第一幕 5 『出発』

 目が覚めると、昇りかけの太陽が街を赤く染めるような時間で、窓から光は差し込んでいるものの部屋はまだ薄暗かった。

 いつもの起床時間よりはかなり早いが、今日は依頼の約束があるのでそれほど余裕がある訳ではない。


 皆を待たせるわけにはいかないから、さっさと支度を済ませてしまおう。



 顔を洗い、口をゆすぎ、鏡を見ながら髪を整えて、着替える。

 母親の形見だというペンダントを身につける。

 そんな、毎朝やっていたであろうルーチンも問題なくこなす。

 まだカティアは日常的には化粧をしてないようだ。

 必要ないとも言えるが、【俺】の精神衛生的には助かる。



 それにしても、不思議な夢を見た。


 ……いや、あれは夢じゃなく実際にあった事なのかもしれない。

 そうであってほしいと思う。


 彼女がこれからどうなっていくのか分からないけど、また会えるのを楽しみにしている。






 早々に支度を終えて、宿の食堂に向った。

 まだかなり早い時間だが、早朝から活動する商人や冒険者たちのために既に営業を始めている。


 ただ、営業開始からはそれほど経っておらず、まだ食堂内は閑散としていた。

 数人が朝食をとっているだけで、ほとんどのテーブルは空いている。

 その中に父さんを見つけたので、給仕に注文をしてからそちらに向った。



「おはよう、父さん」


「おう、おはよう。だいぶ早いがよく眠れたか?」


「うん、大丈夫。他の皆はまだみたいね」


「そのうち来るだろ。アネッサには伝えてくれたんだよな」


「うん。今日はリィナも宿のお手伝いしながら留守番してるって」


「なら良かった。と、噂をすれば……来たな」


 ティダ兄とアネッサ姉さん、ロウエンさんも一緒だ。



「おはよう、リィナはまだ寝てるの?」


「おはよう〜、ダードさん、カティアちゃん〜。まだ流石に早いし起こすのも可愛そうだから〜、そっと出てきたわ〜」


 見送りたかった、とか後で拗そうだけど大丈夫かな……

 まあ、リィナはしっかりした子だから大丈夫か。


 ほかの皆とも朝の挨拶を交わして、給仕が持って来た朝食を食べ始める。







「よし、皆食べながらで良いから聞いてくれ」


 先に食べ終わっていた父さんが、これからの予定を話し始める。


「俺たちがこれから調査に向うスオージの大森林だが、昨日侯爵に聞いた通り何らかの異常……おそらく強力な魔物がいる可能性が高い。熟練の斥候を擁する調査の専門家とも言えるパーティーが行方不明になっている。俺らはどんな状況にも対応できるようにと、戦闘能力を買われて指名された訳だが……不意打ちを受ければ俺らだって危ねえ。うちのロウエンだって斥候として相当なもんだが、それに頼りきらずに各自最大限に警戒してくれ。そんな状況なんでな、単独行動は危険だ。だから今回は、効率は悪いがバラバラに散開しないで密集陣形でいくぞ」


「その行方不明のパーティーって〜、どの程度の実力だったんです〜?」


「ああ、一応捜索も兼ねてるんで侯爵に確認したんだが、なかなかのもんだ。5人パーティーでな、リーダーがBランクの剣士、後はCランクって……それだけ聞くと大したことないように聞こえるんだがな」


「あとは魔道士が一人と、斥候役が3人って変わった構成らしいッス。調査専門ってのは伊達じゃないッスね。スキルも聞いた限りじゃ斥候系のものは大体網羅していて熟練度も5〜7、正直このパーティーの不意を打つなんて、たとえ高位の魔物でも限られるんじゃないッスかね?」


 アネッサ姉さんの疑問に、父さんとロウエンさんが答える。


「ねえ、ロウエンさん、限られるってことはある程度相手の目星は付くの?」


「うーん、そうッスねぇ……限られるっていっても魔物の種類は多いッスからねぇ……でも森林ってのを考慮すると、例えば脅威度Bランクのファントムウルフとか。こいつは隠形に優れる上に察知能力も高い。更に足の速さがハンパないんで、索敵範囲外から一気に接近されると熟練の斥候でも対処が難しいッス。あとは……同じくBランクのアサシンスパイダー。こいつはとにかく気配が掴みにくく相当に注意してないと奇襲を受けやすいッス。まあ、このあたりはオイラは察知できるし、万一奇襲されてもこの面子なら問題ないッス。そのほかだと霊体系のアンデッドとかも厄介ッスね。あとはAランクとかも考えられるッス」


