第三章 それぞれの道
第10話 まぁやんの歩む道
面接の日。
まぁやんは気合い充分だった。
自分の歩む道は自分の力で切り拓く。
幼い頃に両親を失い、育ててくれた祖父母失い、
一人っきりになったまぁやんを、ここまで育ててくれたのは、学園のみんなであり、そこに集う子供たちであり、学校や近所の人たちであり、かけがえの無い友であった。
「よし…ここから始まるんだ」
着なれないスーツを身に纏い、ネクタイを見よう見まねで締めた。
「まぁやん、時間大丈夫かい?」
みさき先生が心配で見にきた。
「うん!じゃなかった。はい!余裕もって準備してますので、大丈夫です」
みさき先生はまぁやんの姿をマジマジと見た。
「なんだか…見違えるねぇ。あの悪ガキがこんな立派になっちゃって…」
みさき先生は少し泣いているようだった。
「よしてよ!お別れじゃないんだから」
「そうだね…ごめんごめん。ネクタイ曲がってるじゃないか。ちょっとこっち来な!」
みさき先生がまぁやんのネクタイを直してあげた。
「ありがとう」
「よし!完璧だ!行っといで!」
そう言ってまぁやんのケツをパシーンっと叩いた。
「みさき先生、闘魂注入ありがとう!」
まぁやんはしっかりした足取りで面接会場へ向かった。
会場はその会社の会議室であった。
受付の人のほうへ向かって
「本日面接のお約束を頂いておりました高崎雅志と申します。ご担当様へお取り継ぎをお願い致します」
事前に何度も練習した成果が出た。
だが、実際のところはこれまでに無いくらい緊張していた。
「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」
受付の方が連絡を取ってくれて、
「お待たせ致しました。こちらへどうぞ」
っと案内してくれた。
練習では、みさき先生から
「面接はその場だけじゃないからね。会社に入った時から始まっている。誰に見られているかわからないんだから、ビシッとして、礼儀正しくしなさい」
と教えられたことが活きた。
「こちらで少々お待ちください。ただいま担当が参りますので」
「はい。ご丁寧にありがとうございます!」
まぁやんがそう言うと、受付の人は少しクスッとしながら去って行った。
…この待ってる時間が長く感じる
まぁやんの緊張はピークを迎えた。
そして…
『コンコン』『ガチャっ』
担当の人が現れた。
まぁやんはすかさず立ち上がり、一礼した。
面接の担当は3人いた。
「高崎雅志です。本日はお忙しい時間を割いていただき、誠にありがとうございます」
そう言うと、面接官の3人が笑った。
「ははははは!高崎さん、そんなにかしこまらなくてもいいですよ。リラックスして、いつもの高崎さんを知りたいです。」
「はい!」
「では、お座りください」
まぁやんは椅子に座った。
「ではまず、自己紹介をお願いいたします」
「はい!名前は高崎雅志です。19歳です。幼い頃に両親と育ての親の祖父母が亡くなり、現在は児童養護施設の興正学園に在籍しております」
まぁやんは練習通りできたと手ごたえを感じていた。
「そうですか。ありがとうございます。確か、高崎さんは今井苑香さんのご紹介でしたね。そちらで現在はアルバイトをしているんでしたね?」
「はい!」
「どうして、飲食業の道へ進んだのですか?」
「はい!私は正直、自分の歩む道と言いますか…自分に何が向いているのか迷った時期がありました。
その時、同じ学園の友人が背中を押してくれました」
「ほう!友人が!その友人は何て背中を押してくれたのですか?」
3人のうち、真ん中に座ってる人が質問をした。
「はい!私の人あたりの良さと体力、それに礼儀を重んじるところが飲食業に向いているんじゃないかと言い、背中を押してくれました」
「なるほど!」
「では逆に、自分の短所はなんだと思いますか?」
いままで黙って聞いてた右端の面接官がまぁやんに問うた。
(短所…ここでマイナス面言っちゃったらまずいかな)
まぁやんの頭の中を考えがぐるぐる回った。
「はい…自分が短所だと思うところは…」
少し間を空けて、深く呼吸して
「のめり込み過ぎちゃうところです」
「のめり込み過ぎちゃう?例えば?」
「はい!わたしは今まで飲食業ってただ料理を作って出して、食べ終わったら下げて、お会計してというだけだったんです。ところが実際学んでみると、すごくいろんな事につながっているというか…お客様に、お店で過ごす時間を楽しく、満足いく時間にしてもらうことが大事だと師匠…ではなくて苑香さんに教えて頂きました。だから楽しく過ごしてもらうには、テーブルの配置から、お店がキレイかどうか、料理を出すタイミング、お客様が何か求めていないかなど、たくさんのことに目を配らなければいけない。そんなことが楽しくて、のめり込みすぎてしまってます」
