0章:衛星からの物体X(第1話)
仮説1:スキルの発現は、個体自身にとっても自明ではないのではないだろうか
「え? 死ぬ前に、最後に食べたいもの…だって?」
「そうそう。もし、自分がいつ死ぬかわかっているとしたら、鳴海くんが最後に食べたいものってなにかな、って思って」
「脈絡なく、そんな質問されてもなあ…」
「だって、気になっちゃったんだもの」
「そうだなあ…。あ、でも、死ぬ前って、何を食べたいか、とか考えられないくらい体調が悪くって、食欲なんかないんじゃないか?」
「もう! それを言っちゃったら、話が続かないでしょ?」
「いや、でもさ…」
「交通事故に巻き込まれるとか、突如現れたマフィアにピストルで撃たれるとか、恋敵と決闘をするとか、健康なまま死ぬパターンなんていくらでもあるでしょ??」
「日本にマフィアがいるのかよ…。それに、恋敵って…。でもまあ…そうだなあ…。自分が充分な食欲がある状態だとしたなら…」
「ふむふむ。したなら?」
「天丼…かな? 揚げたての」
「天丼かあ…。悪くないね。鳴海くんは天丼マンだったのかあ…」
「なんで、桜はいちいち例えが小学生並なんだよ…」
「えへへ~。それで、何の天ぷらが乗った天丼がいいの?」
「そうだなあ…。エビ、キス、ナス、レンコン、カボチャ、ホタテ、シシトウ…あ~、あとカシワ天があると嬉しいかな」
「おお~、おいしそう!」
「なんだよその反応…。それに、そういう桜はどうなんだよ?」
「あたし??」
「僕に答えさせたんだから、桜だって教えてくれてもいいだろ?」
「そうねえ…。ふふ」
「なんだよ含み笑いして…」
「ねえ、せっかくだから、当ててみてよ。あたしが死ぬ直前に食べたいものは、何でしょう?」
「桜のことだから、どうせ甘いものだと思うな」
「ほほう。それで?」
「アイスクリームだろ?」
「いいねいいね。でも、フレーバーまで答えてほしいな」
「欲しがりますなあ…」
「いいじゃない。この際だから、当ててみてよ。ね?」
「ええっと…。そうだな。桜のことだから、チョコミントかな」
「あったり~! さすが鳴海くん、あたしのこと、よく解ってるじゃん」
「素直に喜んでいいのか、ちょっと迷うところだな…」
「いいのいいの。という訳で、あそこの海辺の売店で、チョコミントアイスを奢らせてあげましょう」
「チョコミントアイスが食べたいという意思表示のために、随分と長い前置きだったね…」
「えへへ。いつか、天丼をごちそうするからさ」
「ええ~! チョコミントないの~? ショック…」
「ごめんねお嬢ちゃん。チョコミントはもう少し暑くなってから始めようと思ってねえ…」
「もうすぐ夏だから、チョコミントが美味しい季節がやってきたと思ったのに~」
「桜、ここはひとつ我慢して、ソフトクリームでいいんじゃないの?」
「そっだね。うん、そうするつもり。おばさん、ソフトクリームひとつくださ~い。あ、スプーンもつけてね」
「は~い、ありがとね」
「あ~、おいしかった!」
「それはよかった。でも…なんだよ、その食べ方は」
「ん? なにか変?」
「いや、だって、コーンだけがキレイに残ってるじゃん。ソフトクリーム自体はコーンの底まで食べ尽くしているのに…。食べないの? コーン」
「ああ、そういう事か」
「そういう事だよ」
「はい、あげる」
「ん?」
「だから、コーンは鳴海くんにあげるの。感謝してよね。コーンだけ、残しておいてあげたんだから」
「コーンだけって…。これじゃまるで、センベエじゃないか…」
「あ、スプーン使ったとは言え、あたし、コーンに直接、口をつけたから」
「そ、それは…もしや…か、間接キ…」
「残さず食べてね」
「く、口の中が乾く…」
「はい、よく食べました」
「よく食べましたじゃないよ。桜がソフトクリームと一緒にコーンもバランスよく食べればよかったのに。それか、せめてコーンの中にクリームを残しておいてくれるか…」
「えへへ~。ごめんね。あたし、ソフトクリーム好きなのに、コーンが苦手なのよね。あ、ワッフルコーンとかなら食べるよ? でも、普通のコーンはちょっとね…」
「じゃあ、カップにすればよかったのに」
「だって…。今日は、鳴海くんがいたから…」
「僕がいたから、コーンだけ食べてくれると思った?」
「そのとおり!」
「そのとおり、じゃないよ、まったく…」
「あはは、今後もよろしくね」
「僕はコーン処理機か」
「そのとおり!」
「そのとおり、はいいけどさ…。あ、訊いていいかな。そういえば、だけど、先日の精密検査の結果は出たの?」
「ん?」
「いや、ほら。桜は、定期的に体調が悪くなるとかで、大きな病院で精密検査する、って言ってなかったっけ?」
「ああ…その事。よく覚えてたね、鳴海くん。そのこと」
「そりゃ、覚えてるよ。桜の体の事だもの」
「う~ん…。そうね、ありがと。…でも…ええとねえ…。結果は、まだ出てないんだよね」
「どんな検査をしたの?」
