とある魔女の寛容

「お久しぶり、旅人さん。今日はとってもいい天気ね」

 声が頭上から降ってくる。Xが視線を上げれば、彼の視界と接続されているディスプレイには、雲一つない晴れ晴れとした青い空を背景に、箒に乗った女性が映し出される。

「こんにちは。お久しぶりです」

 言葉を返せば、箒が下りてきて、女性の姿がXの視界にはっきり映し出される。風に靡く長い黒髪、ほっそりとした、それでいてメリハリのある身体のラインを浮き上がらせる黒いドレスに、黒い大きなとんがり帽子。絵に描いたような「魔女」を体現した女性は、Xを真っ直ぐに見つめて、にっこりと笑ってみせる。

 魔女。そう、この女性は見た目通りの魔女なのだ。

 なお、この場合の「魔女」とは、単に「魔法の使える女性」を示す言葉ではない。

 そもそも「魔法」という言葉自体が『異界』を観測する我々には定義しがたいものだ。『潜航』の中で『こちら側』では起こりえない数々の不可思議をXの視界越しに観測してきたが、『こちら側』ではあり得ない現象も、その『異界』の中では当然のものであり、「起こりえないこと」を示す「魔法」という言葉は相応しくない。

 ただし、幾度にも渡る『潜航』の中で、魔法と呼ぶべきものが無かったわけではない。

 それこそが、『異界』を渡るものの持つ力だ。

 我々はXの意識を『異界』と接続する、という形で限定的に『異界』を観測している。もし、人間を肉体ごと『異界』に送り込み、自由に渡り歩く技術が確立されればこのプロジェクトも次のステージに至るのだろうが、実現にはほど遠い。

 だが、Xを通して『異界』を観測するようになって、否応なく理解させられたことがある。

 それは、我々がその方法を確立できていないだけで、『異界』を自由に渡り歩く者は確かに存在する、ということだ。それぞれの『異界』のルールに縛られることなく、全てを超越した、まさしく魔法のごとき力を操る者、「魔女」と呼ぶべきものが。

 彼女はそんな「魔女」の一人である。数多の『異界』で幾度もXと顔を合わせてきた、あらゆる世界を渡るもの。

「旅人さんも、また変なところに顔を出すわね。こういう見世物はお好きな方?」

「いえ、好きか嫌いかで言うなら、間違いなく嫌いな方です。しかし、私は、赴く場所を選べないので」

 そういえばそうだったわね、ととんがり帽子の魔女はあっけらかんと笑った。ただ、その笑顔は明らかにこの場には不釣り合いだった、と言えよう。

 Xは視線を魔女から元々見ていた方向に戻す。松明を持つ群衆に囲まれた、木組みの台。その上に立てられた柱には、一人のみすぼらしい姿をした少女が縛り付けられている。Xの聴覚と接続したスピーカーから聞こえてくるざわざわとした声は、どうも『こちら側』の言語ではないのか、内容を聞き取ることはできない。ただ、少女を取り囲む群衆の間に緊張と怒気、そして恐怖が満ちているのは、彼らの表情や声から如実に伝わってくる。

 また、一様に縛られた少女に意識を向けているからだろう、彼らはこの場において明らかに異質な存在であろうXと魔女に気づいた様子はなかった。

 そんな群衆の熱が伝わるざわめきの中に、いたって涼やかな魔女の声が割り込んでくる。

「魔女狩り。旅人さんの世界にもあったのかしら?」

「はい。私は、歴史の授業で習った程度ですけど」

 魔女狩り。異端の魔女と認定された者をことごとく裁き処刑する、『こちら側』において大きな負の歴史として語られているそれは、どうやらこの『異界』にも蔓延っているようだ。

「そっか、旅人さんの世界では歴史で語られるくらいには過去の話、ってことね。うらやましいわ。私の故郷はとっても魔女狩りが盛んでね、魔女だ、って認定されると、それはもう面倒なことになったのよ」

「あなたも?」

「うんうん、当時は本当に大変だったの。『火をかけて、焼け死んだら無実、生きてたら本物の魔女』なーんてめちゃくちゃなこと言われてね。私はともかく、せっかくの一張羅が黒焦げのボロボロ。困っちゃった」