まぁやんはあまり考えず、スラスラと今の言葉が出た。
すると…
「いやーすごいですね~。飲食の…しかもホールだけでそこまで目配りしているなんて!」
もうひとりの面接官も
「さすが苑香さんとこのスタッフですね。しかもまだまだ伸び代もある」
まぁやんは唖然とした。
「まぁやんさん、この場で採用とさせていただきます。是非うちで一緒に働いてください」
「えっ!どういうこと…でしょうか?」
「ですから!採用です。面接は合格です!」
「ほっホントですか!ありがとうございます!」
まぁやんはなんと、一発の面接で、しかも開始5分くらいで採用を勝ち取った。
「では早速、来月から来て欲しいとは思いますが、苑香さんのお店のこともありますでしょうし、来週お電話でお返事きかせてください」
そして無事、面接が終了した。
「ただいまー」
「あっ!帰ってきた!」
まぁやんは学園に帰ってきた。
みさき先生と龍弥、康二、恋、その他のスタッフや子供たちが玄関で出迎えた。
「どうだった…面接」
龍弥が恐る恐る聞いた。
まぁやんは親指を突き出して
「決まった!採用だって!」
『やったー!』
みんな喜んでくれた。
「まぁ兄、お仕事するの?」
恋だけが寂しそうにいった。
「恋、そうだよ。お仕事するんだ」
「まぁ兄…こっからいなくなるの?」
「大丈夫!ちょくちょく遊びにくるから」
「絶対約束?」
「絶対約束だ!」
まぁやんは恋を抱きかかえて肩に乗せた。
「きゃー」
「恋、重たくなったなー。成長してきてるなー」
まぁやんも恋も嬉しそうだった。
「今日はお祝いだねー。美味しい物作るね」
まぁやんは龍弥に面接でどんなことを聞かれたかを事細かく説明して、龍弥の面接の練習に付き合った。
2日後、まぁやんが面接を受けた会社から電話があった。
☎︎「高崎さん、どうですか?お心は定まりましたか?」
☎︎「はい!こちらこそ、是非よろしくお願いします」
☎︎「そうですか!ではこれから一緒に頑張りましょう。つきましては、まずは東京の店舗に配属になります」
☎︎「東京ですか?」
☎︎「そうです。高崎さんには是非、東京の飲食業を学んでもらいたいのです」
☎︎「わかりました」
☎︎「では詳細は改めてご連絡致します」
☎︎「ありがとうございます」
(東京かぁ~)
まぁやんは途端に不安が押し寄せてきた。
この学園を卒園することについては理解していたが、突然見ず知らずの土地で大丈夫だろうかと。
「まぁやん、電話どうだった?」
龍弥がまぁやんに声をかけた。
「うん…配属が東京だって」
「遠いな…そっか」
「そうだな…」
ふたりはとうとう、別れる時が来たと思った。
中学校からずっと一緒に行動して、一緒にバカをやって、一緒に笑い合ったふたり。
まぁやんと龍弥…その寂しさが途端に溢れ出した。
「まっ!いずれはこうなるよな…夫婦じゃあるまいし、ずっと一緒ってわけにはいかないよな」
まぁやんが言うと
「お前と夫婦!?想像しただけで胸焼けするぜ」
『わははははは』
ふたりは笑い合った。
「まっ!あっちでも頑張れよ!」
「おう!」
そしていよいよ、まぁやん卒園の日…
「まぁやん、荷物は言われた所に送っておいたからね」
「ありがとう」
「忘れ物はない?」
「大丈夫」
みんなが見送りに来てくれた。
恋が悲しそうな顔で見ていた。
「恋、そんな顔するなよ」
「だって…まぁ兄いなくなっちゃう」
「ちゃんと年1回は必ず帰ってくるって約束しただろ」
「うぅ…」
「恋の笑顔見せてくれよ!ほら!笑え!」
まぁやんは恋をこちょばした。
「きゃははは!やーだ!まぁ兄!やめて!」
「そうだ!その顔だ!元気が出る顔だ」
「ほんと?えへへ」
恋は顔を赤くして照れた。
「龍、康二、俺らは遠くにいても、常に家族だ!」
「おうよ!困ったらなんでも言ってこい」
龍弥はまぁやんの胸をドンっと叩いた。
「まぁやん、恋と一緒にまた会えるのを楽しみにしてるから」
「あぁ!」
「みさき先生、長い間本当にお世話になりました。おかげでこんなになるまで成長できました」
「まぁやん…ほんと大きくなって…頑張るんだよ!」
「じゃあ!みんな!行ってきます!」
『いってらっしゃいー』
こうしてまぁやんは、新天地の東京に向かった。
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