第32話 久しぶりの再会
魔力制御に四苦八苦していた三年のうちに、西の大陸のムーンレイク王国では魔導製品の普及がほぼ終わりを告げる。東の大陸のブレイズ王国の生活環境とほぼ変わらぬ水準となった今、久しぶりに訪れた港町ボルンの明るく清潔な様子に私は頬を緩める。
「ここまできたら、西の大陸の人間の国でもウイスキーの生産ができたらいいのに」
魔素のエネルギー活用という技術的な課題はともかく、文化まで統一する必要はない。だから、東は東、西は西で別にウイスキーを生産しなくてもよかったけれど、植生がほとんど同じ以上、食文化も似通っていた。
このままだと西の大陸でも米を使用した醸造酒や、サトウキビのような糖分を多く含む植物から作るラム酒などが発生することはない。遠く西の端まで行けば、ひょっとすると葡萄などがあればワインも考えられるけれど、ワインはエルフが作っているでしょう。
「まあ、その辺りはもう少し、西の大陸で人間さんとの距離が近くなった時に考えればいいことよね!」
そう思って北の庭園区域に行くと、手入れしていなかったので少し荒れてしまっていた。あの頃は一キロメートル四方しか整地できなかったけれど、手入れの手間暇を考えればそれでよかったのかもしれない。従属精霊が大精霊に羽化した今の私なら、もっと広大な区画を整地できるけど、結局、手入れが行き届く範囲は限られているのだ。私はそれから一週間ほどかけて、パワーアップした精霊を駆使して庭園の手入れをした。
そうしてしばらく過ごしていると、懐かしい気配が感じられた。気配のした方向を見つめていると、コルティールお婆ちゃんと、その後ろに二人の男性エルフがこちらに歩いてくるのが見える。
じぃじとばぁばも同じ気配を感じたのか、家から出てきた。しばらくすると、グレイルと同じような体格の金髪緑瞳のエルフの男性はこちらに気がついたのか手を振ってきたので、こちらも手を振り返す。
「久しぶりさね、嬢ちゃん。元気にしとったかい」
「はい! コルティールお婆ちゃんとグレイルも元気そうでよかったわ」
えっと……そう言ってもう一人の男性エルフの方を見た私に、コルティールお婆ちゃんが紹介してくれた。
「こいつはドイルさね、今年で六十八になる。よろしくたのむ」
「ドイルさん、私は東の大陸から来たフィスリールです。よろしくお願いしますね!」
そうして互いに挨拶をした後、ドイルさんは俺のことはグレイルと同じく呼び捨てでいいと言ってくれたので、私もフィスと呼んでくださいとお願いした。
立ち話もなんなので家に案内すると、道すがら、最後に会った時と比べて、随分とがっしりとした体つきになったグレイルに気がついた。私はグレイルの近くに寄り、しげしげと彼を見上げながら訊ねた。
「グレイル? しばらく見ないうちに随分と
そうして了解を得ると、二の腕や肩の引き締まった筋肉、それから手を握ると異様に硬くなった剣ダコが確認でき、驚いてしまった。
「まあ……西の大陸で大規模なスタンピードでも起きるのかしら?」
「いいや、ごく普通の鍛錬だ」
そうなのかしら。首を傾げて頬に手を当てるようにして少し考えたけど、西の大陸のエルフでは、きっとそうなのね。
「グレイルが
そういう私に、グレイルは快活に笑って「ああ、まかせろ」と答えてくれた。
やがて家に入り、お茶を淹れて今朝焼いたメイプルシロップ・マドレーヌをすすめ、一息つくとコルティールお婆ちゃんがご無沙汰していた理由を訪ねてきた。
「実は東の大陸に戻った時に、従属精霊が大精霊になってしまったの。それで精霊力の制御がうまくできなくなって、元のように制御できるまで三年もかかってしまったわ」
そう言った私に、コルティールお婆ちゃんは何故かじぃじの方をしばらく見つめた。その後、息を吐いて私の方に振り向くと、そりゃ大変だったねと気遣ってくれた。
「三年振りに来たら清潔な街並みになっていて驚いたわ」
私はそう言って、西の大陸のエルフの協力に感謝した。
「大したことないさね。わっちらも臭い匂いを嗅がずに済んで清々したさね」
やっぱりコルティールお婆ちゃんは頼りになるわと告げる私に、手を振るコルティールお婆ちゃん。
ところでと、こちらに来た理由を尋ねると、私が去った後に庭が荒らされないように定期的に庭園見回り用ドローンで観察していたそうで、たまたま見かけた私の姿にあいさつに来たそうだ。なんだか気を遣ってもらって申し訳ないわ。
その後、しばらく変わった西の大陸の街の様子を見てまわるつもりでいることを聞くと、今日は本当に顔見せだったのか、北のエルフの里に帰るということなので、道中の手慰みにお土産のクッキーを渡した。
「またね、コルティールお婆ちゃん、グレイル、ドイル!」
そう言って手を振る私に、振り返って手を振ると、三人は北の里に帰っていった。
◇
「うぉぉぉおおおお! 筋肉筋肉ゥ!!!」
「千百一、千百二、千百三! うぉぉぉおおおお!」
コルティール婆は、帰るなり物凄い勢いで腕立てや素振りを始めたグレイルとドイルに呆れ果てながら怒鳴りたてた。
「やかましいわ! 静かにやらんかい!」
「わかったぜ! コルティールお婆ちゃん!」
「じゃかあしいわ!」
まったく、鍛錬に明け暮れさせたせいで、むさ苦しい野郎どもに育ってしまった。しかし意外にもフィスリールは
<「グレイルが
さっきから庭園見回り用ドローンが撮影したフィスリールの映像を何百回もリピート再生させる前で腕立てするのを止めない。そろそろ止めんと腕を痛めるわ。
それにしても、あの
内包する精霊力は以前とは桁違いでありながら、伝わってくる精霊波の圧力は以前と同じ域に完全に制御されている様にコルティールは内心で舌を巻いていた。
これはフィスリールの魔力が普通のエルフよりずっと多いことと、魔力維持と同じ感覚で考え事をしながら無意識に沖合に向かってバカスカ撃ちまくれる離島という環境がなせる技だったが、普通はそのようなことをしないし、若いエルフにはできないので、異常な時間短縮を実現してしまったのだ。
当然、カイルとファールはさすが我が孫娘よと喜ぶことはあっても、エルフ流の伸びるものはとことんまで伸ばす教育方針で止めることはなかったし、自覚すらさせていなかった。
「嬢ちゃんは天然のまま、どこまで行ってしまうかわからんな」
コルティール婆は、異様なモチベーションに包まれるグレイルとドイルを横目に見ながら溜息をついた。
◇
「あの
三年前、フィスリールを前にしどろもどろに対応していたグレイルは、今では鍛錬で鍛えられた体と精神を背景に、自然な対応ができるようになっていた。
「エルフ男子、三年会わざれば、
そういうカイルに、ファールも思い出すように笑う。
「隣にいたドイルという子も、互いに切磋琢磨したようね」
初めて見るドイルという子も、どう見てもフィスリールに
「フィスリールは、あれでいて、ひ弱な男子は好みではないからの」
フィスリールが無意識で求める男性像は父親、つまり碧眼の瞳を持つわしらの息子として生まれ、死に物狂いで剣技を極めたライルの
「なんとも楽しみな状況になってきたことよ」
そうして若い芽が伸び伸びと育っていく様に、悠久の時を生きてきたカイルとファールは互いに笑みを浮かべた。
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