第十二幕 55 『激戦の果て』


 調律師が去った事で、王都を舞台にした激戦の幕は降りた。


 だが、勝利したと言う実感は湧いてこない。

 それは皆同じ思いだろう。


 成果はある。

 当初の目的であった、暗殺組織『黒爪』の壊滅は果たす事が出来たのは大きい。


 しかし……



「結局……今回も実験台にされた訳か」


 テオが苦虫を噛み潰したような表情で呟く。


 彼の言う通りだ。

 今回の『黒魔巨兵』は黒神教にとっては大きな成果だったはず。


 そして、これまで直接戦闘を避けていた調律師が、今回は自ら積極的に戦いに身を投じた……それの意味するところは?


 ……考えたくは無いが、おそらくは大きな戦いが近いのかもしれない。



 それは皆も何となく感じているのだろうか、暗鬱たる空気がその場を支配する。


 しかし、それも長くは続かなかった。




「あっ!?シェラさん!!しっかりして!!」


 沈黙を破って声を上げたのはメリエルちゃんだった。

 そちらを見れば、シェラさんが力尽きたかのように倒れそうになり、それを何とかメリエルちゃんが支えようとしていた。


 私は慌てて彼女たちのもとへ駆け寄るのだった。











「シェラさん!!しっかりして下さい!!」


 メリエルちゃんに代わってシェラさんを抱き抱えながら声をかけるが、目を薄っすらと開けた彼女の意識は朦朧としているようだ。

 外傷があるようには見えないけど、調律師との戦いで相当なダメージを負ったのだろうか……



「うぅ……リディ…ア?」


「!!」


 ……リディア?

 私を彼女と見間違えてるの?


「ごめんなさい……リディア……まだ、貴女との約束……果たせていない……」


「約束……?」


 もしかして、それが彼女の妄執ねがいなのだろうか?


 しかし、それで力尽きてしまったのか……シェラさんは目を閉じて気を失ってしまった。



「リシェラネイア様!!?」


 私と同じく、シェラさんを心配して駆けつけたエフィメラさんが悲痛な声を上げる。


「大丈夫、気絶しただけみたいです。こんな状態になってまで……無理を押して調律師を止めようとしてくれたんですね……」


「……お優しい方ですから」


 そうだね……このは優しい。


 それが逆に悲しいと思ってしまうのは……きっと、彼女がその優しさ故に苦難の道を歩んできた事が想像出来てしまうからだろう。
















「カティアよ」


「あ、父様…」


 私達がシェラさんを介抱していると、気遣わしげに父様が声をかけてきた。

 父さんたちエーデルワイスの面々や、リュシアンさん、ルシェーラ、シフィル、ステラ、ミーティア(+ミロン)も集まってきた



「一先ずはご苦労だった。あれだけの激戦にも関わらず……重傷者は出たものの死者の報告は上がってない。お前の[絶唱]のお陰だ」


「何よりです。私だけでなく……皆が死力を尽くしたからこそです」


 これまでの戦いでもそう思ったけど、今回は特にそれを実感した。

 皆の加勢が無かったら、きっとこうして生き残ってはいなかったはずだ。


「それに、[絶唱]と言うなら……アリシアさんもですね」


「あれには驚きましたわ」


「アリシアにあんな才能があったなんてね……」


「お前たちの同級生だったな。彼女やお前たち以外も……若者たちの何と頼もしいことよ」


 父様が目を向けたその先には、敵を退けて大はしゃぎしている学園生たちの姿が。

 そんな彼らを見て、眩しそうに目を細め微笑みながら父様は言う。



「だが……願わくば、彼らが戦いに身を投じるような事態は避けたいところだ」


「……はい」



「だが、中々ホネがあっていいと思うぞ。腕っぷしと根性がある奴には是非とも劇団ウチに入団してもらいてぇもんだ」


「え?審査基準ソコなの?」


 もう普通に演技力とかで取ろうよ。












「ところで……カティアよ、そちらの女性を紹介してくれんか?」


「あ、そうですね」


 遠慮していたのか、私達が話をする輪から少し離れていたエフィメラさん。

 ちょうど彼女もこちらに話しかけるタイミングを伺っていたみたい。



「こちらはエフィメラ様です。え〜と……」


 そこで言葉に詰まってしまう。

 この場でグラナのお姫様と紹介して良いものか、と思ったのだ。


 私が言い淀んでいると、当の本人が……


「お初にお目にかかります、ユリウス陛下。私はエフィメラ=リゼラ=フロル=グラナと申します」


 グラナ…と言う名乗りに、周囲からざわめきが起こる。

 それも当然のことだろうけど……あからさまな敵意の目は感じられなかったので、取り敢えずはホッとする。


 父様は戦闘中のやり取りから予想はしていただろうし、流石の王者の貫禄で平然と受け答える。


「エフィメラ姫、此度の助力……この場の皆を代表して感謝申し上げる」



 直接父様が謝意を述べたのだから、あれこれ言うものはいないだろう。

 少なくとも表向きは……



「それと、彼女は……」


 地面に敷かれた外套の上に寝かされているシェラさんに目を向けて問う。

 シェラさんの事は父様にも話していたので、彼女が何者かも察しはついてるだろう。


「はい。この人がシェラさんです。これまで何度も私達を助けてくれました。今回も……」


「うむ。彼女にも礼を言わねばならんが……今はとにかく、ゆっくり静養してもらわねばな。王城に部屋を用意させよう」


「エフィメラ様、それでよろしいですか?」


 一応、シェラさんの縁者とも言えるエフィメラさんに確認を取る。


「はい。どうか、リシェラネイア様のこと……よろしくお願いいたします」


「はい。容態が回復しましたら連絡しますね」




「あとは、エフィメラ姫との会談の場も急ぎ設ける必要があるが……それもシェラ殿が目を覚ましてからか」


 それもそうだね……

 もともとエフィメラさんとの会談は準備しようとしていたところだ。

 シェラさんにも色々話が聞きたいし、彼女が目を覚ましてからの方が良いだろう。




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