第四幕 14 『魅了』

 姦しくお喋りをしているうちに時間は過ぎ去り、もう深夜と言ってもよい時刻に差し掛かっている。

 とうに邸内は静まり返り、外からは夜鳴き鳥の声が聞こえてくる。


 ふと気がつくと、お嬢様もケイトリンさんもうつらうつらとしている。

 かく言う私も、極度の眠気に襲われて何だか意識が朦朧としている。




 …おかしい。

 確かに普段なら寝ている時間だ。

 先程までの会話で疲れてもいるのかもしれない。

 だが、ずっと気を張っていて、それを緩めたりはしていなかった。


 警戒しろ…!

 明らかにおかしい状況だ。

 カイトに連絡を取らないと…!



 だが、そこで身体が思うように動かせないことに気付く。

 先程よりも意識ははっきりしてきているのに、指一本たりとも自分の意思で動かす事ができないのだ。


 駄目だ…『念話の耳飾り』は手で触れて魔力を流さないと起動させる事が出来ない…!



 焦った私の耳に遠くからの声が聞こえる気がした。


 …いや、気のせいではない。

 だんだんとその声は強くなってきて、その内容も聞き取れるようになってきた。


『…此度我が邸に新たに迎えた花嫁たちよ。我らが閨に参じよ。褥を共にし、睦言を交わそうぞ』


 その言葉が耳に入り、内容を理解する間もなく身体が勝手に動き出す。

 意識は完全にはっきりしてるのに身体の主導権を得ることができない!


 お嬢様とケイトリンさんも私と同じように立ち上がって、部屋の外に向かって歩き出す。


「くっ!?お嬢様!ケイトリンさん!起きてください!」


 身体の自由は利かないが、声を出すことはできた。

 しかし、彼女たちからの返事はない。

 まだ意識が戻らないのか…?


 [聖套]が全く効果を発揮していない。

 精神攻撃では無いのか…?

 それとも、異界の魂の異能に対しては意味がないという事か?


 駄目だ!

 このままじゃ…!


 先程の言葉を思い出す。

 『褥を共にする』って…


 いやぁーー!?

 貞操の危機だよ!?

 乙女のピンチだよ!?


 カイト…!

 助けて!!



















ーー ミーティア ーー


 ミーティアは今回の作戦行動には参加しないレジスタンスの女達とともに、ゴルナード北の森にあるアジトで留守番をしていた。


 既に時間は深夜。

 もうとっくに彼女は就寝していたが、ふとした拍子に目が覚めたようだ。

 面倒を見ていたレジスタンスの女はそれに気が付いて、ミーティアに声をかける。


「どうしたの、ミーティアちゃん?眠れないの?」


「ママがあぶないの。たすけにいかなくちゃ」


「え?」


 と聞き返したその時、突然光が溢れ出し、それが収まると既にミーティアの姿はそこにはなかった。



ーーーーーーーー




ーー 突入チーム ーー


 同じ頃、カイトたち突入チームはリッフェル領主邸にほど近いレジスタンスのアジトの一つで待機していた。



「もう深夜です。そろそろ接触があると思うのですが…」


 カイトは逸る気持ちを抑えながら、今や遅しとカティアからの連絡を待ち続けている。

 そんな、普段の彼からは想像もつかない落ち着かない様子を見たダードレイは、嗜めるように話しかける。


「落ち着け。気持ちは分かるがな…冷静さは失うなよ」


「そうよ〜、カティアちゃんの強さは知ってるでしょ〜?」


「…ええ、分かってます」


 そう答えるものの、変わらぬ様子にダードレイは苦笑する。


「…まあ、突入したら存分に暴れればいいさ」




 と、その時、突然部屋の中に眩い光が生じた!


