11日目(1) 現地民と森の散策
「あ、カミツカ、今日は来たにゃ?」
……にゃ?
「えっと、どうしてニーナがこの家に?」
若干語尾がおかしいことを不思議に思いつつ、リビングから顔を出したニーナに尋ねる。ニーナはきょとん、と首を傾げる。……なんだか、このやりとり、とても覚えがある。
「だからカミツカさんと話す時は言葉つなぎの魔法が必要だと何度も言っているでしょう」
今度はアリアさんが出てきて、ニーナに言う。
「そうだったにゃ!」
ニーナは思い出したようにぽんと手を叩く。鈴飾りの付いたチョーカーに触れて、呪文を唱えた。その途端、指先に飴色の幾何学的な文様が現れる。ぽわりと光が灯って、チョーカーに収束する。顔を上げると、私を見てにっと笑う。
「おかえり! カミツカ!」
「えっと……ただいま、です。あの、それで、どうして二人がここに?」
かけられた言葉に戸惑いつつ、疑問を投げる。
いつもと同じ、十八時過ぎ。弟に召喚されて会社から異世界にある、このログハウスの玄関まで転送されてきた。そしたらまさかのこの家で、ニーナとアリアさんに遭遇した。こっちに来る時、弟は何も言っていなかったのに。
まあ、確かに、ここは別に鍵がかかっているわけでもない。出入り自体は自由にできるから、入ってくるのは容易だろう。あれ? それってなんだか不用心じゃないかしら。今日のことも含めて、後で弟に言っておこう。
「えっとね、えっとね、ヒロセから使っていいよって言われたから」
「今日はギルドの依頼で、夜に森の見回りがありまして。時間までの待機場所に少々この施設をお借りしていました」
ニーナの言葉を引き継いで、アリアさんが詳細を教えてくれる。
「なるほど?」
アリアさんの説明に頷きながら、とりあえずスニーカーを脱いで玄関ホールに上がる。二人の間を抜けて、リビングに入る。その後ろをニーナがぴょこぴょこと付いてくる。
「ねえねえ、カミツカはこのあとどうするの?」
中央の一枚板のテーブルに近付き、イスにリュックを下ろす。そこにニーナが聞いてくる。
「そうね。食べ物を探しに森に行くわ」
「じゃあさじゃあさ、一緒に行こうよ! オッキーナの森の奥でね、美味しいハチミツが取れるの!」
「蜂蜜? 蜂蜜ならここにもあるけれど?」
ニーナの言葉にキッチンに視線を向ける。その一角には調味料が並べられた棚があり、蜂蜜も置かれている。
「そうだけど、そうだけど! でもでも、全然違うの!」
ぱたぱたと手を振ってニーナが必死に何かを伝えようとしてくる。
「違う、とは?」
「ミーツバーチビーという魔物がいるのですが、彼らが作る蜂蜜は希少で、絶品なんです。この前、偶然オッキーナの森の奥で巣を見つけまして」
アリアさんの補足説明に首を傾げる。
「魔物って危険じゃないんですか?」
いつだか調子乗って迷惑行為を仕掛けてくる魔物がいるとか言っていたような気がする。危険ならば出来ればお近付きにはなりたくない。
「ミーツバーチビーは大丈夫だよ! ちゃんと話せばハチミツも分けてくれるし!」
「話せば? 魔物と?」
ニーナの話を聞いて、訝しげに眉を寄せる。
その魔物がどんなタイプかは分からないけれど、名前からして蜂っぽいしどうやって話すのだろう。
「うん! なかなかにおしゃべりな子たちなんだよ! 勝手に蜜を奪ったらそりゃ怒るけど、基本的には温厚な魔物だし」
「そうなの?」
「あの、普通はテイマーじゃない限り、魔物や魔獣と会話をするのは不可能なのですが、ニーナはどうやら波長が合うらしく」
「はあ、なるほど」
確かに以前攻略本で見たテイマーの欄には『魔物や魔獣を手懐けて使役する』とかなんとか書いてあったような気がする。りっくんとも意思の疎通はできるし、そんな感じだろうか。……ニーナについてはよく分からないけれど。
「だからだから、カミツカも一緒に行こうよ!」
まあ、危険ではないのならば行ってもいいのかしら。それに、二人の言う蜂蜜も少し気になる。
「そうね。お邪魔でないのなら、ぜひ」
そう結論付けると二人に向かって微笑む。私の言葉にニーナの顔がぱっと明るくなる。
「それじゃあ……」
「あ、すみません。その前にちょっと荷物だけ整理させてください」
急かすニーナに一言断りを入れて、置いていく荷物と持っていく荷物を選別する。今日は冷蔵庫に入れるものもないし……うん、これで全部かしら。
「お待たせしました。もう大丈夫です」
「じゃあじゃあ、さっそく行こう!」
「ご案内しますね。途中にナーシーペアーの果樹もあるので、寄って行きましょうか」
「わあ、いいですね。梨も好物なんです」
私は少し軽くなったリュックを背負い直すと、二人の後に続いてログハウスを出る。その途端、肩にとす、と軽い衝撃。外で遊んでいたらしいリスのりっくんが、戻ってきたようだ。
「きゅ!」
