第七幕 44 『奥の手』


ーーーー 貴賓席 ーーーー


「お、王妃様……」


「あれくらい言っておかないと、ユリウスは調子に乗ってやりすぎますからね。闘技場の修繕費も馬鹿になりませんし」


「は、はぁ…でも確かに物凄く楽しそうですよねぇ、陛下…」


 ここを出るときと、今戦っている様子を見てレティシアはしみじみと呟く。


「それはカティアさんも同じでは?」


「そうだね。カティアはちょっとバトルジャンキーっぽいなぁ、って思ってたんだけど…陛下譲りなのかな?」


 前世の人格も影響してるのかもしれないが、劇団の面々の話からすれば割と昔からそうらしいので、もとのカティアの性格なのだろう。


「ふふ…強者との戦いで血が騒ぐのは分かりますわ!」


「ああ、こっちもそうか……兄さんも苦労するね」


 彼ら彼女らだけではなく、武神を崇める国民性と言えなくもない。



ーーーーーーーー





 母様に厳しい現実を突きつけられたものの、父様の攻撃の苛烈さは衰えることなく(若干ヤケクソ気味…)、そして私もその攻撃を凌ぎながら反撃する。

 一進一退の攻防が幾度となく繰り返されていた。



 近接戦では超高速の斬撃、間合が離れれば広範囲の衝撃波が襲い来るので、いっときも気が休まらない。

 既にティダ兄との戦いで開眼した奥義も使っていて、それでようやく互角のこの状況。


 多分、父様も全力全開の本気だとは思うのだけど、どこかまだ余裕があるようにも見える。

 何かまだ隠しているような気がする。



 そう思っていると、その機会は思いのほか早くやってきた。


「さて…なかなか楽しませてもらったが…父としては、まだまだ娘に負けるわけにはいかないからな。ここらで終わりにさせてもらうぞ…」


 そう言った父様の雰囲気が一変する!!

 離れていても感じられる圧倒的な闘気…空気すらビリビリと震えてるようにすら思える。



 げっ…

 あれは…!?



「[鬼神降臨]!!」


 極限まで高まった闘気が紅いオーラとなって噴き出し、父様の身体を覆う!!

 

 ちょっ!?

 父さんと同じスキル!?


 そんなのゲーム時代は使えなかったよ!!

 ここに来て現実世界の差異を見せられることに…


 今まで何とか拮抗していたのに、あんなの使われたら速攻でやられる!!


 どうする!?



「…カティア、お前も奥の手がまだあるだろう?」


「…!!」


 つまり…シギルを開放しろ、と?


 自分自身の本来の力じゃないと、これまで封印していたけど…確かにそうでもしないと対抗できるものではないね。

 些細なこだわりで負けるくらいなら…


 よし!


 私は、ディザール様のシギルが発現する直前で待機常態…常駐化で発動させた。

 私の身体と、手にした剣を薄っすらと青い燐光が覆う。



「そうだ、それで良い。久しいな…カリーネとの手合わせを思い出す…」


 一瞬だけ懐かしそうな顔を見せるが、すぐに気を引き締める。

 …と言うか、それはもはや手合わせってレベルじゃない気がするよ。




 ともかく、これで何とか対抗できるだろうか。

 あのスキルが父さんのものと全く同じなら、短期決戦を挑んでくるはず。

 だから、効果が切れるまで凌ぐと言う消極策もとれるけど…まあ、無粋だね。


 しっかり受けて立って…そして勝つ!!







『な、何だか私でも凄まじい力を感じるのですが…』


『ああ、ありゃあ正真正銘の奥の手だ。二人ともな』


『ダード以外にあれが使える者がいるとはな…』


『姫さんもまだあんなの隠してたとは…こりゃあ、どの道俺の勝ち筋は無かったか…』


『いや、もともと使う気は無かったんじゃねえかな。授かりものの力ではなく、自分自身の力で戦う…ってな。だけど、流石に[鬼神降臨]は普通にやってたんじゃ相手にならねえからな』


『授かりもの…なるほど』


『ま、まさかあれが…?』



 どうやら観客でも、分かる人は分かったらしい。

 イスパルの正当な血筋の私が見せるこの力が何であるのか。


 う〜ん…バラして良かったのかなぁ…

 母様に後で何か言われないかな。


 まあ、父様が良いって判断したのだから、もし何か言われたら父様ヨロシク。






ーーーー 貴賓席 ーーーー



「まあ…あの人ったら、私に相談もなく…」


「おおおお落ち着いてください!王妃様!」


 言葉は穏やかなものの、ピキッ、と青筋を立てて言うカーシャを見て、レティシアはガクブルしながら何とか宥めようとする。


「いやだわ、レティ。私は落ち着いてるわよ?……まあ、我がイスパルは本来はシギルの継承者は大々的に喧伝していたし、それは良いのだけど…」


 カーシャが難色を示してるのは、かの邪神教団の件があったからだが…


「…そもそも彼らには既に知られているからこそカティアが狙われたのだから、今更だったわね」


 そう思い直した。


 その様子を見てレティシアは、ホッ、と胸をなでおろす。

 王妃はいつも優しく温厚な人なのだが、ひとたび怒ると非常に恐ろしいことになるのは、以前の経験から良く知っていたのだ。



「それにしても…陛下があれを使えるとは」


「あのスキルを知ってるの?テオさん」


 テオフィルスの呟きを聞いたレティシアが彼に問う。

 それに答えたのは彼ではなくルシェーラだ。


「ダードおじさまも同じスキルを使ってましたわ。身体能力が凄まじく向上するようなのですが、効果時間が短くて、反動も大きいので使いどころが難しいらしいですわ」


「ふ〜ん…じゃあ、すぐに決着が付くってことだね」


「そうだな…カティアもシギルを発動したからかなり身体能力が上がってると思うが…拮抗しても長くは続かないだろうな」


 シギルの常駐化については彼もカティアから聞いている。

 最大発動時よりも効果は落ちるが、持続時間はかなり長くなるらしい。

 だから、[鬼神降臨]の効果がなくなるまで消極作戦をとることも出来そうなのだが…


 カティアの性格的に、そんなことはしないだろうな…とテオフィルスは思うのだった。


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