第六章 悲恋の始まり

第28話 尊い出会い

まぁやんは東京で仕事に追われていた。

飲食店のエリアマネージャーとして、数店舗を管理していた。

多忙を極めていたので、身体にも負担がかかっていた。

ある日、朝起きると胸の辺りが痛くなった。

その日はちょうど2か月ぶりの休みだったので、まぁやんは健康診断も兼ねて総合病院へ行った。

「絶対身体にガタ来てるよなぁ」

健康診断の結果はやはりあまり良くなく、肝機能が著しく低下していた。

胸の痛みは専門医の診察となったので、まぁやんは循環器科のフロアに行った。

(はぁ…どっか悪かったらどうしよ)

痛みだした場所が場所だけに、不安になったまぁやん。

そこに、年配の男性と、20代位の女性がふたりで歩いてきて、まぁやんのとなりに座った。

「ねぇ、お父さん。一人でほんと大丈夫だよ。病院慣れてるし」

「心配だからだよ」

「ほんっと心配性ね!」

(親子か…お父さんは娘さんが心配なんだ)

まぁやんは聞こえてくる会話でほっこりしていた。

『白金さん!白金舞華さん!診察室へどうぞ』

「呼ばれた!行ってくるね」

「俺も行くよー」

ふたりは診察室に入っていった。

(お父さん、かわいいなぁ)

ふと二人が座っていたところを見ると、お財布が置いてあった。

(あれ?あの子のかな?)

まぁやんが拾おうとした時に、別の男性がそこにドカッと座った。

(あっ!財布)

