0章:衛星からの物体X(第5話)
「桜が生きていた事は、俺も手放しで喜んでいいだろう。だが、生きていた、という結果があるにも関わらず、その過程を調査するために人工衛星を見に行こう、というのは解せんな」
「やめなよ、豊橋くん。アタシが桜ちゃんの立場だったら、同じように、意識を失っていた間に何が起きていたか、知りたいと思うわ」
「堀田さんまでつきあわせちゃって、申し訳なかったですね」
「いいのよ、鳴海くん。よかったね、桜ちゃん。桜ちゃんの勇気は凄いと思ったけれど…アタシも、本当に心配したし、悲しかった…。豊橋くんだって、桜ちゃんを置いて出発した事を、随分後悔してたのよ」
「豊橋…。そうだったのか」
「堀田さん、心配しないでください。あたし、豊橋さんにも、すごくすごく感謝してますから」
「…結論がそれなら問題はなかろう。俺は、少々複雑な心境だがな…」
「で、国府はなんでついてきたんだよ?」
「鳴海せんぱい、それはひどいですよ~! 私だってさっちんの事が心配だったんですからね! ついてきたのは、さっちんへの親心ですよ」
「国府ちゃん、ありがとうね~! あたしも、また国府ちゃんとこうして話すことができて嬉しいよ」
「さっちん~!」
「なんだよ…この茶番劇は…」
「ねえ、国府ちゃん。今日はヒマワリの種持ってないの? あたし、ちょっとお腹空いちゃった」
「あ、持ってるよ。さっちん、食べる?」
「国府はヒマワリの種なんか食べるのかよ…」
「おいしいですよ? 私、ナッツ類が大好きなんです。夏が過ぎれば、学校の花壇のヒマワリから直接抜いて食べることだってできますよ。はい、さっちん」
「ありがとう。ポリポリ」
「鳴海せんぱいも食べます? おいしいですよ?」
「ナッツって言ったら、ピスタチオとかカシューナッツとかクルミとかじゃないのかよ…」
「種を割ってあげますから。遠慮しないで、お口を開けてください。ほら、あ~ん!」
「お、おい、やめろよ…。桜だっているのに」
「あれ? だって、鳴海せんぱいは、桜ちゃんとつきあっていないんですよね? 彼女じゃないんですよね?」
「え? 鳴海くんと桜ちゃん、付き合ってる訳じゃなかったの? アタシ、ちょっとショックなんだけど」
「いや、その、なんというか…」
「さっちんの恋路は、私がちゃんと応援するからねえ!」
「ありがとう~国府ちゃん!」
「さっちんが鳴海せんぱいを籠絡できなければ、鳴海せんぱいは私がもらいうける」
「おい、やめれ」
「あれ? あそこにいるの、とこちんじゃん。お~い、とこちん!」
「誰? 小学生?」
「国府ちゃんの近所に住んでる女の子で、とこちゃんですよ、堀田さん。常滑とこなめだから、とこちゃん」
「とこち~ん!」
「あ、国府ねえちゃんじゃにゃーきゃ! ねえちゃんも無事だったかね? 桜ねえちゃんも、鳴海にいちゃんも、八十日目やっとかめだがね。みんなお揃いで、どこへ行かっせるの?」
「ちょっとそこまでね~。そういうとこちんは? 部活帰り? 音楽部だっけ?」
「上小田井かみおたいくんが、浜辺で妙なものを見つけたって言うでよ。一緒に見に行くところだで」
「上小田井くん? ああ、この子。とこちゃんのお友達なんだ」
「ぼ、ぼく…か、か、上小田井といいます…。よろしくおねがいします」
「あら可愛いわね。アタシは堀田、彼が鳴海くん、その隣が桜ちゃん、それでこっちが…」
「…豊橋だ」
「よ、よろしくお願いします」
「上小田井くんは、あがり症だでかんわ」
(鳴海くん…常滑ちゃんは、だいぶ方言が強いみたいね…)
(おばあちゃん子みたいですよ。名古屋弁ですかね? 正直、たまに言っている意味がわからない事があります)
「桜おねえちゃんたちも、一緒に行こまい!」
「あたしたちも、海岸に行くところだったんだよ。だから、うん、一緒に行こうか」
「やれやれだ。俺はガキは苦手だ。せいぜい、堀田に相手を任せるとしよう」
「へえ、2人とも小学5年生で、同じクラスなんだ。仲がいいんだね」
「上小田井くんがあんまり頼りにゃーから、うちがいつもついとったるんだがね」