 なるほど……今ある情報だけでは絞り込むのは難しそうだね。

 でも、ロウエンさんが挙げた魔物はどれも説得力があると思う。


「さすがロウエンさん、見た目も言動もチャラいけどこの手の知識はうちでも随一だよね」


「カティアちゃん、それ褒めてないッス」


「しかし、候補はそれなりにいるって事か。魔物が原因とも限らないしな。行ってみないとなんとも、か」


「ああ、ここで議論しててもしょうがねえ。皆メシは食い終わったな。じゃあ、そろそろ出発しよう」


 話をしているうちにいつの間にか皆食べ終わっており、いよいよ出発することになった。






 まずは馬を借りるため、東門の領軍詰所にある厩舎に向かうことになった。


 日はすっかり昇り、さわやかな朝の空気の中にパンの焼けるいい匂いが混じる。

 早くも職場に向かう人たちや、街の外に向かう同業者らしき人々、夜通し飲んでいたのかまだ酔いも覚めやらぬ様子で家路につく人など、まだ朝も早い時間だがそこそこ人通りがある。



 宿は東門の近くなので、程なく領軍詰所に到着した。

 門の前に立つ衛兵の一人に父さんが声をかける。


「すまない。我々は冒険者パーティーの……あ〜『エーデルワイス』なんだが、侯爵閣下からこちらに話は行ってるだろうか?」


「はっ!エーデルワイスの皆さんですね。話は伺っております。厩舎の方にご案内いたしますので、こちらへどうぞ」


 そう言って、門の中に招き入れてくれる。

 中に案内されて歩いてる途中……ちょんちょん、と姉さんが突いてくる。

 なあに?


「エーデルワイスって〜?」


「あ、そうか。まだ伝えてなかったっけ。昨日侯爵様にパーティー名は?って聞かれて急遽決めたの。姉さんもパーティー名はあった方が良いって言ってたって、ティダ兄から聞いたし。ほら、うちの一座のシンボルマークに使われてるじゃない?」


「あ〜、あれね〜。良いじゃない〜。何だったら一座の名前もエーデルワイス歌劇団とかにすれば〜?ダードレイ一座じゃなんだかダサいな〜って思ってたのよね〜」


 ……なんか、ナチュラルにディスってる気がするけど、それは父さんに言ってね。


 そんな話をしながら、案内されるまま歩いていく。

 詰所の建物には入らず脇を通り抜けて行くと、練兵場と思しき広場がありその奥の一角に厩舎があった。


「こちらです。今回お貸しするのは5頭でよろしかったでしょうか」


「ああ、ありがとう。5頭で問題な……っと。カティア、お前馬乗れたっけか?」


 ……乗れない。

 本来の【私】なら。


 一座で馬車は使うので御者はできるんだけど、何故か乗馬はしたことが無かったんだよね……

 でも、いまの私のスキルには[乗馬4]がある。


 ……うーん、これゲームから引き継いだものみたいなんだけど、実際に乗れるのだろうか?


「……多分、大丈夫だと思う…?」


「多分って……何で疑問形なんだ?別に誰かと相乗りでもいいんだぞ」


「ちょっと試してみる。すみません、1頭お借りしても?」


「え、ええ、構いませんが……」



 ちょっと不安だし、大人しそうな子がいいかな。

 馬房を巡り一頭一頭見ていく。


 よし、この子にしようかな。

 近づいて声をかけたら鼻を擦り寄せてきてくれて、とても懐っこい感じの栗毛の子。

 可愛い。


 馬房から外に出して馬具を付けてもらい……


「乗せてもらうね?」


「ヒヒンッ!」


 一声かけてから跨った。


 ……何となく走らせ方が分かるかな?

 最初は並足で、その後軽く駆け足で練兵場を走らせてみた。

 うん、大丈夫そうだ。


「よ〜し、どうどう!……はい、ありがとうね」


「ぶるるっ!」


 首を撫でながらお礼を言うと、どういたしまして、と返事してくれたような気がする。


 うん!乗馬って楽しい!

