第16話一角ウサギ狩り

“一角ウサギ”狩りの依頼を遂行するために、巻き上げ式の弓のいしゆみを作った。


 装備も整えて、準備は万端。

 遠目に見える“一角ウサギ”に、ゆっくりと近づいていく。


「よし、一角ウサギはボクに気が付いていないぞ。弦を引いて、矢を装填しよう」


 今回のいしゆみの仕組みは、それほど複雑ではない。

 テコの原理を使い、歯車を組み合わせて、弦を引いて固定するシステム。


 今回の材料は、加工をしやすいミスリル金属を、また使用している。


 弦はミスリルをワイヤー状にした糸を、編み込んだもの。

 しなる板の“リム”の部分は、薄いミスリル合板を複合して板状にしている。


「ふう……」


 弦を引いてみると、結構な負荷がかかる。

 本体と矢もミスリル製なので、耐久性も今のところ問題はない。


「よし、風向きは良し。発射!」


 引き金を引いて、矢を発射する。


 ギュン! パン! ドーーン!


 ん?

 何が起きた。


 矢は命中したはずだけど、一角ウサギが一瞬で消えてしまった。

 しかも何か血しぶきが、霧のように飛んでいたのだ。


 あと一角ウサギの向こう側のあった岩が、何故か粉々に吹き飛んでいる。

 いったい何が起きたんだろう。


 近づいて確認してみる。


「あっ、一角ウサギの角がある。よし、一個目をゲットしたぞ」


 なぜ一角ウサギの身体が消滅したか、やっぱり「不明。

 でも目的の角は無事にゲットできた。


「よし、次を探そう……あっ、いた」


 次なる得物を発見。

 かなり距離があるから、まだボクには気が付いていない。


 また弦を引いて、矢を装填。

 しっかりと狙いをつけて、引き金を引く。


 ギュン! パン! パン! パン! ドーーーン!


 また一角ウサギの身体が、血ふぶきと共に消滅してしまった。


 あと、今度は後ろにあった森の大木が、十本くらい根元が消失。

 音を立てて倒れていた。

 もしかしたら向こうで木こりの人が、木を切っているのだろうか。


 でもボクは角がゲットできたから、あまり気にしないでおこう。

 これで二本目。


「よし、目標の二十本まで、ドンドンいくぞ!」


 それから探索と発射を、ひたすら繰り返していく。

 一角ウサギの痕跡を探して、風下から接近。

 いしゆみで一気に仕留めていく。


「よし、十匹目!」


 いい感じで、狩りは進んでいく。


 好調の理由はいしゆみの射程距離の長さ。

 警戒心の強い一角ウサギに、察知されない遠距離から仕留めることが可能。


 お蔭で遠い場所にいる一角ウサギを探して、ボクは引き金を引くだけ良いのだ。


 バッリーン! パン! ドッ、ガーーン!


 でも狩りの最中は、やっぱり不思議な現象は続いていた。


 一角ウサギの身体が消滅するのは、毎回のこと。

 あと射線上の岩や木が、変な音と共に吹き飛んでいくのだ。


 とても不思議な現象。

 でも常識では測れない現象が、世の中には多い。あまり気にしないでおく。


「ふう……これで十九匹目。あと一匹だぞ!」


 そんな感じで、十九匹の一角ウサギを討伐。

 目標の角を二十個まで、あと一個に迫った。


「ん? それにしても、少し遠くまで来ちゃったな。ここ、どこだろう?」


 無我夢中で、一角ウサギを探し回っていた。

 南の草原から外れ、いつのまにか見知らぬ深い森の中に迷い込んでいた。


 まぁ、帰りは陽の位置を見ながら、直進していけばハメルーンの街に戻れる。

 暗闇で悪路のミスリル鉱脈に比べたら、地上は迷う要素はない。


「あと、一匹か。この辺にいるかな……」


 いしゆみに矢を装填したまま、深い森の中を進んでいく。

 かなり薄暗く不気味な森だが、地下鉱脈に比べたら明るい。

 こう見えてボクは夜目が効く方なのだ。


「ウサギに似て、頭に角がある獣、どこかにいないかな……ん、いた!」


 かなり遠い所に、角があるウサギらしい獣を発見。

 即座にいしゆみを発射。


 ギュン! パン!


 よし、命中。

 今度の一角ウサギは、身体が吹き飛んでいないぞ。最後にいい感じに仕留めたのかな。


 ギー、バタン! バタン! バタン!


 ん?

