君は輝ける一番星

さよ吉(詩森さよ)

第1話 カムアウト


「クラリス、君との婚約を破棄する。

 理由はわかっているな」


 この国の王太子であり、俺の婚約者であるカールからそう告げられた時、安堵感と共にいくばくかの寂しさもやってきた。



 俺はクラリス・モンダーギュ。

 銀髪碧眼の美少女である。

 そして公爵の娘、つまり女だ。

 だが俺には前世の記憶があった。



 前世での俺は、共学の進学校に入学したばかりのごく普通のDKだった。

 俺の学力より上の学校だったから、中学時代はものすごく勉強ばっかした。

 でもおかげでエスカレーター式に名門大学へ入れる高校に進学できた。

 これまで我慢していた遊びや恋だってできると、希望に胸が膨らんでいたんだ。


 でもその入学式の帰りに、暴走した車が俺のいる場所に突っ込んできたんだ。

 そんなとき誰も助けてくれないんだな。

 みんな遠巻きに見ているだけ。


 警察に連絡している人もいたけど、倒れている俺の写真を撮ってる奴らもいた。

 結構血が出てたから、グロかったんじゃないかな。

 あんなのSNSにアップしたら、即アカウント停止だろ。


 まぁ、それはいい。

 過ぎたことだ。



 問題は俺が女として生まれてきたのに、男の意識があったことだ。

 さすがに赤ちゃんの頃は気がつかなかったんだけど、物心がついて周りの人たちが認識できるようになると自分が女じゃないってわかった。

 それで前世の記憶を取り戻したんだ。


 それと同時に自分が生まれてきた世界が異世界だってことに気が付いた。

 だって月が2つあるし、魔法使いがいるんだぜ。

 勉強ばっかであんまり読んでなかったけど、俺だって異世界転生物のマンガぐらいは目を通したことがある。


 だけどとても冒険に行ける立場じゃなかった。



 公爵家の娘ってのは、王家に流れる尊い血を守るために必ず王族と結婚することが決まっていたからだ。

 そして俺には生まれた時からの婚約者がいた。


 2歳上のカール・アウグスト。

 王の青い血をひく、この国の輝ける一番星。

 正室である王妃から生まれた由緒正しい王子様だ。

 長男で頭も見てくれも運動神経も、なんなら性格だっていい。


 つまり俺は王太子の嫁、そして未来の王妃であり国母として子どもを産まなきゃならなかったんだ。



 公爵家の娘は、本当に自由がない。

 婚約者であるカールに会わされたのは3歳の時だ。


 そこで幼児なのに、みっちりと挨拶と言葉遣いを仕込まれた。

 俺なんて言ったらそれこそ気が狂ったように怒られるし、いったい誰が俺の前でそんなことを教えたと犯人捜しを始められたので使わなくなった。


 男の騎士は側にいなかったので、主治医や健やかに育つように付与魔法を掛けてくれた魔法使いが疑われたんだ。

 2人とも王家の血筋の人でよかったよ。

 王家には魔法が使えるものが多く生まれるから、彼らは守られているんだ。

 そうでなければ首をねるって言ってたからな。



 それでカールに会った訳。

 そしたらびっくりだよ。

 本当にマンガに出てきそうなくらい、キラキラした王子様(5歳)だったからだ。

 今の俺も大概きれいな方なんだが、ここまで美しい人間を前世でも今世でも見たことがなかったんだ。


 俺はポカンと口を開けてしまったが、何とか侍女に促されて挨拶すると、カールはニコニコ笑って俺に手を差し伸べた。


「よくきてくれたね、クラリス。

 さぁ、ぼくといっしょにあそぼうか」


 そうしておもちゃいっぱいの子ども部屋に連れていかれた。

「さぁ、なにがしたい?

 おにんぎょうもあるよ」


 さすがに元高校生の俺に人形遊びは無理だ。

 それで絵本を選んだら、

「じゃあ、よんであげようね」


 カールはよく通るきれいな声で、絵本を読んでくれた。

 俺はこっちの字がそのとき読めなかったから、わからないところを途中で聞いても嫌がらずに教えてくれる。

 小さな紳士とは、彼のような人のことだ。



 俺が人形やおままごとよりも、ボール遊びやかけっこの方が好きだとわかるとそれにも付き合ってくれた。

 周りの大人は難色を示したがカールがとりなしてくれた。


「こどものころからうんどうをすると、げんきなあかちゃんをうめると、へんきょうはくふじんがいっていました」


 辺境伯夫人はカールの叔母で、女だてらに剣を扱う男勝りの女性だそうだ。

 そして3人の男の子を生み、どうしても女の子が欲しいと今4人目を妊娠している。

 そんな夫人の言葉を否定することは誰もできなくて、俺はのびのびと運動することが出来た。

 ホント、いい兄貴って感じで大好きになったんだ。



 元DKのくせに5歳児を兄貴なんか言うなって思っただろ?

