第38話戦いの後に

 暗黒古代竜エンシェント・ドラゴンバルドス討伐戦は、無事に完了した。


「えっ……終わり? ボク一人、倒しちゃったの?」


 まさかのことに、自分の目を疑う。

 でもバルドスが死んだのは、間違いない。粒子となり、完全に消滅したのだ。


 跡に残ったのは巨大な魔石と、大量の竜の素材。

 爪や牙、骨と竜の鱗など山盛りだ。


「ん? あれは何かな?」


 素材の中に、金属製の物があった。

 確認してみると無数の剣や槍、金属鎧や盾などの武具だった。

 かなり昔のデザインの武具だ。


「こは……あっ、もしかして過去に、バルドスに敗れた人たちの装備品かな?」


 邪悪な巨竜に挑んでいった冒険者は、過去に無数にいたのだろう

 この武具の数々は、過去の名も無き冒険者の激闘の証なのであろう。


「冒険たちの遺品か……あっ、そうだ」


 ボクは収納から“鎮魂の鈴”を取り出す。鉱山時代に地鎮式に使っていたものだ。


「成仏してください。冒険者の先輩の皆さん……」


 鎮魂の鈴を鳴らしながら、祈りを捧げる。

 偉大な先輩たちへの、敬意の祈りだ。


 シャーーン


「ん?」


 その時、遺品の武具から“白いモヤ”が出現。天に昇っていく。


「えっ……もしかして、成仏を?」


 バルドスを討伐したことによって、英霊たちの魂も解放されたのだろうか?


 神聖魔法に詳しくないけど、なんとなくそんな気がした。ボクも穏やかな気持ちになる。


「あっ、あっちにもあるぞ。よし、全部、鎮魂していこう」


 素材の下に、他の遺留品もあった。

 手作業で探して、一個ずつ鎮魂の祈りを捧げていく。


 かなり大変な作業だが、苦にはならない。

 何故なら彼らは邪悪な古代竜エンシェント・ドラゴンに挑んでいった、先達の冒険者たち。

 ボクは心より敬意を払っていたのだ。


 鎮魂しながら遺留品と、竜の素材を一つにまとめていく。

 なんとか作業も、ひと段落する。


「ふう……終わった、さて、あとは、どうしよう?」


 目の前の膨大な素材と、武具の山々。

 どう対応すればいいのだろうか? 見当がつかない。


 ――――そんな困っていた時だった。


「ハルク君――――! ハル君――――!」


 街の方から、誰からがやって来る。

 虹色の荷馬車だ。


「あっ、サラ? ドルトンさん? ボクはここです!」


 やって来たのは《ハルク式荷馬車チャリオット《改》》。サラとドルトンさんだ。


 荷馬車が到着して、二人は駆け下りてくる。サラはかなり心配している様子だ。


「ハルク君、大丈夫ですか⁉」

「うん、なんとか」


「無事で良かったです、ハルク君……」


 サラは半分涙目になっていた。

 よほどボクのことを心配してくれていたのだろう。ありがたい心遣いだ。


「そういえばサラたちも、こっちに来たの?」

「はい。バルドスが地面に落ちたのを見て、居ても立っても居られなくて」

「そうだったのか。でも助かったよ、来てくれて」


 正直なところ一人で、事後処理に困っていたところ。二人に来てくれて、気が楽になった。


「おい、ハルク。これは、まさかバルドスの素材か?」


 膨大な量の素材を前に、ドルトンさんは目を丸くしていた。

 小さな丘ほどの素材があるから、その反応も仕方がない。


「はい、そうです。何かよく分からないですが、ボクが《ハンマーソード》で“力いっぱい”叩いたら、黄金色の光が発生して、その後に凄い衝撃波が発生して、気がついたらバルドスは消滅しちゃいました。不思議ですよね?」


「ふう……そういうことか。まぁ、オヌシが無事で良かったわい!」


 何やらドルトンさんは、全てを理解していた感じだった。

 でも深く答えずに、ボクの頭をグリグリ撫でてくる。

 かなり痛いけど、なんか嬉しい感じだ。


「心配してくれて、ありがとうございます。ところでドルトンさん、この大量の品は、どうしましょう?」


 挨拶が終わったところで、本題を入る。

 バルドスの素材と武具の遺品を、どうすればいいのか相談する。


「状況的に間違いなく、バルドスはお前が倒したんじゃろう。だから全てお前が貰う権利があるぞ」


「えっ、ボクがですか? 嬉しいですが、こんなに沢山はいらないです」

「なんじゃと⁉ これだけ品があれば、国の一つも買える価値があるんだぞ⁉ 本気か、オヌシ⁉」


「あっ、はい、本気です。自分で倒した実感がないので、今回は遠慮しておきます。貰えるのなら鍛冶用の素材に、少しだけあれば嬉しいで。残りは全部、ハメルーンの街の復興に使ってもらえたら、ボクも嬉しいです」