 でも何故か射線上の周囲の大木が、次々と左右に倒れていく。

“何かの衝撃波”を受けたかのように、倒れていったのだ。


「今日は変なことばかり起きるな。さて、角を回収にいくか」


 かなり遠い距離だったので、森の中を駆けて回収に向かう。

 道中の木々は全て薙ぎ倒されているので、移動するにもちょうど楽で助かる。


「おっ、いった一角ウサギの死体が……ん? なんだ、これ? 一角ウサギの死体じゃないぞ?」


 矢を命中させて倒したのは、一角ウサギではなかった。

 たしかに耳はウサギのよう長く、頭には角は生えている。


 でも身体は人型で、四メートルくらいある顔が怖い獣。

 背中にはコウモリのような羽が生えて、全身もトカゲのよういにツルツルしている。


 しかも驚くことに、この一角ウサギもどきは、手に三又の槍を持っていた。

 こんな魔物は辞典でも見たことがない。新種の野生のウサギの魔物かな?


「あれ? こっちも何かが倒れているぞ……って、女の人⁉」


 少し離れた場所に、女の人が倒れていた。

 こちらは間違いなく人族だ。


 剣や軽鎧で武装しているところを見ると、女剣士なのであろう。

 ボクと同じくらいの年頃で、赤い髪の少女だ。


「うっ……」


 あっ、起きた。

 立ち上がって、周りをキョロしている。


「今の衝撃波は、いったい……ん⁉ そこのアナタ! 危ないわよ! その魔人将ベリアルから離れなさい!」


 赤髪の少女は怖い顔で、警告をしてくる。

 ボクの足元の一角ウサギもどきから、すぐに離れるように、と。


「えっ? このウサギは死んでいるから、大丈夫ですよ。ほら、このとおり」


 魔人将は何か知らないけど、ウサギもどきは絶命している。

 ボクは死体を持ち上げて、もう一回落とす。死んでいることを証明した。


「えっ⁉ な、なに、その怪力は⁉ それに、あのベリアルが死んでいる⁉ どうして⁉ もしかしたら……さっきの突然飛んできた“光の衝撃”が原因なの⁉」


「光の衝撃波が何なのか、ボクは分かりませんが、キミは元気そうで良かった。それならボクは一角ウサギの角の採取に戻るので、さよなら」


 何やら騒がしい女剣士だったら、ボクは話を聞かないように立ち去る。

 あの手の気の強そうな口調の女剣士の人は、かなり面倒な人が多い。


 ……「えっ、もしかしたら、アンタが魔人将ベリアルを倒したの⁉ って、消えた⁉」って、後ろ言っているような気がした。


 とにかくミカエル王国でも、あんな感じに似たような口調で、厄介な女騎士の人がいた。

 だからボクは構わずに全力で立ち去ったのだ。


 ふう……ここまで来たら、もう大丈夫だろう。


「あっ、でも一角ウサギもどきの角を、採取するのを忘れたな……でも、違うみたいだから、そろそろ街に戻るか」


 冒険者ギルドの依頼では、違った物の素材を提出しても、報酬は貰えない。

 むしろ『ハルク君、こんな変な魔物の角なんて、持ってきちゃダメですよ!』とお姉さんに怒られそうだ。


「今日の報酬は、十九本かける500ペリカで……9,500ペリカか。目標に少し足りないけど、仕方がない。これも冒険者の厳しさとして、胸に刻んでおこう」


 こうしてボクは少しの失敗をして、でも冒険者として成長して街に戻るのであった。


 ◇


 でも、この時のハルクは知らなかった。


 ――――先ほどいしゆみで倒したのは、魔族の中でも超上級の《魔人将》一人黒風ベリアルという、恐ろしい魔族だったことを。


 ――――赤髪の少女は、大陸屈指の剣士の称号である《剣聖》エルザ=バンガロールだったことを。その剣聖ですら手こずっていた魔神将ベリアルを、自分が作ったいしゆみはワンパンしていたことを。


 ――――あと魔人将の素材と魔石は、9,500ペリカどころではない超高額の懸賞金が貰えることも。


 そして残された剣聖エルザも何が起きたか、まだ理解できずにいた。


「こ、このベリアルの死体の傷は一体⁉ とにかく、さっきのヤツを探さないと。とりあえずこの辺で一番近い街……たしかハメルーンだったわね。そこでアイツを探してみないと!」


 こうして赤髪の少女剣聖エルザは、ハルクを探しにハメルーンの街を強襲するのであった。

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