「何だ!?」


「魔法か!?」


 即座に戦闘姿勢をとるメンバーたち。

 彼らが警戒する中で、しかし光はすぐに収まり…


「!?ミーティア、か…?なぜ、ここに?」


 そこに現れたのは、確かにミーティアのようだった。


「うそ…まさか、転移の魔法…?」


 リーゼが呆然と呟く。

 ミーティアはここから離れたレジスタンスのアジトに預けているはずだ。

 彼女が一瞬のうちに現れたのは、正しく伝説の転移魔法によるものとしか思えなかった。


「そ、それよりもミーティアちゃん…何か大きくなってないッスか?」


 ロウエンの言うとおり、3歳児くらいだった筈の彼女は、今や5歳くらいに成長していた。


「パパ!!ママが危ないの!助けに行こう!!」


「!?直ぐ行くぞ!!」


「うん!![神帰回廊]!」


 ミーティアが魔法を使うと再び眩しい光が生じて…それが収まると、ミーティアとカイトの姿はそこにはなかった。



「…え?オイラたちはスルーっすか?」


「呆けてる場合じゃねえ!!ヨルバルト!俺たちも行くぞ!!」


「え、ええ…!各員、作戦行動開始!!急ぎ配置に着け!!」


 突然の展開に暫し呆然とする一同であったが、ダードレイが檄を飛ばすと弾かれたように飛び出していくのだった。



ーーーーーーーー










 客室棟を出た私達は迷いのない足取りで、本邸へ向かって歩いている。

 自分の意思ではなく勝手に身体が動いてるのだ。


 首も動かせないので二人の表情は見えないが、先程から何度か声をかけても反応がないので未だ正気を失ったままだろう。


 リタさんたちから聞いた話からすれば、おそらく本邸三階の部屋に向かっているはず。


 通路から本邸の中に入ると、そこは昼間以上に静まり返っていた。

 魔道具の微かな灯りが陰影を強調していて、恐ろしげな雰囲気を醸し出している。

 飾られた鎧兜が今にも動き出して襲いかかってくるかのようだ。


 そして、私達は階段を登って3階にやって来た。

 先代領主たちがいると思われる部屋の前を通り過ぎ、先の予想に違わずとうとう本邸三階奥の部屋の前までやってきた。


 丁度そのタイミングで、どのようにしてか私達の様子を察知していたであろう部屋の主から声がかかる。


『よくぞやってきた、我が愛しき妻たちよ。さあ、中に入るがよい』


 すると、扉が勝手に開き、それに合わせて私達は再び部屋の中に向かって歩み始める。

 中に入るとそこはかなり広い居間のようだが、そこには誰もいなかった。


『さあ、もっと奥に来るのだ』


 その言葉に従い、更に奥の部屋に向かう。

 またもや扉は勝手に開き、私達を招き入れる。


 そこは寝室だった。

 閨って言ってたもんね…知ってた。

 いよいよもってヤバいよ…!


 私達が部屋の中に入ると、後ろで扉が閉まる音がした。


 何かしらの香でも焚いているのだろうか、部屋の中には甘ったるい匂いが充満していた。


 何だろう…

 身体の自由は利かないものの先程までは明瞭だった意識が再びぼんやりとしてくる。

 身体が…お腹の奥のほうが熱くなって切なくなってくる…


『ふふ…我が妻たちよ、よくぞ参った。今宵はそなた達にとって初めての夜。身も心も我に委ねて快楽を享受せよ…さすればお前たちの美しさと生命は永遠のものとなろう…』


 部屋の中央には巨大な天蓋付きのベッドがあり、そこに一人の男が座っていた。

 この人がマクガレン…?

 ヨルバルトさんの父親だから結構な年齢のはずだが…せいぜい三十代くらいにしか見えない。

 ヨルバルトさんに似た面影の柔和そうな顔立ち。

 髪は銀髪で肩くらいの長さまである。

 いかにも貴族然とした服装だが、この何とも言えぬ淫靡な雰囲気の空間にはむしろ似つかわしくない。


『どうした?早くこちらに来るがよい』


 ああ…駄目だ…

 あの人の声を聴くと何も考えられなくなってくる。

 私達を誘う声すら心地よく感じてしまう。


 私もお嬢様もケイトリンさんも、もう彼の目前、手が触れるほど近くまで来てしまった。


 だめ…本当にこのままじゃ…


 マクガレンは私達を品定めするように視線を巡らせ、最初の獲物を決めようとしているようだ。

 そして、私にひた、と視線を合わせて、手を伸ばしてくる。


 いやぁ!?

 私ですか!?

 ちょちょちょっと待って!!

 貧乳ですけど良いんですか!?


『皆、我が妻に相応しい美貌だが…お前の美しさは、まるで女神ようだな。先ずはお前と睦み合おうぞ』


 と、私の髪を梳きながら耳元で囁く。


「…いや、やめて…」


 かろうじて私は声を絞り出すが、やはり身体の自由は利かず、抵抗することができない。

 貞操の危機に心底恐怖心が沸き起こり、涙が溢れ出してくる。


『ほう…?まだ意識を保っているとは…何という精神力か。素晴らしい。お前こそ我が正妻に相応しいな。さあ、恐れる事はない…お前ほどの素養があれば、私と契ることによって力を得ることが出来るやもしれぬぞ』


 そう言って私の身体をベッドに押し倒し、覆いかぶさり、服に手をかけて脱がそうとする…


「やだ!!いやっ!!助けてカイト!!」



 いよいよ陵辱の時が始まろうとして、私は魂の奥底から絞り出すように絶叫を上げる!


 すると、その瞬間…!



 薄暗かった部屋の中に突如として、ぱぁっ!と眩い光が溢れ出し、その光に弾かれたようにマクガレンは慌てて跳び退る。



「カティア!!」


「カイト!!」



 危機一髪のところで、カイトヒーローが助けに来てくれた!

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