「ええっとね…。いろいろ…」
「いろいろ…かあ…」
「…ねえ、鳴海くん。さっき鳴海くんが言った通り、死ぬ直前に健康な状態で食べたいものを食べるのは難しいかもしれないけどさ…」
「どうしたんだよ急に」
「食べたいものは難しいけれど、でも、死ぬ直前に何を思って死ぬか、は、リアルだと思わない?」
「何を思って死ぬか…か…。確かにリアルだけれど。でもやっぱり、親とか友達とか、大切な人の事を思って死ぬんじゃないかな」
「なるほどなるほど。じゃあさ、ちょっと質問を変えるね。鳴海くんは、どんな死に方が、自分らしいと思う?」
「唐突にすごい質問をするよなあ…桜は。自分らしい…か。そうだな…正直、考えたこともないよ」
「まだ、未来に希望あふれる、多感な16歳だもんね~?」
「桜だって、多感な15歳だろ…」
「そうなのです。あたしは、鳴海くんより若い15歳。でも、ちゃんと自分らしい死に方とか、死ぬ前に何を思うかとか、考えたことあるよ」
「そうかあ…桜は軽率で地に足がついていないように見えて、色々としっかり考えているんだな」
「なにそれ、ひっど~い」
「ごめんごめん。そうだな…。僕らしい死に方、かあ」
「そうそう」
「例えば、トラックに轢かれそうな子供を助けて自分が死ぬ、とかなら理想だと思うけどね」
「おお~かっこいい。でも、あたしが訊きたいのは、理想の死に方じゃなくて、自分らしい死に方なんだよね」
「なにそのこだわり」
「いいからいいから。教えてよ」
「…たとえば、口笛でも吹きながら陽気に道を歩いていたら、建設中のビルのクレーン車から鉄パイプが落ちてきて、それに頭をぶつけて死ぬ、とか、なんだか自分らしいかも」
「えへへ。コメディタッチだね。うん、確かに、鳴海くんらしいかも」
「なんだかバカにされた気分…。で、そう言う桜はどうなんだよ…」
「あたし? あたしはねえ…。ん!?」
ゥゥゥゥウウウウウウウウウウウウウウウウウゥゥゥゥ!!!
「なに? なに? 何の音??」
「あ、スマホだ。僕のも、桜のも、一斉に鳴ってる…」
「な、なにこれ? 緊急地震速報? やだ、怖い…。海近いし、逃げなきゃ…」
「いや、これ、緊急地震速報じゃないよ。音が違う」
「ええ…? じゃあ、何の警報なんだろう」
「これは…そんな…まさか…。桜、自分のスマホの画面を確認してみてほしいんだけど…」
「スマホ? う、うん…。ええっと…。総務省…消防庁? ミサイルはっしゃ…。え!? ミサイルって…」
「…Jアラートだよ、これ。どこかの国から、ミサイルが発射されたんだ。日本に向かって。初めて見た…」
「そんな…。どうすればいいんだろう。どこか、屋根のあるところに逃げた方がいいのかな」
「いや、それは多分大丈夫だと思うよ。この時代に、日本の本土を狙ったミサイルを発射するメリットはないからね。外交手段としての発射だろうから、日本を通過して太平洋に落下するんじゃないかな」
「…そっか。ならいいんだけれどな…」
「もし本土を狙ったとしても、こんな都会から離れた街が狙われる理由は一切ないよ。どこかの山奥に落ちたとしても、被害は知れてる。…まあ、核ミサイルなら話は別だけれど…」
「…ねえ、鳴海くん、ミサイルって、どのくらいの大きさなのかな…?」
「大きさ? さあ…詳しくないけれど、でも精々数メートルってところだと思うよ」
「…ねえ、ミサイルって、眩しく光り輝くものなのかな…?」
「光? さあ、どうだろう。燃料を燃焼している間は、激しく発光するんじゃないかな…。でも、全体が光ることはないと思う」
「…じゃあさ…あれって、何だと思う?」
「あれ?」
「ほら…あれ…。あたしが指さしてる方の…」
「…あっ…」
「ねえ、あれって、ミサイルなのかな? こっちに飛んできてるように見えるけど…」
「ミサイル…じゃないぞ…。大小複数の飛行物体が尾を引いて落下してきてる…」
「ねえ鳴海くん、あれって、もしかして…」
「…隕石…だと思う」
「やっぱり…」
「でも、地表に落下して、人の命に関わるほどの大きな隕石だったら、ある程度以前から観測されているんじゃないかな」
「じゃあ、地表に落ちてくる前に、燃え尽きちゃうかな?」
「どうだろう…解らないけど…」
「ねえ…あれ、あたしたちの方に…向かってきている気がしない?」
「いや、それはどうだろう。大体、ああいう飛行物体は、目視で観測するよりも高高度を飛んでいたりして…それに、地球の7割は海面だから、まずありえないと思うんだけれど…」
「…ホント…?」
「ええっと…あれは…ちょっと…もしかすると…」
「ねえ、逃げた方がよくない? は、走って間に合うかわからないけれど…」
「…その方がよさそうだ。走るぞ!」
「どっちに走ればいいの!?」
「隕石に向かって走る!」
「鳴海くん、待って! しっかり手をつないで、離さないでね?」
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