吉原で働く意味

いつかバレてしまうとは思っていた。

酔っ払いの客から守ってくれた沖田は、当然の如くこう口にする。


「どうして、ちぃちゃんが島原に?」


自分の怖いモノの中に身を置く意味は、強く有りたいからで、目的を聞かれるのならば、武士になれる情報を探している。


それは、誰が望んだモノでも何も無く、ただ単純に言えるのであれば、


「私の欲の為に、私は此処にいる。」


何かを欲する事が無い彼女が自分の欲の為だと口にする。彼女に借金があるとも思えない。高価なモノを欲しがった事すらない。いつも土方のお下がりの袴と着物を自らの手で縫い直して着ていた。


「そんなに欲しいモノがあるの?」


「————情報が欲しい。」


そう言われ思い出すのは、山南が言った話し。


————酒を飲むと人の口は軽くなるモノです。


それが誰の為であるか、聞かずとも理解してしまった。胸が痛むのは、自分が目の前の子に気があるからで間違いはない。


「武士になりたい。そんな事出来ないかもしれない。でも、どんな好機も逃したくないから。

――――私は、吉原に居るの。」


決意に満ちた彼女の表情に、僕は、こんな所に居たらダメだ。と言う事が出来なかった。


『最近、部屋に引きこもる様になっちまって…』


なんでか、土方さんの言葉を思い出し、夜に働いているなら説明がついた。引きこもって居るわけでは無く、ただ、部屋で寝ているから起きてこないだけ。


「……なんだ。」


ちぃちゃんに付き合っている人が居ないと分かれば、なんだかホッとしてそんな声が出た。


その声に小首を傾げる千夜


「あぁ。ごめん。土方さんがね、ちぃちゃんが部屋に閉じこもってる。って、心配してたからさ…」


少し考える様な仕草をして、千夜が口を開く。


「閉じこもったつもりはないけど、最近、吉原に来る回数が増えたから、寝ちゃってる事が多いかも……。」


あー。やっぱり……。


「いつから、吉原に?」

「14歳から。」


14歳……?ちぃちゃんが、襲われた年からって事だよね。きっと。


それから。宗次郎は、千夜の様子を吉原に見に来る様になった。彼女が吉原で働いている事は誰にも言わなかったのである。しかし、宗次郎が夜、抜け出している事は、すぐに気付かれてしまい、不審に思う人物も現れた。


「なぁ。最近、宗次郎おかしくねぇか?」

「あー。吉原に行った頃からだろ?」

「つけてみねぇ?」


三馬鹿の会話に、ため息を吐く斎藤。


「……また、あんたらは、悪趣味だな。」

「でもよ、でもよー。気になるだろ?」

「……。」


確かに、最近の宗次郎の行動には、不可解な事がある。

フラッと夜に抜け出したり、稽古に寝坊したりと、今までにはない行動をする宗次郎。悪趣味だと言ったが、気になるのは事実。


「いいだろう。俺が、つけてみよう。」

「本当か?」

「さすが!はじめくん!」

「じゃ、報告待ってるぜ。」


「……。」


騙された気がするのは、気の所為だろうか?はぁ……。


息を吐き出し、窓から空を見上げる。夜更けまで、まだ何刻もある。少し昼寝でもするか……。と、斎藤は、いまだに、あーでも無い。こーでも無い。と話す三馬鹿をそのままに、自室へと戻ったのだった。


