第七幕 3 『ファーストダンス』


「カティア様…ああ、なんてお美しい…あなたのその美しい髪は夜空を彩る天の川のようです。今日あなたに出会えて…ボクは今、天にも昇る心地でございます…!」


 髪をふぁさっ!とかき上げて流し目をくれながらそんな事を言ってくる。


「まぁ、お上手ですこと。おほほほ…(キショいからそのまま昇天しておくれ…)」


 マリーシャに叩き込まれた礼儀作法と言う名の仮面は今も絶賛フル稼働中だ。

 だが、もう何度目かも分からない『殿方』どもの何だか良くわからない美辞麗句に辟易して、心の中は徐々に荒んできている…


 いま私に挨拶をしているのは王都近くに所領を持つ伯爵家のご子息だとか。

 まあ、そんな肩書はこの場には他にもゴロゴロいるわけで…モーリス公爵家の挨拶を受けて以来ずっとこの調子で猛アピールを受けているのだ。


 そんな事をされても、私にはカイトがいるので最初からそんな求愛を受ける気はさらさらなく、ゆえに何度も繰り返されると辟易してしまうのだが…

 それはまだ公にしてない話だし、だから彼らが貴族としてそういう行動を取るのは理解できる。

 なので、だんだん過激になってきてる私の内面を晒すわけにはいかず…そうして更に仮面を強化しなければならないのだが、その労力によって私は余計に疲れてしまうのだった。


 まぁ、これはただの私の自分勝手な八つ当たりだし、彼らには何ら落度はないことだ。

 早く慣れて、さらっと流せるくらいの度量が欲しいところだね。

 あとは、カイトと正式に婚約でも出来ればなお良いねぇ…







 そんな風に、ちょっと疲れながらも何とかボロは出さずに頑張っていたのだが…ここに来て国外からのご来賓の方が私達のところにやって来た。


 実は最初から気にはなっていたのだが、やって来たのはレーヴェラントからのお客様だ。

 事前に招待客のリストには目を通しているのだが、今回いらしているのは第一王子で王太子のアルノルト様と王太子妃のアンネマリー様。

 つまり、カイトの異母兄と義姉と言うこと。

 アルノルト様はカイトとは母親が違うはずだけど、顔立ちが似ている。

 髪と瞳の色も同じだし、二人とも父親似と言うことなのかな?



 そして、もう一人…?


 ……!?


 な、何で彼がここにっ!?


 驚く私をよそに、アルノルト様が私達に話しかけてくる。


「ユリウス陛下、カーシャ様、お久しぶりです。お二人ともお元気そうで何よりです。カティア様は初めましてですね」


「うむ、そなた達こそ元気そうで何よりだ。レーヴェラントでの立太子の儀以来かな?」


「はい、それ以来ですね」

 

「ところで…そちらの者は?」


 と言って、父様はアルノルト殿下と一緒にやって来たもう一人の男性について尋ねる。


 先程から父様たちの話は聞こえていたが、ほとんど頭の中に入ってこず、私は驚きの表情を隠すこともできずに彼をじっと見ていた。


 淡い金髪に…アルノルト殿下と同じ茶褐色の瞳で、顔の造作もよく似ている。

 と言うか、この人は…


「ああ、紹介が遅くなりまして申し訳ありません。彼は私の異母弟でテオフィルスと申します」


「レーヴェラント王が一子、テオフィルスと申します。ユリウス陛下、カーシャ王妃殿下、カティア王女殿下におかれましては、この度のお披露目を迎えられたこと、心からお慶び申し上げます」



 やっぱり…


 それにしても、何でここにいるのだろう?

 …大丈夫なのかな?



