第八幕 5 『受験初日』
私の名前はカティアである。
え?知ってる?
まあ、そりゃそうだ。
でも、平民として生きてきた私は唯の『カティア』だったけど、今の王女としての私は…
カティア=カリーネ=イスパル
それが私のフルネームだ。
もともと『カティア』という名前は、父さんが私を引き取った時、母が教えてくれたものらしい。
イスパル王国の王侯貴族は家名の他にミドルネームを持つことがある。
特に上位貴族に多いみたいなのだが、例えば…侯爵閣下のお名前、アーダッド=ファルクス=ブレーゼンは家名が『ブレーゼン』で、ミドルネームは『ファルクス』だ。
レティは、レティシア=セシール=モーリス。
ルシェーラは、ルシェーラ=ノエリア=ブレーゼン。
ミドルネームって明確なルールがあるわけじゃなく…大抵は称号や縁のある人の名前から付けるのが一般的らしい。
で、私の場合は…王族として認められたとき、家名である『イスパル』とともに母の名である『カリーネ』を受け継いだのだ。
ミドルネームをどうするか?と聞かれたときに私が希望した。
【私】には母の記憶はない。
だけど…命を懸けて私を守ってくれた母を少しでも身近に感じたいと思ったのだ。
で、何で今そんな話をしているかと言うと。
もうすぐにでも試験開始と思ったんだけど…その前に今はガイダンスが行われている。
そこで配られた受験手続きの書類に記名しなければならないのだけど、正式な名前を書く必要があるのだ。
まだ公務で書類仕事をすることも無いので、署名する機会も無くて…だから、自分のフルネームを書くのは何だか新鮮な気分だ。
「はい、書類の記入は出来ましたでしょうか……では、後ろの人から回して下さい」
そうして書類を回収してから、試験の説明に入る。
スケジュールとか試験中の注意事項とか…まあ、変わった話は特に無く、前世の受験と大差なかった。
今日行なわれる試験は、文学、歴史学、政治・経済、そして教養だ。
明日は、地理学、神学、魔法学。
最終日は、数学、自然科学、武術だ。
私は全教科受験する予定だけど…教科を絞る人は、自分に関係ない試験のときは自由時間…指定された控え室で待機するか、何なら学園の外に出ても良いとのこと。
ガイダンスが終わるといよいよ試験開始である。
最初の文学の試験では、数名が部屋から出ていった。
問題と答案用紙が配られて先ずは記名のみ行うよう指示される。
そして時間が来ると一斉に試験開始となった。
文学の問題は……著名な文学作品の一部分が掲載されていて、それを読んで設問に答えると言うもの。
知識や読解力を試されるだけではなく、直接的には記載されていないような、登場人物や作者の心情を答えると言うようなものもある。
もともと
最後まで解答して、何度か見直す時間があるくらいには余裕があった。
うん!まずまずじゃないかな?
続いては歴史学。
イスパル王国に関する問題がやや多いが、この大陸の歴史に関する問題だ。
歴史的人物や大きな戦いなど知識を問うものの他に、歴史的出来事に対する見解を述べさせる小論文のような問題もあった。
これも図書館通いが功を奏してなかなか良い感じ。
前世の【俺】も歴史は嫌いじゃなかったしね。
前世の知識は殆ど役には立たないけど、歴史的背景の考察なんかは意外と類似点があって参考になることもあった。
よし!これも好感触だ。
政治・経済。
最初は『パス!』なんて言ってたけど…
これから必要になると思ったので、重点的に勉強したよ。
幸いにも、マリーシャの得意分野だったので、みっちりと。
…ホント、何でメイドやってるんだろ?