そして、その日の夜。

キョロキョロと、辺りを見渡しながら宗次郎は、夜の試衛館を抜け出し吉原へと走った。金なんてないから、千夜の座敷が終わるのを待つ。その姿を見ていた斎藤。


「宗次郎が、遊郭?」


全くもって似合わない。首を傾げ、宗次郎に歩み寄ろうとした時だった。


「―――あぁ?斎藤じゃねぇか。」


その声に、体を強張らせた斎藤。


「どうした?斎藤。」


その声の主は、土方であった。


「……い、いえ。こんばんは。土方さん 。」


まさか、こんな場所で、土方に会うと予想していなかった斎藤は、言葉に詰まる。


「ああ。珍しいな。お前が吉原なんて…」


チラチラと、宗次郎を確認しながら、何とか言葉にせねばと口を動かした。


「……たまには、息抜きをと…」


全く、そんなことは考えていない。そして、そんな事をやっている間に、宗次郎の近くに女が駆け寄ってきた。斎藤は、その女を見て、固まってしまう――――。


「……なんだ?さっきから、なんか気になるもんでも――――っ!!」


と、斎藤の向いてる方向を見てしまった土方は、目に飛び込んできた光景に目を見開いた。


「宗次郎に、――――ちぃ??」


何故、千夜が、芸妓の格好で吉原に居るのか?

何故、宗次郎が、吉原に居るのか……?


土方は、訳も分からないまま、気がつけば、2人に歩み寄って居た。



僕は、ちぃちゃんと秘密を共有しているという事に浮かれすぎていた。はじめくんの尾行にも気付かずに、土方さんの気配すら感じなかった。目の前の土方さんを見てちぃちゃんを見れば、