「…ほう。そなたが…確か長らく病に臥せって公の場にも出ることが叶わないと聞いていたが?」


 ん〜…何だか父様の態度が固くなったね…

 それと対象的に、これまでは静かに微笑んでいた母様は目を輝かせて私と彼を面白そうに見ている。

 まあ、私と彼の関係は二人とも分かっているからね…


「お陰様で、こうして兄に同行出来るくらいには回復致しております」


 なるほど。

 表向きの理由は病気療養と言う事にしてたんだね。


 それにしても…以前彼に事情を聞いたときには、家族のことは信じたいけど信じきることが出来ない自分に悩んでいたみたいだけど…

 こうやってお兄さんに同行しているということは、吹っ切れたのかな?


 とにかく、彼と話がしたいけど。


 そう思っていると、母様がいたずらっぽく言う。


「テオフィルス様はカティアとも歳が近いと思うのですが、婚約者はいらっしゃるの?」


「いえ…あいにくと。しばらく公の場に出ていなかったものでそのような機会もなく…」


「そうなのね…あら、ちょうど頃合いみたいだわ。どうやらダンスの時間のようだし、せっかくだからカティアのファーストダンスのお相手をしてもらえないかしら?」


「か、母様…!」


 突然の申し出に母様の方を見ると、満面の笑みでウィンクしてきた。


 も、もう…母様ったら…

 ナイスだよ!



「そうですね、是非とも…カティア様、私と踊ってくださいますか?」


 と、テオフィルス王子が私に手を差し伸べる。


「は、はい…私でよろしければよろこんで!」


 彼の手を取って了承の意を返す。

 思いがけず初めてのダンスを彼と踊れる喜びに、思わず声が上擦ってしまった。



 そして、会場にはゆったりとした曲が流れ始める。

 会場の中央は広くスペースが取られ、色とりどりの煌びやかな衣装の男女が手を取り合って優雅に踊りだす。


 私達もその輪に加わるべく進み出ると、会場中の視線が集まるのを感じる。

 さて、特訓の成果を出せると良いのだけど。




 曲の流れに乗るためにタイミングを見計らう。

 片方の手を繋いで、もう片方の手はお互いの腰に回しリズムに合わせてステップを始める。

 周囲から見られていることを意識しながら、笑顔で彼の顔を見つめる。


 本番では初めてのダンス。

 練習通りにと思いながら、はじめは会話する余裕もないくらいに意識を集中していたが…

 彼のリードは素晴らしく、私達はピッタリと息を合せて自然な足取りで踊ることができた。

 彼も長らく社交の場には出ていないはずなのに、随分と様になっている。


 スペースいっぱいを使ってクルクルと巡り巡る。

 寄り添っては離れ、クルクルと。


 ああ…彼と踊るダンスはこんなにも楽しいんだね。



 やがて次第に余裕が出てくると、私は彼に囁きかける。


「…その髪はどうしたの?」


 今の彼の髪は淡い金髪。

 本来の色は茶褐色のはず。


「魔法薬でな。前にカティアも使っただろう?」


 ああ、リッフェル領の事件の時の。

 あの怪しげな色をした液体。

 私が使うと黒髪になったんだよね。


「…私に会いに来てくれたの?」


「ああ。カティアのファーストダンスを他の男に任せる訳にはいかないと思ってな。兄上が出席されると聞いていたから、同行させてもらえるように頼んだんだ。ここまで来たらもはや意味はあまりないが、念のため髪の色を変えて」


 うひゃ〜!

 この、カティアタラシめっ!

 嬉しいぞっ!


「そ、そうなのね。ありがとう、嬉しい……でも、大丈夫なの?」


「ああ、やはり俺は…兄上を信じているんだ。それにこの間の事件のこともある。確証は無いが…どうも二つの事件は繋がっている気がしてならないんだ」


「つまり黒幕は邪神教団だと」


「ああ。レーヴェラントでも怪しげな団体が活動しているとの情報もあるから…憶測が現実味を帯びてきていると思うんだ」


 レーヴェラントでも…

 いや、もし奴らの裏にいるのがグラナだとしたら、国境を接するレーヴェラントの方がもしかしたらより活発に活動しているのかも。



 


 そんな不穏な会話をしながらも、笑顔は絶やさずにダンスを続けるのだった。

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