「と、常滑さんは言うんですけれど、それはぼくのセリフでもあるんですよね…」
「な、なにを言っとらっせるの? うちがいつ上小田井くんを頼りにしたかね?」
「2年生の時、掛け算の九九を全然覚えられなかったでしょ? ぼくが覚えるのつきあってあげたよね」
「そ、そんなに昔の事を例にあげんでも…」
「それで、今は円周率の暗証に挑戦してるんだもんね?」
「へえ! とこちん、難しい事に挑戦してるんだね」
「そ、そうだがね。暗証大会があるもんだでよ。なにしろ、うち、算数は得意だでよ…」
「えへ。常滑さん、そう言いながら、まだ10桁も覚えられてないよね」
「上小田井くんは、ちょっと黙っとりゃーして!」
「おい上小田井。ここから先は立入禁止解除がされていないぞ。ガキどもが入っていい場所じゃない」
「あ、あれ、おかしいな…。ぼくが前に来た時は、立入禁止になっていなかったのに…。ど、どうしましょう?」
「無視して行くしかあるまい。俺たちは、まだ目的を達していない」
「あ、ほら、あそこです。ぼくが見つけた、妙なもの、というのは…」
「…豊橋」
「ああ、そうだな。俺たちが見た人工衛星と同じだ」
「でも、僕たちが見た時とかなり位置がずれてるし、破損具合も違う。もしかして、漂着したのは1基だけじゃなかったのか?」
「鳴海さん、これ、やっぱり人工衛星なんでしょうか?」
「やっぱり、という事は、上小田井くんも、これが人工衛星だと思ってたってことだよね? 天体好きなんだ」
「はい、宇宙は好きです。サーマルブランケット(断熱材)が残っているから、もしかして…と思って」
「ねえ豊橋くん、あそこ、電気がついてるみたいだけれど、もしかして動いているの?」
「そのようだな。この機体もLEDが点灯している。つまり、稼働している可能性がある」
「面白いですよね~! あ、で、でも、隕石の墜落から、もう何日も経つのに、なんで放置されたままなんでしょうね? 鳴海せんぱい」
「運用中の管理されている衛星であれば、地表に落下でもしようものなら国際問題だし、すぐに回収されるはず。放置されている、という事は、やはり廃棄されたか、または運用前の衛星が打ち上げを待たずに何らかの理由で海に投棄されて流されてしまったか…」
「廃棄予定で保管していたのであれば、電源が切断されていないのは解せん。とすると、何らかの形で運用していた、という仮説が有力だろう」
「あ、鳴海くん、見て! あそこ、急に光が点滅しはじめたよ…」
「桜が、朦朧とする意識で見た光、って、あの光ではないのかな?」
「う~ん、どうだろう」
「何か、思い出したり、とかは…?」
「今のところは、なんにも…」
「そっか…」
プシュウウゥゥゥゥ…
「え? なに?」
「おい、何かが本体からイジェクトされたぞ。…箱か?」
「遠隔で操作されている? それとも、センサーで自動制御されているんだろうか? 僕たちの体温に反応したとか…」
「鳴海くん…なんか…怖い…」
「大丈夫だよ、桜。人工物である限りは、人智を超えた物ではないから」
「どうする鳴海。あの箱のような物体を調査してみるか?」
「いや…それはやめておこう。そもそも、この衛星が日本の所有物かどうかも解らない。軍事目的の衛星なら、なおさら巻き込まれたくない」
「わ、私、よくわからないですけれど、け、警察とかに伝えた方が、いいんでしょうか?」
「それも…やめておこう。警察にしろ消防にしろ、この衛星の存在に気づいていないとは考えづらい…。桜が特に思い出す事がなかった、という結論で僕たちは満足すべきだよ。何も見なかった事にしておいた方がいいかもしれない…なんだか、嫌な予感がする」
「…ねえ、ほら、本を閉じて…あるいは、スマホを消して…。目を閉じて、考えてみて。時間をあげるからさ。あれ、何だと思う?」
「堀田、何か言ったか? 本だと言ったか? 誰も本など持っていないぞ」
「う、ううん。なんでもない」
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