 これは正直な本心。

 格上ランクDのバルドスを倒せたのは、運が良かっただけなのだろう。

 だから戦利品を全て貰う気にはならないのだ。


 それにハメルーンの街は今回の事件で、けっこうダメージを受けている。

 復興のために有意義に使って欲しいのだ。


「ふう……全て寄付する、か。まったく謙虚で物欲が無さすぎて、呆れてしまうな、オヌシは」

「でも、ハルク君らしいですね、そういうの」


「あっはっはっは……なんか面目ないです」


 褒められているのか、呆れられているのか分からないから、とりあえず笑っておく。


「だが、ハルク。その魔石だけは、オヌシが保管しておけ。邪竜の魔石だから、普通の者には渡すのはマズイ」


「バルドスの魔石を……了解です!」


 ドルトンさんの指示に従って、巨大な魔石を【収納】しておく。

 あと竜の爪と牙、背骨など、鍛冶の材料になる物も、使う分だけ頂戴しておく。


「あっ、そうだ」


 名が彫られている遺品の武具も、収納しておくことにした。

 もしかして遺族の人が、遺品を探しているかもしれない。

 ハメルーンやミカエル王国で遺族を見つけたら、遺品として渡したいのだ。


「ん? ハメルーンから?」


 街の方角から何かの集団が近づいてきた。遠目に見た感じだと、あれはハメルーン軍だ。

 おそらくバルドスの落ちたのを見て、彼らも確認に来たのだろう。


「ふむ。それならワシも退散するぞ。見つかったら色々と面倒になるからな」

「そうですね。それならボクは一人で、ミスリル武具の回収をしてから、工房に戻ります」


「ハルク君、気をつけて」

「うん、また後でね。サラ」


 ハメルーン軍が来る前に、三人で退散することにした。

 ドルトンさんたちは《ハルク式荷馬車チャリオット《改》》で、工房にコッソリと帰還。

光学迷彩ミスリル・カモフラージュ”があるから、街の人に見つかる心配もない。


 あとボクは徒歩で、ミカエル軍の装備品の回収に向かう。それから工房に帰還することにした。


 ドルトンさんたちを見送ってから、バルドスの素材の上の、ボクは置き手紙を書いておく。

 内容は『この素材と武具の売上は、ハメルーンの街の復興のために使ってください。倒した者より』だ。


 これで到着したハメルーン軍も、有意義に素材を使ってくれるだろう。


「さて、ボクも行くか。ん……この感じは? あっ、あの子は⁉」


 そんな時だった。物凄く高速で、こちらに駆けてくる少女がいた。

 赤髪の女剣士……“一角ウサギもどき”の死骸の側にいた、あの面倒くさそうな子だ。


「嫌な予感がするから……今回も見つからないようにしよう」


 ボクの直感が告げていた。

 ……『あの女剣士と関わったら、ボクの平穏な人生が、大きく変わってしまう』と。


 だから影を薄くして、ボクはこの場から立ち去ることにした。


 ◇


 その後、赤髪の少女が、現場に到着。

 バルドスの素材を見て、赤髪の少女が『暗黒古代竜エンシェント・ドラゴンバルドスはどこに消えたの⁉ えっ、この素材は、もしかして、バルドスの⁉ いったい誰が、あの危険な暗黒古代竜エンシェント・ドラゴンを倒したの⁉』と叫んでいるような気がした。


 でも離れていったボクには、聞こえていない。


 その直後にハメルーン軍が到着して『もしやバルドスを倒したのは貴方様が! ありがとうございます、《剣聖》エルザ様!』『い、いえ、私じゃないんだから⁉』と、少女とやり取りがあったのも、聞こえていなかった。


 ◇


 そんな大騒ぎに関わらず、ミカエル軍の危険な武具を、ボクは一人で【収納】で全部回収。

 倒れているミカエル兵たちの戦闘不能状態も、あと少しで解ける。

 事後処理はハメルーン軍に任せることにした。


「よし、終わったぞ。あとは工房に帰って、道具の整理をして、少し高い定食でも食べて、ゆっくり温泉に入ろう!」


 こうしてハメルーンの街を襲った事件は、全て解決。


 ボクも日常の生活へと戻るのであった。


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