 【私】も【俺】も経験ないことなのでとっても新鮮な気分だ。


「あぁ、どうやら大丈夫みたいだな」


 様子を見ていた父さんからも太鼓判をもらった。


 どうやら、本来の私が持っていなかったスキルでも、問題なくその技能を扱えることが分かった。


「しかし、いつの間に乗馬なんて覚えたんだ?」


「あ、あぁ、ほ、ほら冒険者の依頼で遠出することもあるし、できたほうが良いと思ってたまに練習してたのですことよ。オホホホ……」


「?……そうか。しかし、お前どっちが本職かますます分からなくなってきたな」


「それは皆そうでしょ……」















 馬を借り街を出た一行は、街道を一路東へ進む。

 昨日も通ったが街道は平和そのもので、なんのトラブルもなく順調に進む。


 やがて、街道から外れ北に向かって伸びる小道に入った。

 街道程では無いが、馬が2頭並んで走る程度には広く、移動スピードが落ちることはなく快調に進む。


 事前に確認した地図によれば、この道はスオージ大森林の近傍まで続いており、このまま進めば侯爵様に教えてもらった領軍の野営地の一つに辿り着くことができる。

 道の両側は草原になっており、ところどころに大小の森林が見える。この先に進むにつれて徐々に森が深くなっていくのだろう。



 小道に入ってしばらく進んだところでロウエンさんが警告を発した。


「大将!何かいるッス!多分、魔物が複数!」


「ちっ、面倒だな……振り切れねえか?」


「あそこの森の中、同じくらいのスピードで並走してるッス!」


 そう言って、進行方向右手側の少し離れたところで道と並行している森を指す。

 確かにこちらに合わせて森の中を走る複数の気配を感じる。



「父さん!ここで迎撃しよう!確かこの先は湿地で足場が悪くなるよ!」


「よし!馬を止めろ!各自迎撃態勢!」


「「「応!(は〜い!)」」」


 父さんが号令をかけると、皆一斉に馬を止め下馬し迎撃態勢を整える。


「来るッス!」


 こちらが止まったのに合わせて森から一斉に飛び出してきた魔物、その数およそ三十匹程の……


「ブラッドウルフか!」


 血で染まったかのように赤い毛を纏った体長1.5m程の狼で、単独ではそれほど脅威ではないが、大体は十数匹程の群れで行動し、その場合は脅威度Bランク相当とされる魔物だ。

 その敏捷性を活かした連携を得意とし、並の冒険者ではかなり危険な相手だ。

 しかも、通常よりもかなり数が多い。

 だが……


「アネッサ!初撃頼む!」


「は〜い、[氷弾・散]」


 姉さんの魔法により、空気中の水分を凝集して作られた氷の弾丸が広範囲にばら撒かれる。

 本来は単発のところ、散弾銃のようにアレンジしてる。

 威力よりも相手の出鼻を挫くために発動速度と効果範囲を優先したようだ。


 狙い通り、魔物たちの突撃の勢いは大きく削がれた。

 そのうちの何匹かは当たりどころが良かったようで一撃で仕留める事ができたみたいだ。

 そこに父さんとティダ兄が飛び込んでいく。


「ティダは右を頼んだ!ロウエンとカティアはアネッサと馬を守りつつ、抜けたやつを潰せ!」


「分かった」


「「了解!(ッス!)」」


 父さんは指示を出しつつ本来は両手で扱うはずの大剣を片手で軽々とふるい、一振りでまとめて4〜5匹を倒す。

 ティダ兄は対照的に目にも止まらない双剣の連撃で次々とうち倒していく。


 それでもさすがに数が多いので二人で全てを相手にできるわけではなく、間を抜けた2匹がこちらにやって来た。


 左右から挟み込むように連携を取って迫ってくる相手をギリギリまで引きつける。

 そして、襲いかかってくるタイミングに合わせてバックステップ……紙一重で躱し、2匹が交錯するのに合わせて一太刀でまとめて首を斬り飛ばす。




 その後も、前衛二人は次から次へと屍を積み上げる。

 ときおり抜けてくるのも、私とロウエンさんで危なげなく討ち取っていく。


 瞬く間に数を減らしたブラッドウルフは、残り数匹になったところで逃げ出していった。




「よし、深追いはしなくていい。馬は大丈夫か?」


「ちょっと興奮してるけど〜、大丈夫〜。さすが良く訓練されてるわ〜。よしよし、いい子ね〜」


 突然の襲撃から始まった戦闘もさして時間もかからずに終了、こちらの被害は特に無し。

 流石は高ランク冒険者を擁するパーティーなだけに、全く危なげなかった。

 気心の知れた者同士なので連携も問題なし、と。


「しかし随分と数が多かったな。ブラッドウルフってのはあんなに群れるもんだったか?」


「いや、普通は多くても十数匹程度のはずッス。これも異変の影響ッスかね?」


「そうかもしれん。スオージの森から追い出されたいくつかの群れが合流したのかもな」


 しかし、あんなのが街道まで行ったら大変だ。

 何匹かは逃してしまったが、数を減らせてよかったよ。



「じゃあ、馬が落ち着いたらまた出発だ。あっと、その前に後始末頼む」


「分かったわ〜、カティアちゃんもお願い〜」


「うん。じゃあ私はこっちをやるね」


 死体の後始末を姉さんと手分けする。

 今回は時間も惜しいので小規模高火力の魔法で手早く焼却して、一応魔核も集めておく。


「終わったよ」


「こっちも〜」


「よし、じゃあ行くか。領軍の野営地はあともうすぐでたどり着けるだろう」


 戦闘と後始末に少々時間は取られたが、特に問題なく直ぐに再出発した。


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