろ、あのクルシュ姫の様子は普通ではない。


 早くて適切な処置をしないと、命の危険があるのだ。


 ――――そんな時だった。


「お、お母さま……?」


 ベッドの上の少女が口を開く。

 クルシュ姫が意識を取り戻したのだ。


「おお、愛しのクルシュ! もう大丈夫、母が付いております!」


「お母さま、ありがとうございます。でも私は、もう駄目です……国のために役に立てずに、申し訳ありませんでした……」


 意識を取り戻したけど、クルシュ姫の様子がおかしい。

 かなり意識が朦朧もうろうとしている。


 あと全身の魔力の光が、どんどん弱くなっていく。


 おそらく長きに渡る呪印生活で、身体が衰弱。

 加えて今回の賊からの毒騒動。


 一気に寿命が縮まってきているのだ。


「ああ。クルシュ、しっかりと⁉ カテラン! 早く治療をするのです!


 ヒドリーナ王妃が頼ったのは、同行してきた男の神官。

 格好から王宮付きの聖魔法使いなのであろう。


「も、申し訳ありません、ヒドリーナ様。わたくしの力では、それ以上の回復は……」


 だが首を横に振る。

 会話からカテランさんは昨夜から、姫様の治療を施しているのであろう。


「お母さま……最後に……もう一度だけ……食べたかったな……お母さまが作ってくれた……あの焼き菓子を……」


「あぁああ! クルシュゥウ⁉」


 やばい!

 クルシュ姫の限界がきた。


 このままでは本当に、もうすぐ死んでしまう。


 急いで処置を施さないと!


 でも今の状況だと、ヒドリーナ王妃が邪魔で、お姫様に触って理療できない。

 不敬罪で捕まってしまう可能性もある。


「いや……人の命がかかっているんだ。迷っている場合ではない!……天神乃息吹ゴッド・ブレス】!」


 聖魔法を緊急発動。

 ボクの中でも最高位の複合回復魔法だ。


 シャァーーーン!


 死の淵にいたクルシュ姫、身体が眩しい光に包まれる。


 ヒュイーン!


 皿イン天上を通り抜けて、天から神々しい光が差し込んでくる。


「「「えっ……?」」」


 室内にいた誰もが、言葉を失っている。

 今何が起きているか、理解できていないのだ。


 シュゥン


 そして何事もなかったように、光は収まる。


「お、お母様? お母様! 私……私!」


 ベッドの上のクルシュ姫が、大きな声をだす。

 彼女は先ほどまで、か弱い声しか出せなかった。


 だが今は別人のように、張りのある声を発している。


「ク、クルシュ……? ああ、クルシュや!」


 奇跡が起きた。

 元気になった我が子に、ヒドリーナ王妃は抱きつく。


 王妃は大粒の涙と流している。

 感動の親子の抱擁だ。


「うっ……良かった……」


 少し離れていたボクは、思わずもらい泣きをしてしまう。

 こういう場面に慣れていないから、弱いのだ。


 そして分かったことがある。

 ヒドリーナ王妃がヒステリックになっていたのは、自分の娘が本当に大事だから。


 だから、どこの馬の骨とも知らないボクたちに対して、あこまで辛辣しんらつな態度だったのだ。


 子を想う親の深い関係。

 目の前の親子の抱擁は、素敵な光景だ。


「おお、クルシュ……本当に良かった。それにしても、さき程の神々しい光は? あれは。いったい……?」


「恐れ多くもヒドリーナ様。先ほどの光は、伝説の聖魔法【天神乃息吹ゴッド・ブレス】かと存じます」


 首を傾げる王妃に、王宮術士カテランさんが答える。


「なんと、あの伝説の【天神乃息吹ゴッド・ブレス】だと⁉ でも、いったい誰が、発動を⁉ クルシュを助けてくれたのだ⁉」


「それは、おそらく……そこの少年の、御業みわざかと」


 ジロリ!