その瞬間、その男性は明らかに女性ものの財布を懐にしまおうとしていた。

「よぉ、あんた。その財布、あんたのかい?」

「あ…あぁ。そうだけど?なにか?」

「それさぁ、女性ものだよね?本当にあんたの?」

「別にいいだろ?俺急いでるんだ!」

その男性は逃げたいように思えた。

「まぁまぁ、座れよ。その財布って、高いんだよな。ちょっと見せてよ」

「何であんたに見せなきゃいけないんだよ」

「いや、もしあんたのだったら、あんたの名前の入ったものが入ってるだろ?あんた、名前は?」

「だから、なんなんだよ!お前は刑事か?」

「いや。ただの一般人だよ。ただ、人の物盗んでツラッとしてるお前よりは利口だと思うぜ」

そのやりとりをしていると、診察室からさっきの女性が戻ってきた。

「あれー?すみません。この辺りでピンクの財布見ませんでしたか?」

『ドンっ』

男はその女性を突き飛ばし、出口方面へ走っていった。

「待て!こら!」

まぁやんが後を追った。

まぁやんは意外と足が速かった。

出口あたりでその男を取り押さえて

「誰か!警察呼んでください。窃盗犯です!」

すぐさま警備員が駆けつけてくれて、男は警察に身柄を拘束された。

「じゃ…俺はこれで…」

その場を去ろうとしたまぁやんだが

「ちょっと待って?署で事情聞いてもいいかな」

まぁやんは警察が苦手だった。

だが行かなければならないため、警察署へ向かった。

「あっ!病院の診察待ちだったのに」


警察署では、その時の詳しい状況を説明して、30分ほどで終了した。

警察署を出た時であった。

「あ…あのぉ」

声を掛けてきたのは病院で見かけた女の子であった。

「あ…ども…」

「あの…ありがとうございました」

女の子は深々と頭を下げた。

「いやいや、気にしないでください。それじゃ」

まぁやんがその場から離れようとすると

「あっ!待ってください!お礼…させてください」

「そんな…ほんと結構ですから。お財布無事で良かったですね」

「そういう訳にはいきません!父もきちんとお礼しろと言ってましたし…」

まぁやんは少し困った顔をしながら

「じゃあ、お茶でもご馳走してもらおうかな」

そう言うと女の子の表情はパァっと明るくなり、

「はい!是非!」

「じゃあ、あっちに俺の勤めてるカフェがあるんで、そこ行きましょう」

「あっ!はい!」

そしてふたりは近くにあったまぁやんの会社のカフェに向かった。

「いらっしゃいませ!あっマネージャー!」

「ごめん。今日は私用なんだ。席空いてる?」

「はい!どうぞ」

ふたりは席に通されて、コーヒーとケーキをオーダーした。

「改めまして、俺の名前は高崎雅志って言います。飲食業のエリアマネージャーをやってます」

「あっ。私は白金舞華と言います。28歳でWeb関連の会社に勤めてます」

自己紹介を済ませると、ふたりで顔を見合わせて、ふたり同時に吹き出した。

「ぷっくくく…何かお見合いしてるみたいですね」

「ふふふ…そうですね。何かおかしい」

ふたりは笑いあった。

オーダーされたコーヒーとケーキを持った女性スタッフが来て

「もしかして…マネージャーの彼女さんですか?」

と聞いた。

「ばか!ちげーよ!」

まぁやんの顔が赤くなって必死に訂正した。

舞華も顔を赤くしていた。

「ごめんねー。あいつ空気読めなくて…」

「…いえ…何か…照れますね」

ふたりの間に少しの間、沈黙が続いた。

まぁやんはこの沈黙をなんとかしようと、話題を変えた。

「舞華さんは、東京ご出身ですか?」

「いえ、私は九州なんです。佐世保って知ってます?」

「えぇ。造船で有名ですよね」

「はい!大学から東京に来てて、父もこっちに来てって感じです。雅志さんは?」

「俺は北海道です。仕事で5年前くらいにこっちに来ました」

「北海道ですか!いいなー!」

「そうですか?」

「だって、自然豊かですし、空気も美味しいんだろうな〜って思っちゃいます。ご飯も美味しそうですし」

「そっかぁ」

「雅志さん、ご家族は?」

「俺、親いないんです。幼い頃に死別して…祖父母に育てて貰ったんですが、その祖父母も亡くなって、それからは施設で育ちました」

すると舞華はしまったっというような顔をした。

「ご…ごめんなさい」

「いやいや、いいんですよ。全然。俺ね、施設で育った事、マイナスに捉えて無いんです。おかげで弟と妹が出来ましたしね!」

「弟と妹?」

「血の繋がりはありませんが、ほんとの家族みたいに、すごく仲良くしてます」

「そうなんですね。なんか雅志さんってすごく前向きな方なんですね」

「そうですか?自分ではそうは思わないんですけど」

「なんか…素敵です…」

「え…」

またふたりの間に沈黙の時間が流れた。

「と…ところで、雅志さんは…」

「あ…その、雅志さんてちょっと歯痒いですね。まぁやんって呼んでください」

「まぁやん?」

「はい。俺の昔からのあだ名です」

「まぁやん…可愛い…」

「可愛いですか?」

「はい!可愛いです!じゃあ…まぁやんさん」

「まぁやんだけでいいですよ」

「じゃあ…まぁやん、まぁやんはどこかお悪いのですか?診察待ちだったようですが…」

「あっ!忘れてたぁー!いや、健康診断とたまに胸の辺りが痛むんで、診てもらおうと思って…」

「心臓はちゃんと診てもらったほうがいいですよ!」

「そうですか…舞華さんは?」

「私は先天性の心筋症なんです。定期的に診てもらってるんです」

「そうなんですか…大丈夫なんですか?」

「はい!普段はこんなに元気です」

「そっかぁ。よかった」

それからふたりは他愛のない話をして盛り上がった。

「そろそろ行きましょうか?」

「はい!」

「駅まで送ります」

「えぇ!いいですよ。申し訳ない」

「いえ、俺が送りたいんです。もう少し話したいから」

「…はい。喜んで」

「お会計は2700円です」

「それ、俺につけといて?」

「かしこまりました」

「え!ダメですよ!私がお礼でお誘いしたので」

「いいんですよ。行きましょう」

ふたりはお店を出て、駅まで歩き始めた。

「まぁやん、私が奢らないとお礼になりません」

「いいんです。こうやって楽しい時間をくれただけで充分お礼になってます」

「そんな…」

「じゃあ…また…会ってくれますか?」

「え!」

「…ダメですか?」

「いや…むしろ嬉しいです…是非…」

その言葉を聞いたまぁやんは胸を撫で下ろし、

「あー良かったー!断られたらどうしようかと思った!」

それを見た舞華は大笑いした。

「あはははは!まぁやん面白い!あはははは!」

「そっかな…」

「うん!天然で面白い!」

「それ…褒めてる?」

「んー…内緒」

ふたりはいつのまにか打ち解けて、楽しく会話していた。

まぁやんは自分の名刺に連絡先を書いて渡し、舞華は手帳の切れ端に連絡先を書いて交換した。

駅に着いて、改札口でふたりは別れた。

改札から見えなくなるまで、まぁやんは見送った。

この出会いが、この先『悲恋』となるふたりの初めて出会いであった。

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