浅葱色

@hiduki1210

序章

————元治元年・京・島原にて


浅葱色の隊着を着た男達が颯爽と色町を闊歩する。それも堂々たるモノであるが、島原に来た男も、張見世の中の女も朱色に塗られた格子越しにその姿を目で追っていた。


東国から来た、田舎侍。

それがこの男達が京に来たばかりの頃の町人達からの評価であった。


島原の門の近くに立つ店の前で男達の歩みが止まり、店の者が戸を開ければ、一人の男が声を上げた。


「御用改めである。」


声を上げたのは、近藤勇であった。


刀を持った男達が店の中に入れば、雲の子を散らすように客達が逃げ出していく。


大混乱となった店の中に、逃げの小五郎と呼ばれた桂小五郎の姿もあった。

幾松に逃げ道を確保してもらう為に彼女についていく桂。だが、幾松の前には、一人の女が立ちはだかった。


「————君菊。」


艶やかな赤い着物を着こなす女の瞳は、碧い瞳で、真っ直ぐに幾松の後ろの男を見つめていく。幾松が呼んだかと思えば、


「お願い。見逃して?」


そう懇願された。

息を深く吐き出した"君菊"と呼ばれた女は、幾松へと視界を移す。


「————ついて来て。」


不安を抱えながら、桂と幾松は、彼女について行くしない。


叫び声が遠ざかる事を確認しながら足を進めて行けば、物置へと到着した。つづらを退かした君菊は、


「此処から出られる。」


それだけを告げた。


「君は、土方の馴染みだろう?どうして俺を……。」


君菊は、新選組副長・土方歳三の馴染み。その彼女が、桂小五郎を見逃した。それがどうしても負に落ちずに口にしたのは、他の誰でも無い。桂小五郎である。


「私は、貴方の名は存じ上げません。貴方を助けた理由があるとすれば、

————誰も死んで欲しく無いから。」

ただ、それだけ。


彼女は、そう言うだけだった。


頭を下げた桂は、抜け道から店の外へと逃れていった。


すぐさまつづらを戻した君菊であるが、幾松の腕を取り、つづらへと隠す。


人差し指を立てた彼女は、その指で自分の唇を軽く叩く。


意味を理解した幾松は、口を手で押さえて大人しくつづらの中に入った。それに蓋をし、真っ直ぐに戸を見つめれば、その戸は、荒っぽく開けられていく。


「————ちぃ。テメェ、何してやがった!桂小五郎は?」


自分に大股で近づく男は、土方歳三である。


「見てません。」


「見てねぇだぁ?観察が調べて此処に来たんだ。居ないはずがねぇ!」


怒鳴り声を聞いても、怯えもせず真っ直ぐに見つめる女は、


「そんな事言われても、桂小五郎の顔、知らんのですけど?」


そう返す女に土方の方が息を吐き出していく。


「とぼけてもダメだ。

テメェは、観察方組長だ。きっちり罰は受けてもらうからな。」


睨みを利かした男であるが、


「なら、証拠を出して。

私が逃したっていう証拠。それがあるなら、ちゃんと罰は受けるよ。よっちゃん。」


にっこりと笑う君菊に頭を掻く土方。


「んなもん、桂を捕まえりゃ分かる事だ。」


そう言った直後、隊士が一人駆け込んできて、


「————大変です!桂小五郎が逃げました!」


息を切らし告げた隊士は、土方の睨みに怯える事となる。


「証拠が無くなったみたいだね?」


桂が逃げ切ったのなら、自分が逃した証拠など、つづらに入れた幾松のみが知るだけ。彼女が口を開く筈がない。愛しい人を逃した。とは、誰も言わないであろう。


幾松を隠したのは、桂と接点があり過ぎる彼女と一緒に居る事は、証拠と共にいるのと同じ。そう考えたからだ。


自分の勝利を確信した女の口角は、上昇し、土方は、ポツリ呟いた。


「どうやら、俺は、テメェの育て方を間違えたみてぇだな。」


そんな事を言う男に、女は首を傾げるばかりであった。


君菊と土方がであったのは、この時より、10年以上も時を遡る。


これは、時代に翻弄された少女と、彼女を取り巻く男達の話である。

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