頭を撫でると気持ちよさそうに声を上げる。ふかふかの毛並みが心地よい。今、弟がりっくんも元の世界に行けるように画策してくれているみたいだけれど、早く連れて帰れるようにならないかしら。
「それじゃあ、しゅっぱーつ!」
張り切ってニーナが言う。先頭に立って森の中に入っていった。私はもう一度りっくんの頭を撫でると、アリアさんと二人、ニーナを追いかけて森に入った。
さやさやと風が流れる。新緑の若葉がかさかさと揺れ、少し冷えた夜の空気を連れてくる。頭上に広がる空には薄く雲がかかり、小さな上弦の月が一つ、ぼんやりと滲む。どうやら今日は、大きい方の月が新月で見えないようだ。
「それでね、それでね。別の魔物を探して湖に行った時に、ミーツバーチビーが飛んでいるの見かけて。近くに巣があるの見つけたんだ!」
ニーナの話に耳を傾けながら、檜皮色の樹木の間をゆっくり歩いていく。
湖……そういえば、初めて二人に会った時も魔物がどうとか話していたわね。えっと、確か。
「それって前に話していた、やたら迷惑な魔物のこと?」
「うん、そうそう。でもでも、その子に話を聞いてみたら、初めにちょっかいかけてきたのはそっちだろって言ってて」
「ちょっかい?」
「どうやら密売目的でその魔物を狙って、突然攻撃を仕掛けてきた人間がいたらしく……。危うく怪我をしそうになったそうで、それでその相手を探していたようです」
「そうなんですね」
アリアさんの言葉に返しつつ、のんびり二人の少し後ろを歩いていく。突然攻撃してくるとか、怖いわね。出来ればそんな場面には遭遇したくない。
ぱき、と足元で細い枝が折れる。
「きっかけはその人たちだけど、でもでも、人に迷惑をかけるのはよくないから、もう強引なやり方しちゃダメだよって注意したから、大丈夫!」
「その魔物については、すでにギルドの管理下にあるので、ニーナの言う通りもう心配ありません。ペナルティも受けてもらいましたが、軽いものですし。事情が事情なので情状酌量の余地ありと判断されて、魔の国の王へ報告し保護観察処分だけで済みました」
「多分魔の国に帰った後に、魔王からこってり怒られてるだろうしね」
「ペナルティとかあるんですね。それに魔の国? 魔王?」
二人の言葉を受けつつも、次々と新しい情報が出てきて、処理が追いつかない。なんだかよくわからないけれど、不穏な響きの単語も出てくるし。自然に寄りかける眉間を解す。
「うん。魔の国は魔物や魔獣たちのふるさとで、たくさん住んでるんだ。その国の王様が魔王って呼ばれてるの。このパラレリア王国の隣の国で、昔から仲良しなんだよ!」
「太古の昔には諍いもあったそうですが、今は和平条約も結んでいますし。それに、今代の魔王は面倒事を嫌いますので、特に大きな争い事もなく良好な関係を築けています」
「なるほど……?」
アリアさんの補足説明に一応、頷く。でも正直、言っていることの八割もわからない。これって、この世界に住む人にとっては一般常識なのかしら。
そもそも魔物ってどんな存在なのだろう。攻略本によれば、りっくんは一応、魔獣に分類されるらしいけれど。
「きゅ?」
ふと肩の上にいるりっくんに視線を向ければ、こてん、と首を傾げる。滑らかな白茶の毛で覆われた額には、よくよく見れば、ぴょこんと角が生えている。
ひとまずりっくんの頭を撫でる。りっくんは、きゅるる、と嬉しそうな声を上げた。
魔の国と魔王については、あとで攻略本をざっと見返しておこう。それにしてもここってそんな名前の国だったのね。
「ただ、こちら側の問題は何一つ解決していなくて……」
「ああ、確かにそうですね」
森の中を進みながら、アリアさんはため息をつく。
まあ、そうね。その魔物が迷惑行為を繰り返す元になった、攻撃を仕掛けてきた人間の話がまだ出ていないもの。
「前からちょこちょこ、こういうことはあったんだけど、あいつら、逃げ足だけは早いんだよねー」
ニーナは唇を尖らせて不満そうに零す。
「ええ。魔物や魔獣の密猟、密売は以前から問題視されていて。規制を強めてもその隙間を掻い潜られて、鼬ごっこが続いているのが現状です。ただ、今回の件で流石に目に余る、とギルドから判断されて私達にも依頼が回ってきました」
「そういう経緯が……」
どこにでも迷惑な人間っているのね。今まであんまり関わったことがないから想像もつかないわ。
「あ、そろそろナーシーペアーの木があるよ!」
ニーナの声に顔を上げる。辺りには、どこからかふわりと、ほんのり甘い香りが漂ってくる。
まあ、よくわからない密猟者? よりも、今は目の前の梨が大事よね。
たた、と駆け出したニーナの後をアリアさんと二人、ゆっくりと追いかけた。
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