まあ、本人がやりたい事なんだから、周りがとやかく言う事じゃないけど。
ともあれ…マリーシャの指導のおかげで、完璧とまでは言えないけどまあ悪くないんじゃないかな?と言えるくらいには出来たと思う。
そして、本日最後の科目、教養だ。
これは必修なので皆試験を受ける事になる。
最初の半分の時間は、これまで同様の筆記試験。
その後は実技試験ということなのだが…
先ずは筆記試験。
主に社交界におけるマナー全般の他、音楽や詩などの様々な教養の知識を問われる。
この辺は平民の受験生にとっては結構ハードルが高いらしく、私もそうだったんだけど…最近は実践込みで勉強してるからね。
教養は若干付け焼き刃な気がするが、マナーなんかは結構身に付いてきてるし、解答もそれほど悩まずに出来ている。
と言うことで、筆記は特に問題ないかな。
で、次は実技なんだけど…特にテーマは決まっておらず、各自で自由にアピールをするというものだ。
実質的に、これが面接みたいなものなのかな?
筆記に出てきたようなマナーを実践する人もいれば、楽器の演奏を披露する者もいる。
皆の前で一人ずつ披露しなければならないのが、ちょっと恥ずかしいかも…
自作の詩の朗読なんて人もいたけど…笑ってしまいそうになるのを我慢するのが大変だったよ。
他の人たちは特に気にしてなかったみたいなので、この辺の感覚は【俺】の感覚に引きずられてるのかも。
各人の発表が終われば、拍手でそれを讃え合う。
さて、私はどうするかと言えば…やっぱりここは『歌』だろう。
「では、次は…カティアさん、どうぞ」
そして、私の番がやって来た。
「はい。私は歌を披露したいと思います。どうか、ご清聴のほどお願いいたします」
即席の舞台…教壇の上に立つと、公演で舞台に立つときの気持ちに切り替えて…歌い始める。
劇場に比べれば狭いけど、試験で楽器を演奏する人もいることを考慮しているのか、この部屋の音響はそれなりに良い感じだ。
歌うのは、この国では国歌みたいな位置付けになってるディザール様を称える歌。
厳かで勇壮な曲調を意識して歌声を紡ぎ出す。
歌い終わると、その場にいた皆から拍手が巻き起こった。
「素晴らしい歌でしたね。噂には聞いておりましたが…役得です」
そう、試験官の先生が笑顔で評してくれた。
なかなかの好感触だ。
こうして今日の試験は全て終り、引き続き明日も試験が行われる。
さて帰ろうか、と思って部屋を出ようとすると、声をかけてくる人がいた。
あの、試験開始直前にギリギリでやって来た女の子だ。
小柄で童顔、蜂蜜色の髪をツインテールにした髪型もあってか、随分と幼く見える。
金色の瞳は好奇心でキラキラと輝いていて、ニコニコと満面の笑みを浮かべていた。
思わず頭をナデナデしたくなる愛らしさだ。
「ねえねえ、あなたカティアさんだっけ?すっごく歌がステキだった!!」
と、ストレートに褒めてくれた。
何か、尻尾がブンブンと振られてるのが幻視できそうだよ。
「ありがとう、そう言ってもらえると嬉しいな。え〜と、あなたは確か…」
「私はメリエルだよ!よろしくね!」
試験中に呼ばれていた彼女の名前を思い出そうとすると、元気一杯に教えてくれた。
すっごく嬉しそうだ。
なんかミーティアとかクラーナを相手にしてるときみたいな気分だ。
流石にそこまで幼くないのだけど…
「こちらこそよろしくね。メリエルさんは試験どうだった?」
と、私が質問すると、ムンクの『叫び』みたいな顔になり、それまでの元気な様子とは一転して、今にも死にそうな声で答える。
「うう…今日の科目は得意じゃないの…」
「そ、そう…でも、これから得意科目があるんだよね」
すると、またパァッ、と明るい表情になった。
う〜ん、分かりやすいなぁ…
ころころ表情が変わって面白い。
凄く素直な性格なんだろうね。
「そうなの!私は神学、魔法学が得意なの!勝負はこれからよ!」
「そっか、じゃあまだまだこれからね。お互い頑張りましょうね」
「うん!カティアさんと一緒に入学できるようにがんばるよ!」
凄く良い子みたいだし、私も彼女と一緒に入学できたら嬉しいな。
そう言えば…彼女、誰かに似ている気がする。
う〜ん、だれだろ?
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