「逃げよ?」


そんな情けない言葉しか出てこない。千夜の手を引く宗次郎だったが、彼女は、土方を見たまま、微動だにしなかった。


「逃げても、今、見逃してもらっても、バレちゃった以上、意味が無い。」


「……ちぃちゃん。」


逃げても、其の場凌ぎにしかならない。彼女は、そう言いたいのだろう。


「……ちぃ……。宗次郎、これは、どういう事だ?」


怒りの表情を見せた土方に、ギュッと唇を噛み締めた千夜。


「……話すから……場所、変えようか?」

「ちぃっ!」


土方が、千夜の腕を引く


「私は、逃げるつもりも、嘘を吐くつもりもないよ。よっちゃん。」



目を見て、そう言った千夜に土方は、腕を離し

「わかった。」そう言うしかなかった。


斎藤、土方、宗次郎、千夜は、すぐ近くの揚屋の一室を借り、その部屋へ入ったのだった。


揚屋の一室で、千夜は、吉原で働いている事を話した。話を聞いているうちに、土方の眉間には深い皺が刻み込まれていく。


「……んなこと、頼んだ覚えはない。」

「そうだね。私が勝手にやったんだもん。」

「ちぃ、今すぐ、吉原で働くのをやめろ!」

「……いやだよ。私は辞めないっ!!」


「ちぃっっ! 」


優しかったよっちゃんが、私に手を振り上げた。その瞬間、薄くなった筈の記憶が蘇る。

殴られ、犯された時の記憶が――――。


「土方さんっ!」


斎藤と宗次郎が土方を止めようとする。


「離せ!宗次郎。斎藤!」

「離すわけないじゃないですか!」


宗次郎と斎藤を振り払おうとする土方


「土方さん、千夜を見てください。」

「なに言って……」


土方が怒りながらも、千夜の方に視線を向ければ、彼女は、カタカタと体を震わせ涙を流す。


「……ちぃ?」


明らかに様子がおかしい。


「……ちぃちゃん?」


フルフルと頭を横に振る千夜


「千夜?どうしたと言うのだ!」


千夜の様子に慌てふためく3人の男。そこに、1人の女が部屋へと入ってきた。


「あんさんらは、この子が、ただ情報の為に、こんな吉原なんかで働いとる思ってはるの?」


部屋に入ってきた女性


「あんた、この揚屋の女将か?」

「そんな事確認している場合ですか!ちぃちゃんがっ!」


「いつもなんよ。この子は、自ら、一番怖いモンの中に身を置く事で、――――強くなろうとしてるんよ。」


千夜に近づき、彼女を抱き締めた女。


「……っ!怖い……嫌だ…嫌……」

「もう、平気やろ?こわない。」

「……ちぃちゃん。」


「そんな事しなくても、ちぃはっ!」


「ちぃは…?なんなん?強い?これ見て強い言うん?」


言えるわけない。女に抱きつき、何かに怯える千夜。その何か……。――――それは、男。

自分を犯した男達を思い出し、震えているのは、すぐにわかった。


自分を強くする為に、吉原に身を置く千夜。

甘える事もせず、震える事もなかった千夜が今、目の前で、女に抱き締められながら泣いて震えている。


「やめさせるのは簡単や。けどな、やめさせて、コレは治るん?」


震える千夜の頭を撫でる女将


「この子は、確かに他の子より強いかもしれん

けどな、人を頼る事を知らへん。心を開いてるようで、開いてへん。 」


「……」

「……なんでちぃを雇った?」


「そんなん、この子が女であるのを拒絶しとるからや。女の幸せなんて要らん。ただ、強くなって、一緒に生きたい仲間が居る。守りたい仲間が、私には居るから、ただ、強くなるために此処において欲しい。」

「……ちぃがそう、言ったのか?」


「そうや。なにゆうとるのか、ハッキリ言って意味がわからんかった。女の幸せなん、好いた人と一緒になる。子を産む。それぐらいやろ?けどな、ええなぁ。思てん。そんな仲間がおる、この子が…」


頭を撫でる女将。いつしか千夜の手は畳へとダラリと垂れ下がる。


「……ちぃ?」

「安心しぃ。寝てしもうただけや。」


千夜を横たえる女将


「……大丈夫なの?」


「大丈夫や。始めより、よおなったんよ。もっと酷かってん。この子はな、たった2年で花魁になっても可笑しないぐらいに育った。わかる?花魁なんなれる人間は一握りや。

それをこの子は、やってのけた。けど、花魁になるのは嫌や言うん。せっかく、頑張ってきたのに…。」


寝てしまった千夜の涙を拭く女は、愛おしいそうに彼女を見つめる。


「うちがこの子に聞いたん。何で花魁は嫌なん?って。そしたらな…、

『私が欲しいのは、情報と強さ。だから、お金も花魁という地位も欲しくない。』

この子は、そう言った。金があったら人は変わる。私は、今のままでいい。意志の強い目でそう言われたら、なんも言えん。」


「……ちぃが…」


「この子の覚悟は、ホンマもんや。大事にしたって?この子の覚悟も、この子も……」


そのまま、女将に何も言えず、帰る事にした。千夜を土方が抱き抱え揚屋を後にしたのだった。


彼女は、ずっと自分自身と戦っていた。

僕たちの知らない場所で、ずっと、1人で――――。


この、吉原で、戦っていたんだ。

強くなる為に………。




土方らを見送る女将


「…ええん?いつもは、あんさんの仕事やろ?」


女将の背後の壁に隠れるように立つ男に声をかける。


「ええんよ。今日は、あいつらに譲ったるねん。……今日だけな…」


ふーっと息を吐き出した女将


「素直やないなぁ。ホンマは、誰にも渡したない癖に……」


「ふっ!素直じゃないのは、アンタもやろ。」

「あら。バレた?君菊は、ウチのもんや。あんな優秀な芸妓、手放したないねん。」


それが無理なのもわかっている。でも、あの子と居ると心が安らぐ気がするんよ。せやから、まだ、吉原から出したない。


「烝はん。たまにはどうどす?」


山崎の腕に自分の腕を絡ませる女将に、うんざりとした表情を向けた山崎。


「………お前なぁ……」

「ええやないの。仕事は終いやろ?」


ニヤリ笑った女将

「それとも、ウチじゃあかんの?」

「はぁ。まぁ、酒に付き合うだけなら…」


諦めた様に口にした山崎。


『女将、もし自分の大事な人が人殺しをしようとしてたら、どうする?』


『止めたらええやないの。』

『私1人じゃ無理なら協力してくれる?』

『勿論ええよ。』

『女将さん、大好き!』


そう言って、抱きついてきた千夜の姿を思い出す。


「それだけで、充分や。」


あの子は、ウチに安らぎをくれる。ウチにできるのはこのくらい。山崎烝の見張りを今日は、引き受けたるわ千夜――――。

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