 室内にいた全員の視線が、一斉にこちらに向けられる。

 王妃様、王女様、メイドさんたちから。


「ええ……と、ボクですか?」


 強引に発動したので、バレてしまっていた。

 かなり気まずい。


 それに罰せられる可能性もある。

 王族に対して勝手に、聖魔法を使った罰とかで。


「おお、そなたが私のクルシュを! 感謝いたします! そなた、名は⁉」


 ヒドリーナ王妃は凄い勢いで、こっちに向かって寄ってきた。

 ボクの両手を強く握りしめる。


 不敬罪とかは無さそう。

 とても感謝している感じだ。


「えっ、はい? ど、どういたしまして? ボクはハリトと申します。駆け出しの冒険者です」


 一方でボクは混乱状態。

 何しろ相手は国の王妃様で、とても偉い人。

 失礼がないように、必死で応対する。


「お、お母さま、その方が……ハリト様が困っております。うっ……」


 身体を起こそうとしたクルシュ姫が、またベッドに倒れ込む。


「ク、クルシュ⁉」


 王妃様はまだ青い顔になる。


「えーと、まだ体調は万全じゃないと思うので、周りは静かにして安静で。そうしたらお姫様の体調は、回復していくと思います」


 クルシュさんの容態を遠目に診察して、ヒドリーナ王妃に伝える。

 静かにしたら、今後の心配はないことを。


「そ、そうか。皆も者、急いで部屋を出るのだ。ハリト殿の指示に従うのだ」


「「「はっ!」」」


 お世話の侍女と王妃様だけの残し、ボクたちは部屋を出ていく。


「こちらでお待ち下さい、ハリト殿。後ほど、王妃様がお礼に参ります」


 執事の人に案内されて、屋敷の一室に入る。

 すごく豪華な応接室だ。


 案内されたのはボクとマリア、ゼオンさん。

 ハンスさんは廊下で誰かと話をしている。


 室内にいるのは、気心の知れたメンバーだけだ。


「ふう……緊張したね。でも、ビックリしたな。まさか王妃様や王女様に会えるなんて!」


 極度の緊張感から解放され、ボクは思わず大きめの声を出す。

 さっきまでは不敬罪を恐れて、言葉を発することも怖かった。


 でも今は自由に話せる。

 いやー、自由に話せるって、嬉しいね、マリア! ゼオンさん!


 ん?

 でも二人の様子がおかしい。


 まだ無言のままだ。

 どうしたのだろう?


「い、いえ、『どうしたのだろう?』では、ありません、ハリト君!先ほどの聖魔法は、何だったんですか⁉」


「あっ、あれ? 【天神乃息吹ゴッド・ブレス】といって色んな症状を、一気に回復できる聖魔法なんだよ!」


「い、いえ、私も神官の端くれなので、【天神乃息吹ゴッド・ブレス】のことは知っています。でも、どうしてハリト君は【天神乃息吹ゴッド・ブレス】を使えるのですか⁉ あれは【聖女】や【真教皇】など天名もちの方にしか使えない、特殊な聖魔法なんですよ⁉」


「えっ、そうだったんだ? 我が家では普通に毎日、使っていたんだけど、お母さんが」


「ふう……ふう……そうなのですね。ゼオンさん、助けてください……」


「諦めな、嬢ちゃん。あんたの所の同居人は、普通じゃない」


「うっ……そうですね」


 何やらゼオンさんとマリアは、意気投合している。


 あれ?

 いつの間に二人は、知り合いになっていたのだろう?


「私が冒険者ギルドに最近、相談に行っていたんですよ。主にハリト君の対策を教えてもらうために……」


「あっ、そうだったんだ。なるほど!」


 よく分からないけど、知り合い同士が仲良くなるのは嬉しい。

 人の輪が広がっていくのは良い感じだ。


「それにしてもハリト。さっきの姫さんは、どんな容態だったんだ?」


「えっ、ゼオンさん。えーと、ですね。とりあえず賊の毒は、全て回復しておきました。でも、あの特殊なまじないは、もう少しちゃんと診察した方がいいです」


「そうか、分かった。それにしても酷いな。あんな小さな子に、呪印か……」


 ゼオンさんは腕利きの冒険者。

 クルシュ姫の様子を、何となく勘付いていた。


 あの子の全身の呪印は、生まれた後に施されたもの。

 つまり身内の者が、家族は了承した可能性が高いのだ。


 理由は分からない。

 おそらくは“何かの大きな力”を得るためだろう。


「だがハリト。今回ばかりは、お前もあまり介入するな。あれはおそらく王家の問題だ」


「は、はい……」


 そう返事をしたものの、どこかに落ちない。

 あんな小さな女の子を代償にして、王家が力を得る。


 普通に考えても、人道的じゃない。

 どうにか助けてあげたい。


 ――――そんなことを考えている時だった。


 騎士ハンスさんが応接室に入ってきた。


「ハリト君、申し訳ないが、急遽、城の謁見えっけんの間に、私と一緒に行ってくれ」


「謁見の間に? いいですが? どうしたんですか?」


 ハンスさんの顔は、かなり神妙だ。

 いったい何かあったのだろう?


「国王陛下が、ハリト君を呼んでいるです」


「国王……陛下? えっ⁉」


 まさかの事態になってしまう。


 国王陛下は、王様のこと。


 このダラクの国で一番偉い人が、こんなボクを呼んでいる⁉


 いったい何を言われてしまうんだろう。

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