 その通りなんだけど、意識は年上でも体は幼児でよたよたとしか動けないし、知識も器用さも何もかも敵わなかったから、素直に兄貴でいいやって思えたんだ。


 それで王宮の庭にある薔薇の迷路で2人きりになったときに、俺は前世の記憶があることをカールに打ち明けたのだ。

 俺が5歳、彼が7歳のときだ。

 花盛りですごくきれいだったな。



「カールさま、わたくし、かくしごとがあるのです」


「隠しごと?

 クラリスは難しい言葉を知ってるね」


 このころカールはすでに王太子に任ぜられていた。

 すごく賢くて優秀な彼は難しい本も読みこなし、歳よりも大人びていた。

 一人称も僕から私に変えていたんだ。


「だれにもはなさないとおやくそくしてくださったら、カールさまにだけはなします」


「わかった、誰にも話さない。

 私王太子カール・アウグストの名に懸けて誓おう」


「じつは……わたくし、いや俺には前世の記憶があるんだ」


「前世……?」



 俺は包み隠さず話した。

 元は15歳で死んだ男で、その意識に引きずられていること。

 そしてその経験からカールを信頼していること、そして俺のような女として中途半端な存在が彼の妻になってはいけないと思っていることをだ。



「つまりクラリスは、本当は15歳ってことなんだね。

 その割には幼く感じるけど……」


「こっちのことは5歳分しか知らないんだ。

 あと動きやなんかは体に引きずられている」


「でも確かにクラリスは5歳にしては聞き分けもいいし、賢くて判断力も優れている。

 15歳ならばそれも可能だ。

 姿をごてごてと飾り付けないのも、香水をつけないのも、元男性だからと思えば納得がいく」


「元かどうか、はっきりしないんだ。

 俺、おっぱいの大きい人はつい見ちゃうんだよね」


「つまりそう言う女性と以前にも付き合っていたの?」


「ううん、向こうじゃ15って割とガキなんだ。

 俺は勉強で忙しくって誰とも付き合ってなかった」

 同い年でエッチを済ましてるヤツもいたけど、それは黙っておこう。


「そうか……」


 カールは黙り込んでしまった。



 俺はさっきも言ったけど一番大切なことをもう1度言った。


「だから俺が……、男が王妃になるなんてあってはならないと思う。

 ちゃんとした女性を迎え入れた方がいい。

 カールの幸せのためにも、俺の心のためにも」


「クラリスは私が嫌いなのかい?」


「そんなことない。カールは大好きだ。

 だけど恋じゃない。

 こっちの世界の兄のように思っている。

 ただ女として受け入れられないと思う……」



 するとカールは太陽のように笑った。

「だったら私に好きな女性が現れるまで、婚約は継続してくれないか?

 私は君が側にいてくれることで、とても救われているんだよ。

 腹の中を隠して近寄ってくる女の子と無理して付き合わなくていいし、その親たちのおべっかや要求を聞く必要もない。


 何より君は正直で優しい。

 自分だけでなく、私の心配もしてくれている。

 それに、ほら前にトンボがどこかの令嬢の帽子に止まったとき、傷つけずに取ってあげてただろう?」


「トンボぐらい平気さ。

 それにどんな小さな生き物でも、なにか必要があって生まれてきているんだ。

 害虫みたいに病気を運んできたり、猛獣のように襲ってきたりしないなら殺さなくていいと思う」


「なるほど、そういう考え方はしたことがなかった。

 それが元の世界の考え方なんだね」


「みんなが同じわけじゃないけど、一応はね」



 カールは大きく頷いた。

「そうだ、こうしよう。

 君のような体は女性で心が男性な人は、それを表に出してはなかなか生きにくいと思う。

 だから私と2人きりのときは素の君でいてくれ。

 私は最大限、君とこの秘密を守るよ」


「わかった。

 俺も仮の婚約者として、カールの防波堤になるよ。

 女除けとして使ってくれ」


「クラリス、君の向こうでの名前はなんていうんだい?」


「それが覚えていないんだ。

 だからこれまで通り、クラリスでいい」


「では私のこともカールでいいよ。

 ああ人前ではこれまで通り、様づけでね」


「了解! 

 いや、しょうちいたしました」


 俺たちはクスクス笑った。

 このとき俺とカールは秘密を共有した、共犯者になったのだ。



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