 明るい口調でとんでもないことを言うが、何せこの女性は本物の「魔女」だ。箒に乗って空を飛び、隔てられているはずの世界を自由に渡り歩き、『こちら側』の医学では治療不可能な傷を癒し、時には死すらも超越する。火をかけられた程度でどうこうなるわけがない、といえばそうなのだが。

「……しかし、どうにも、馬鹿げた話ですね」

 珍しく辛辣なXの物言いに「どういうことかしら?」と魔女が問い返す。Xは台の上の少女を取り囲む群衆から、きょとんとした表情の魔女に視線を移して、言う。

「人間であれば死に、魔女であれば生き残るということは、つまり、火をかけた結果『本物』を引き当てる可能性を、まるで考慮していない」

 どこまでも淡々としながら、隠し切れない呆れを滲ませた声でXは言葉を続ける。

「もしもそれが『本物』であった時、火をかけても殺せないような相手を、どのように処刑する気だったんでしょう。私には、まるで想像できません」

 魔女はその言葉を受けて、からからと軽やかに笑った。

「そうね、旅人さんの言うとおり。処刑人さんも、見てた人たちも、呆気に取られてね。それからはみんなして大騒ぎ。どうやって私を処刑するのか、そんなこと考えてる前に魔法で復讐されるんじゃないか、って」

「それで、復讐はしたんですか」

「しないわよ。旅人さんは私を何だと思ってるの。一張羅を燃されたのは確かにむっとしたけど、慌てふためく人たちを見たらどうでもよくなっちゃって、ね。だから、お互いの平穏のために、私が故郷を離れることにしたの。私は、魔女だけど悪魔じゃないからね」

 つまるところ、超越者の余裕、というわけだ。誰ひとりとして自分を傷つけることはない、そして大事なものを傷つけることもない、という自信。それが、彼女のおおらかさを確固たるものとしている。ディスプレイ越しに彼女を観測する私には、そのように思えた。

「でも、あなたのように、誰も彼もが寛容なわけ、ないですよ」

「そりゃそうね」

 魔女はそう言って、その炎の色をした双眸を、台の上の少女に向ける。Xもまた、魔女の視線を追うように首を巡らせる。

 木組みの台を取り囲む群衆は今まさに少女に向けて松明を投げ込もうとしていた。この、とんがり帽子の魔女がされたのと同じように、火にかけようとしているに違いない。

 しかし、己の運命を知りながら、少女はうつむくことすらせず、己を取り囲む群衆を見据えている。その視線は凛として、引き締められた口元にはうっすらと笑みすら浮かんでいるように、見えた。

 傍らに浮かぶ魔女の小さく笑う声がスピーカーから聞こえてきたかと思うと、いたずらっぽい声が続く。

「ねえ、旅人さん、賭けてみない? あの『お仲間さん』が、生き残るか、否か」

 Xは深く溜息をつく。

「それでは、まるで賭けになりませんよ。あの少女が『火をかけた連中に復讐するか』、あたりが妥当かと」

「それはいいアイデアね」


     *   *   *



「Xは、結局、あの少女がどうしようとしていたのか、わかっていたのかしら?」

「私には、人のことは、何ひとつ、わかりませんよ」

「それにしては、随分確信に満ちた物言いをしてたけど」

「確信はしていません。ただ、経験上、そう考えるのが自然であろう、という想定を、言葉にしただけです」

「あなたにも、似たような経験があるの? 異端として追われること。魔女と認定されて狩られること。そうでなくとも、現実に、社会に、排斥されるようなこと。まあ、そういう意味では、今がまさにそうなのかもしれないけれど」

「私は、それだけのことを、しましたからね。現行法と、社会の倫理に照らし合わせても、当然の帰結です」

「でも、やめなかったのね」

「そうです」

「あなたは馬鹿ではないのだから、わかっていなかったわけではないでしょう。殺人を繰り返せば、いつか捕まることも。裁かれることも。……死刑になる、ことだって」

「もちろん」

「どうして、やめられなかったの? 少なくとも私の目から見る限り、あなたは、極めて理性的に見える。一時の感情に流されるようにも、見えない」

「お話ししたところで、理解は、多分、できませんよ」

「それでも、気になるわ」

「その時、その人を殺したかったから。それ以上でも以下でも、ありませんよ」

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