0章:衛星からの物体X(第3話)
「ここに居たか…。まあ、他に行くところもあるまいか…」
「豊橋…」
「後輪がホイールごと交換になった。ブレーキパッドもすり減って交換だ。…3人で正解だった事は疑いあるまい」
「そうか…。桜だったら…僕よりも体重が軽いから、ブレーキパッドだけで済んだかもな…」
「否定すべきか迷う仮説だ…。…生き残る、というのも、なかなかつらいものだな」
「ああ…。そうだね」
「眠れてるか?」
「さあ…。どうだろう。…何度も、苛まれて目が覚めるんだ。もし、僕が桜と同じ行動をとっていれば…とか」
「残す身がつらいか、残される身がつらいか、ってやつか」
「何が言いたい?」
「もしお前が死んで桜が生きていたとしたら、桜が今のお前以上に思い悩んだだろう事を否定できない」
「桜が?」
「ほう、それを俺に問い返すのか。桜については、お前の方がよくわかっていると思っていたがな」
「…はは…。そうかな…。そうかも。確かに、桜の性格なら…自殺しかねないな…罪の意識に潰されて…」
「罪の意識…か。お前の桜に対する認識は、まあ、そんなものか…」
「なんだって?」
「いや…。まあ、慰めにもならんが、死んだのは桜だけじゃない。隕石落下による、あの津波で、少なくとも数百人単位が犠牲になってる」
「行方不明を入れると、数倍になるんじゃないのか?」
「それでも数千人規模で済んだ。済んだと考えるべきだろう。地形が幸いしたな」
「…桜は、死んじゃいないよ」
「ほう。根拠があるのか?」
「少なくとも、書類上は…ね」
「なるほど。あそこの掲示板を確認したのか。行方不明、という言葉に、どれだけ望みをかけていいか、解らんな…」
「…海岸の立ち入り禁止が解除されたら…。僕は、桜を探すつもりだよ」
「俺にそれを止める道理はないな。手伝ってやる」
「バイクの修理代は、僕も負担する」
「ああ、そうしてくれると助かる。またいつ、お前の命を助けなければならないか解らんからな」
「海岸線は…思ったよりも酷いな…」
「建物が近くにあまりなかった事は幸いだったか。瓦礫は多くない。だが、倒された木や漂着物はかなりの量だ」
「…酷い匂いだ…。生臭い…という表現でいいのかな」
「死臭か。血の匂いか。縁起でもないがな。どのみち、ここに来ているのは、俺たち同様、行方不明の家族を探しに来ている連中ばかりだ。まあ、それも、まばらだが」
「アイスクリーム屋のおばさん、無事かな…」
「アイスクリームの匂いは、さすがに解らんな…。警察犬でもいればな。おい、見ろ。自衛隊か消防か知らんが、ダイバーたちだ」
「潜水して、遺体を捜索しているのかな、訊いてみようか…」
「お前としては、桜が見つかるのがいいのか? それとも、見つからないのがいいのか?」
「どういう意味だ?」
「ここで見つかる、という事は、桜は死んでいる、と同義になる」
「…そうか。そうだよね」
「桜には連絡をとってみたのか?」
「スマホは電源が入っていないみたいだ…」
「桜の家族は? 家には行ったか?」
「家には行った。家族にも会ったよ…」
「なるほど、その結論においても、桜は行方不明、という訳だ」
「…僕さ、桜の家族には、土下座をして謝罪をしに行くつもりだったんだ。だって、学校からの帰りに、わざわざ遠回りして海辺を歩いたのは、僕の責任だからさ…」
「お前の責任…か」
「それ以上に、桜を身代わりに、僕は生き残った…。許せるはずがないよな。自分の娘を見殺しにして、のうのうと生きてるやつの事なんてさ」
「それで? 桜の家族には、何と言われた?」
「はは…。状況を説明したんだ。僕を原付に乗せて、桜は波に向かって走っていったって。そしたらさ…桜の両親、それでよかった、って言うんだよね。桜らしい…ってさ」
「そうか…」
「だから、余計に、なんで自分が生き残ってしまったのか、訳が解らないんだよね…整理ができない」
「混乱している事は同情する。だが、お前の命を助けた俺の身にもなって欲しいものだな」
「豊橋の身…? あ、ああ…。そうだね。いや、気が付かなくて悪かったよ。僕が苛まれるのは、まるで豊橋にも責任を追わせているようなものだったね」
「たとえ嘘だとしても、そういう事にしておけ。少なくとも、今はそれが心の安定を図る上では正解だろう」
「うん、ありがとう。とりあえず、桜を探そう。たとえ、死んでいるとしても、今はそれしかできることがないんだ」
「二手に分かれて探したほうが効率的だろうな」
「そうしよう。とりあえず、30分後にメッセンジャーを入れるよ」
「承知した…」
「せめて、桜の荷物とか、なにかしら手がかりが見つかるといいんだけれどな」
―― もうすぐ30分だけれど、そっちは何かあった?
―― 期待に添えず残念だが、桜にまつわる物品は何も見つかっていない
―― そうか…。ありがとう。豊橋はもういいよ。あとは、僕ひとりで探すよ
―― それは殊勝な心がけだと言いたいところだが、桜にまつわらない物品を見つけた
―― は? どういう意味だ?
