第十三幕 57 『薬師』


「……今頃何しに出てきたか。今まで何をしていた?」


 まだダメージが抜けきらないブレイグ将軍は、上半身だけ起こして怪しげな人物に声をかける。

 その声は苛立ちの色合いを含んでいた。



「ひょひょ……勿論、森都を陥落させるためのアレコレじゃよ。サボっていたわけではないぞ?……しかし将軍よ。折角、ワシ特製の秘薬を譲ったと言うのに、随分な体たらくじゃのぉ……何とも情けない」


「……」


 言いたい放題の言葉に、反論することが出来ない将軍。



 それにしても……秘薬、だって?

 もしかして、それが[鬼神降臨]をあり得ないくらい長時間維持させる事が出来た理由なのか?


 そして、魔族で薬の開発者と言う事は……



「『薬師』……?」


「ひょ?ほほぅ……嬢ちゃんはワシの事を知っておるのか。いかにも、ワシこそ黒神教の七天禍が一柱。『薬師』のヤォウーと申す」


 そう言いながらローブを取り払って正体を見せる。

 そこに現れたのは、白髪白髭に金瞳と言う魔族の特徴を持った老人。

 東方風の服装をしたその様は、まるで仙人のようだ。




「仕方がないのぉ……ここはワシが将軍の役割を引き受けてしんぜよう」


「役割と言っても……見ての通り、もう戦いの趨勢は決したよ。もうあなたくらいしか残ってないから」


『そうだよ!!魔物も兵士さんも、殆どやっつけちゃったんだから!!』


 街全域に現れ、メリエルちゃんが自由自在に操る精霊樹の根によって、敵勢力は壊滅状態だ。


 ただ……例え一人だけでも魔族の力は未知数。

 以前は調律師たった一人相手に相当な苦戦を強いられ、挙げ句に逃げられてしまった。

 決して油断は出来ない。



「ひょひょ……ワシ一人だけ?そんな事はないぞい」


「え……?」


 一体何を……?



 すると、薬師の身体から瘴気の波動が放たれ、一気に戦場全体に広がっていく!


 だが、それはごく微弱なもので……私もまともに浴びたけど、特に何か影響があるわけでも……



『あっ!?魔物が……兵士さんも!?』


 メリエルちゃんの驚きの声が響き渡る。

 何事かと思って周囲を見渡せば…………!?


「なっ!?」



 倒したはずの魔物やグラナ兵が立ち上がろうとしてるではないか!?

 グラナ兵はともかく、魔物は確実に絶命していたはず!!



「ひょっひょっひょっ!!どうじゃ?ワシの軍勢は不死身じゃぞ」


「しょ、将軍……!」


「か、身体が勝手に……!?」


 意識のある兵から戸惑いの声が上がる。


 死亡していた者も、負傷して倒れていた者も、投降して無傷だった者も……身体の自由を奪われて、再び戦おうとする。



「きさまぁ!!薬師!!俺の部下に何か盛ったな!!?」


 ブレイグ将軍が激昂する。

 彼の言う通り、薬師が事前に何か仕込んでいたのだろう。



「ひょひょひょ……その通り。兵糧や魔物のエサに、ちょこっ……とな。古の秘薬をベースにワシが特別に調合したスペシャルな薬じゃよ」



『このぉっ!!!』



 ぶんっっ!!



 メリエルちゃんが操る精霊樹の根が薬師を襲う!!



「おっと」


 薬師は危なげなくそれを躱して、根に手を添え……


「危ないのぉ……ほれ」


 薬師の手が触れた部分から……木の根が枯れていく!?



『わわわっ!?やばっ!!カティア、侵食される前に斬って!!』


「わ、分かった!!」


 メリエルちゃんに頼まれた私は、すごい勢いで枯れ始めた根を斬り飛ばす。



「毒……?」


「なに、唯の枯葉剤じゃよ」


『メチャクチャやばいやつだよ!!』


 あんなに一気に枯れるなんて……相当な劇毒だ。


 つまり、こいつの力はその名の通り薬や毒を扱うということか。

 ……これは、これまでの相手とはまた違った厄介さだよ。


 そして、再び敵軍も復活(?)してしまった。



「ひょひょひょ……ここにいる兵や魔物だけではないぞい。これまでワシが不在だったのは……ちと、森の魔物たちを案内しておったのじゃよ。のぉ、神狼の?」


『ぐるぅ……』


 薬師の後ろから一匹の魔物が現れる。

 それは大型犬サイズの狼だが……



『神狼の子供!?まさか……そうか!その子を操って……だから森都までやって来れたんだ!!』



 メリアさんが言ってた通りだったね……


 それに、森の魔物たちを案内って……今回の魔物たちは、コイツが操っていたと言う事?

 おそらく、何らかの薬で……?




 とにかく、元凶のコイツを倒さなければ!!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る