第十幕 12 『馴れ初め』
暫く部屋でまったりしていると、扉がノックされる。
「どうぞ」
「失礼します。カーシャ様にお客様…『学院』のジーナ教諭がお見えになっております。談話室でお待ちいただいておりますが、いかがいたしましょうか?」
「あら、案外早かったわね。直ぐに伺うと伝えてもらえるかしら」
「承知しました。ご準備できましたら、談話室までのご案内は部屋付の者にお申し付けください」
「ええ、分かったわ」
どうやら、さっき学院で会ったジーナさんが来たようだ。
「さて、私は行くけど…あなたはどうする?」
「あ、私も行きます。母様たちの学生時代の話、聞いてみたいです。ね、ミーティア?」
「うん!」
「私はそんなに面白い話は無いと思うけど…アネッサはねぇ…」
と、言葉を濁す母様。
めっちゃ気なる。
特に支度もないので、私達は部屋付の使用人の人に案内されて談話室へ向かうのであった。
「そうなのよ!それで、その時アネッサはね……」
…ただ今、盛り上がっております。
お茶をしながら学生時代の話に花が咲いて、母様も姉さんもジーナさんも、とても楽しそうだ。
今話をしているのは主にジーナさんで、姉さんの様々な武勇伝を面白おかしく教えてくれる。
前にチラッとリーゼさんから聞いたことはあるけど…結構エグい。
姉さんは、「若気の至りよね〜」とか言って平然としているが、否定しないところがなお恐ろしい…
リィナは頭を抱えて突っ伏しているよ。
どうやら少し覚悟が足りてなかったようだ。
ミーティアに頭をナデナデされて慰められてるよ。
そして、かなりの割合でグレイル学長が犠牲になっている。
…まあ、大体は自業自得だったりもするのだけど。
あれだけ姉さんを恐れるのも分かった気がするよ。
成績優秀な問題児って、タチが悪いよね。
「あとはなんと言ってもあの事件よね!」
「どの事件?ほぼ毎日が事件だったから…」
「そんなことはないわよ〜」
ノリノリになってきたジーナさんが、とっておきの話をするように身を乗り出す。
「ホラ、あの野外実習の時……」
「あれね〜。確かその時にはもうカーシャはいなかったわよね〜」
「あら、気になるわね?」
「あれが馴れ初めなんでしょ?今の旦那さんとの」
「そうよ〜。今思い出してもときめくわね〜」
ふむ、それは凄く興味があるね。
リィナも思わず顔を上げて話を聞く体勢だ。
「男に対しては徹底的に塩対応だったアネッサが、もう『誰っ!?』ってなるくらい変わったものね〜」
そこが私には信じられないんだよね…
いまの姉さんからは想像もつかない。
…黒いところは変わってないみたいだけど。
「どんな話なんですか?」
「まあ、単純な話なんだけど。ピンチに陥った少女を、イケメン冒険者が助けた…ってね」
「まさに〜運命の出会いだったのよ〜。ほら〜、カティアちゃんも〜このあいだ野外実習あったでしょう〜?うちの学院にもね〜似たようなイベントがあってね〜」
「そこでね、予想外の魔物が現れて……当時既にアネッサは教師を凌駕するほどの魔道士だったんだけど。それで少し調子に乗ってたのよね!」
「何よ〜、みんなを守ろうと一所懸命だったのよ〜」
「そうね。あの時はありがとう。…それで、いくら優秀な魔道士と言っても、前衛が居なければ非力でしょ?案の定ピンチに陥ってね…」
「そこに〜颯爽と現れたのが〜!」
「お父さん?」
「そうなのよ〜!学生たちの護衛として〜、冒険者の依頼を受けてたんだけど〜…」
ふむふむ…確かにありがちだけど、恋に落ちるには十分なシチュエーションだねぇ。
「そこでティダ兄に一目惚れ?」
「普通ならそうだけど…そこは当時『尖ったナイフ(笑)』のアネッサだからね。余計なことしないで!って食って掛かったのよね」
尖ったナイフって……どこのヤンキー?
「それでね、ティダさんにそれはもうこっぴどく叱られたのよ」
「へえ〜…あのクールなティダ兄がねえ…想像つかないな〜」
「私も…お父さんが大声上げるところなんて、想像つかないよ」
「それでね〜『ああ、この人は私のことを本気で心配したくれたんだ』って思ったら〜…」
「目がハートマークになってたわよね。まあ、それからは別人になったように熱烈なアタックをして…卒業と同時に駆け落ち同然で付いてっちゃったのよね」
「そうよ〜。もちろん、あの時の決断は後悔してないわ〜」
なるほどね〜…そんな馴れ初めだったんだ。
ティダ兄も姉さん一筋だし、本当に運命的な出会いだったのかもね。
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