―― とりあえず、こっちへ来てくれ。俺よりも、お前の方が物品の正体に詳らかかもしれんからな
―― 正体だって? わかった。そっちに向かうよ
「よう、来たな」
「何を見つけたって?」
「あれだ」
「あれ? どれ?」
「流木の隙間だ。もう少し近づいてみるか…。解るか? あれだ」
「…ああ、なるほど」
「何か解るか? おおよそ、この海岸には似つかわしくないように思えるが」
「破損したサーバーラックの一部みたいに見えるな。どこからか漂着したんだろう」
「サーバーラックだと? このあたりにデータセンタでもあったのか?」
「確かにサイズ感は大きく見えるけれど、あのくらいのサーバーラックだったら中小企業でも設置していておかしくないよ」
「なるほどな…。この海岸線沿いに中小企業の建屋があったかどうかの議論はとりあえず避けるとして、だ」
「何が気になってる?」
「よく見ろ。LED類が点滅してるのが見えるだろう」
「LEDが…? ああ、確かに…」
「サーバとなれば、それなりの電力を要すると思われるが、電源を失って尚、稼働を続けられるものなのか?」
「非常電源か…あるいはUPSの電力が供給されているのか…」
「もう少し近づいてみるか?」
「あ、ああ」
「豊橋…。これは…サーバーラックじゃないな…」
「なるほど、損壊してはいるが、太陽光パネルから電力が供給されていたのか。で、これはなんだ?」
「…解らないけれど…この形状から察するに…」
「なんだ?」
「人工衛星じゃないかと思う」
「人工衛星だと? おおよそ漂流物として想定される対象から程遠い。まさか、先日の隕石が、実は人工衛星の落下だったと言うんじゃないだろうな」
「いや、それはないな。この規模の人工衛星が軌道をそれて大気圏に突入したところで、燃え尽きて終わりだと思う。大破しているとは言え、空気摩擦を経験して来たにしては、キレイすぎる」
「どういう来歴が想定できる? どうやってコイツはこの海岸に漂着した?」
「さすがにそれは解らないな。人工衛星を不法投棄、という事はないだろうけれど、何らかの理由で海に廃棄された人工衛星が、今回の隕石の津波で偶然漂着したんじゃないかな。本体に何かしら言語が記載されていれば、どこの国の衛星か、くらいは解るかもしれない」
「廃棄された筈の人工衛星が、目下稼働中って訳だ。GPS衛星とかだったら、まだ笑えるがな」
「日本なら、みちびき。ロシアならGLONASS、中国ならBeiDou、ヨーロッパならガリレオだ」
「何の話だ?」
「GNSSだよ。GPSの話をしただろ? 確かに、測位用の人工衛星なら、こんなサイズかもしれない」
「…そうか。それはめでたい」
「警察に知らせた方がいいだろうか?」
「さあな。お前に任せるとしよう。ただ、俺は面倒には巻き込まれたくない」
「…確かに、桜の手がかりとは程遠い物品だしね…」
「結局、何も見つける事はできなかったな…。つきあわせて悪かったよ」
「どうってことない。俺や堀田にとっても、桜は仲間だ」
「うん…ありがとう」
「俺たちよりも、自衛隊や消防の方が効率よく捜索している筈だ。知りたくなくとも、いずれ結果が解るかもしれん」
「だけどさ、やっぱり、僕の手で桜を捜索したい、という気持ちが強いんだよね」
「それは解る」
「…なあ、豊橋。人が死ぬ、というのは、どういう事だろうね」
「悪いが、俺には、陳腐でステレオタイプな宗教観や哲学で自己陶酔する趣味はない」
「いや、そうじゃなくてさ。怖いんだよね…。このまま、桜が行方不明のままで、桜にまつわる物品も出てこなかったとしたらさ。僕は、死ぬまで、桜の事を忘れずに思い続ける事ができるだろうか」
「さあな。桜のことを、死ぬまで思い続けなければならない根拠は何だ?」
「ふと、考えるんだよね。 もし、だれか一人の記憶にでも、残り続けることができるのであれば、その人はまだ死んじゃいないんじゃないかって」
「心の中で生き続けている、とでも言いたいのか?」
「いや…そういう事じゃ…。でも、そうなのかもしれない。僕が言いたいのは、物理的な肉体の死が、その人の死を定義づけるのか、それとも、人の記憶から消滅した時がそうなのか、という事だよ」
「主観をどこに置くか、の違いを、ロマンチシズムに解釈した心身二元論にしか、俺には聞こえんがな」
「それでもいいんだ。僕にはどうしても、多くの人が桜の記憶を共有していて、桜について語るのであれば、桜は生き続けた事になるんじゃないかって、思えるんだよ」
「悪い考えではないだろう。その考え方で、お前が少しでも罪の意識から開放されるのならな」
「ああ、そうなんだろうな…。ありがとう、理解を示してくれて」
「構わん。それよりも、来週から学校が再開すれば、否応なく、それをより強く感じる事になるだろう。行方不明、あるいは死んだ生徒は、桜だけじゃない」
「もう情報をつかんでいるのか?」
「同学年でも、他のクラスでは遺体が確認された生徒もいる。そうでなくとも、家族が死んだ生徒はいくらもいるだろう」
「そうか…そうだよな。桜だけじゃ、ないんだよな」
「とは言え、お前が桜を重要視しない事の理由にはならん。お前はお前の意志で、桜を探し続ければいい」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます