第六幕 転生歌姫の王都デビュー

第六幕 プロローグ 『異世界の車窓から』

 私達を乗せた列車はイスパルナを出発して快調に走っている。

 線路は黄金街道から少し離れたところに敷設されていて、ときおり道行く馬車や旅人が遠くに見える。

 きっと、こちらを見てさぞかし驚いていることだろう。



「ちゃらっちゃっちゃっちゃちゃ〜らら〜…」


 レティが口ずさむのは前世の某旅番組の曲…列車の旅にはピッタリだ。

 結構スピードは出ているが、思ったより揺れが少ないのでゆったりと優雅な曲調が合っていると思う。

 …やや調子ハズレなのはご愛嬌だ。





「凄いものだな、鉄道というのは。あっという間に景色が変わっていく」


「本当ですわ。これは旅や物流の概念が変わると思います」


 ルシェーラの言う通り、歴史的な大事業になるだろうね。



 ミーティアは窓にかじり付いて外を見るのに夢中だ。

 いや、ミーティアだけではなく初めて乗車する殆どの人が夢中になってる。




「さあ!ちょっと遅くなったけど、お昼ごはんにしよう!列車旅の醍醐味の一つ『駅弁』だよ!」


「「「駅弁?」」」


「そう。カティアのアイディアでね。列車の中で車窓を眺めながら食事が楽しめれば…って事で、試作品をウチの料理長に作ってもらったんだ。はい、どうぞ」


 私のアイディアってことにするんだ…

 まあ、私の言葉がきっかけではあるけど。


 レティから貰った駅弁は、色々なおかずが少しずつ入った…前世で見た幕の内弁当そのもの。


「あら?これは、東方風の料理ですのね」


「見た目も華やかで美味しそうだな」


「おいしそ〜」


 あ、ミーティアが食べ物につられて窓から離れたよ。

 さすが食いしん坊さんだね。



 流れる車窓を眺めながら美味しい食事を楽しむ。

 何とも贅沢なことだと思う。


 この世界の旅行と言えば移動は専ら徒歩か馬車だ。

 私はそれも楽しいと思うが、やはり純粋な移動という側面が強い。

 こんなふうに移動そのものが娯楽になり得ると言うのはこの世界の人たちにとっては新鮮なことではないだろうか。







 駅弁も食べ終わって、再び車窓の景色を楽しんでいると、リディーさんのアナウンスが入った。


『皆さま、当列車は間もなく終点のトゥージスに到着いたします』


 どうやらもう終点になるようだ。

 イスパルナを出てから大体一時間くらいは経っただろうか?


「…もう到着するのか。聞いてはいたが理解が追いつかないな」


「朝イスパルナを出たら夕方に到着するのが普通ですからね…」




 私達が下車の準備をしていると、リュシアンさんとケイトリンさんがやって来てレティに話しかける。


「レティ…これを返しておきますね。助かりました」


「ホント、凄い魔道具ですよね。こんなものも作るんだから…流石は神童と言われるレティシア様ですよ」


「もう必要無いの?兄さん?」


「ええ。今回は任務のために借りましたが、まだ試作品なんでしょう?完成したら正式に騎士団の備品として手配しますよ」


 リュシアンさんがレティに渡したそれは…


「それはまさか…『スマホ』?」


「ん〜、そこまで高機能じゃないけど…通信の魔道具だよ」


「へえ〜…そんなのも作ってるんだ…」


「こういうのも実際に運行するとなると必要になるからね。他にも細々した調整事はまだまだたくさんあるよ。法整備も必要だし」


 まあ確かに線路敷いて列車走らせるだけじゃ済まないよね。

 本当に、果てしない道のりなんだろうなぁ…











 そして列車は終点のトゥージスの町に到着した。

 現在敷設されている線路はここまでだが、営業時にはここから更に先…王都までつながる予定だ。


「式典にはカティアも呼ぶからね。出席ヨロシク。あ、歌ってもらうのもいいかも」


「…まあ、いいけど」


 そうか…王族ってそう言うこともやらないといけないのか…

 人前に立つのは慣れてるからいいけど。



 そんな話をしながらホームに降り立った。

 トゥージス駅も町外れに作られていて、町の規模もそれほど大きくないので駅の周りは閑散としている。

 

「じゃあ、カティア、ルシェーラちゃん、ここで一旦お別れだね。まあ、私もすぐに王都に行くからまた連絡するね」


「うん、またねレティ。王都で会えるのを楽しみにしてるよ」


「お待ちしておりますわ」


 ちょっと名残惜しいけど、またすぐに会えるからね。

 再会を楽しみにしておこう。


「あ、そうだ、これを渡しておくよ」


 と言ってレティは、先程のスマホモドキ…もとい通信の魔道具を私とルシェーラに渡してくれた。


「え?いいの?試作してるところなんでしょう?」


「ああ、だいじょ〜ぶだよ。他にもたくさんあるから」


「そう?じゃあ借りておくね。これで連絡が取れるんだね」


「どこでも、ってわけじゃないけどね。これって地脈に流れる魔力を利用してるから、土地の状態に左右されたりするんだ。だからまだ改良の余地があるんだよね」


「ああなるほど。だから試作品なのか」


「そゆこと」


「…それでも凄いですわよ。ぴーちゃんの仕事が無くなってしまうかも…」


 …危うし!ぴーちゃん!


「私アイディアは出せるけど、魔道具の専門家ってわけじゃないからね…どこかに腕の良い魔道具職人がいると良いんだけど」


 と、手を頬に当てて首を傾げながら、ため息と共にこぼす。


 魔道具職人かぁ…

 特に知り合いには………いた。


「知り合いに腕の良い魔道具職人がいるけど…」


「ホント!?」


 ばっ!と食いついてきた。


「う、うん。これ、ミーティアの服を作ってくれた人なんだけど…神代遺物アーティファクトを解析して応用してたし、凄い人なんじゃないかと思うんだけど」


「おお!それは期待できそうだね!」


 ちなみに、ミーティアはおねむで今はカイトが背負ってます。


「プルシアさんって言って、ブレゼンタムの魔道具店の店主なんだけど…王都の大きい商会の傘下って言っていたよ。ええと…確か紹介状が…あった!」


 ユリシアさんたちから貰った紹介状を鞄から取り出してレティに見せる。


「どれどれ…おぉ、アズール商会!流石はお姫様、コネも凄いわね〜」


「たまたまだよ。でも、そんなに凄いところなの?」


「そりゃあね、王都一…いや、王国一と言っても良いくらいの大商会だよ」


「…そんなに?確か、父の商会って言ってたけど」


「ふえ〜、娘さんなんだ〜。でもいい話を聞いたわ。早速オファーしてみよっと」


 前世の知識チートのレティと、マッド魔道具職人のプルシアさん。

 二人が出会ったら一体どんな化学反応が起きるのやら…





 さて、貨車から荷物も下ろしたみたいだし、これで本当にお別れだね。


「じゃあねレティ。あなたに会えてよかったよ。これからもよろしくね」


「うん。私こそカティアに会えて嬉しかった。またね」


 名残を惜しむように私達はハグする。


「ルシェーラちゃんもまたね。兄さんのことよろしく」


「はい、また学園でお会いしましょう」


 レティとルシェーラも別れの挨拶をしてハグする。



 そして、列車を降りた一行は今日の宿泊先を確保するべくトゥージスの町に向かうのだった。

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